拝謁者
瑠璃は今ちょうど祓魔師の試験を受ける直前ということであり忙しい中でもリルたちが里を離れるのを見送ってくれた。両親に顔は合わせなかったが、そのことは彼がどうにかしてくれるという。
「姉さんもしばらくここに残ればいいのに」
「そういうわけにもいかない。だいたい、里の人がそんなこと望まないだろ」
「ぼ・く・も、里の人だってこと忘れてないよね? とにかく、次会う時は僕も祓魔師になっているから」
「それじゃあ、私と一緒ですねっ!」
僕の隣にいたアイラが瑠璃にそう言うと、まるで目を剥いたように彼女をまじまじと見る。どうやらよっぽど信じられなかったようで目を見開いたまま指を差してこちらに縋るような視線を送ってきた。だが事実として彼女は祓魔師だ。それは疑いようもないこと。
「もしかして、私のこと疑ってるんですか?」
ぶんぶんと勢いよく頭を振る瑠璃。どうやら信じてもらえないことは納得がいかないみたいで、証拠を掲げるように祓魔師の資格を取りだした。
「うわぁ、本当だ」
資格と言ってもそれは十二宮それぞれに割り振られた魔石に加工された宝石なわけだが、基本的にはその人が最も扱う武器に装飾として施すことが多い。アイラの場合は手持ちの杖の持ち側の底に淡い桃色の宝石がある。それは紛れもなく処女宮、ヴァルゴの祓魔師である何よりの証だ。
「こりゃ負けられないな。じゃ、またね」
そう言って瑠璃は最期の追い込みをかけるのか急いで自分の家の方へと走って行ってしまった。次にここに戻ってくるのは、はたしていつになるかは分からないが、本当にその頃には瑠璃も祓魔師になっていればなと思う。
だけどしばらくは帰ってこれないな。もうすぐ、星空祭が始まるから。
「あ、師匠待ってください!」
一人歩き出したのに気づかなったアイラが遅れて着いてくる。彼女は僕の隣にぴったりと並ぶと笑顔を振り撒いた。
「……どうした?」
「なんでもないですっ!」
変な奴だなと思いながら次に向かうべき場所を考えていた。彼女と話し合った結果、処女宮に向かうのはやめ天蝎宮へと向かうことになる。
「何で処女宮はダメなのか聞いても良いなら聞きたいんだが」
「それは…………あそこは色々と縛りが多いので」
「確かにそうだ。あそこは、毛色が少しだけ違う」
女性の女性による女性のための統治。それこそが処女宮という大陸の基本理念であり、覆ることのない法。それを可能にしているのはヴァルゴという長の絶対的な力によるものだ。
だがまぁ、行かない里の話など考えていても仕方がない。それよりも天蝎宮について考えた方が生産的だ。あの大陸もまた一筋縄ではいかないのだから。
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大陸の端に着くころには数日間を要した。時には川を越えるための橋を使うために検問紛いなことをしている山賊を倒し、広大な森を抜けるために馬を借り、雨風を岩の下で過ごした。
「やっと着いた」
遠目に水平線が見えた時には久しぶりに疲れたという感情が湧いた。普段は処女宮のある方へと向かって他の大陸に移っていて、その道は平坦で何の障壁も無いと言っていいくらいに平和だったから気を抜いていたのかもしれない。
もう僕もアイラも足がパンパンで、ここで数日過ごしたいくらいだ。しばらく日向ぼっこみたいにして原っぱに背中を預けていると、荷馬車を引いた馬に乗った行商人らしき人が目の前を通った。
こちらがのんびりと休んでいることに気が付いたのか、行商人は馬から降りてこちらに向かってくる。隣にいるアイラはと言えば空を仰いだまま気持ちよさそうに目を閉じていた。仕方がない、僕が見に行くか。
そう思って立ち上がると近づいてくる男の方へと歩いた。カタッ、カタッと馬の蹄の音が聞こえてきて近くで止まるとその鼻音まではっきりと聞こえてくる。一方で行商人はと言えば作ったのか貼り付けたのか分からない、有り体に言えば信用ならない顔をしてこちらに近づいてきたということだ。
「こんにちは」
「こんにちは。お休みのところすみません。この辺りで旅人がいるのはあまり見ないものですから」
「そうですね。天蝎宮に向かおうと思って僕も初めてこっちの方に来ましたよ」
やっぱりこの辺りを熟知している人間からしてもわざわざあの険しい道を越えて来る人は少ないんだなと思う。その後も色々と話を聞いていると、どうやら近くに港を兼ねた小さな町があるらしい。
「そうだ、てっきり旅人だと思っていましたけどその杖、私の推測は間違っていたみたいですね」
「いや、そんな大層なものじゃないですから。祓魔師なんて大陸の中央の方に行けばいくらでもいますよ」
相手には謙遜したように聞こえたかもしれないが実際、どの大陸の十二宮の里から離れれば祓魔師の数はだんだんと減る。黄道十二宮以外にも魔法使いの里があるとはいえ、その数は知れてる上に規模だって知れている。
ライブラであるこの大陸で言うのであれば、確かにこの辺りには小さな魔法使いの里も無い。珍しがられるのは当然か。
そんなことを思っていると男は突然何かを思い出したように馬の荷台の方に向かうと、そこから折りたたまれた紙を取り出してこちらに持ってきた。
「そうだ、あなたが祓魔師だということで一つ聞いておきたいことが。……この紋様に見覚えは?」
紙には長々と何かの文章が書かれていたが、それよりも目に着いたのはその右上に印鑑のように押された紋様だ。その形を見ればすぐに梟だということは分かったが問題はその紋様が星座の里が用いている形式のものだということ。
正規の88星座、その中に梟を象ったものは存在しない。
「裏星座…………」
「それはなんです?」
聞き慣れない言葉に男は首を傾げる。それもそのはずだ。僕だってまだ魔法使いになる前、学校で名前を聞いたことがあるだけ。まさか本当に実在するなんて思ってもいなかった。
「簡単に言えば非正規の魔法使い達の集まりってことです」
「そうでしたか。ですがそれならさっきの話は聞かなかったことにした方が良いかもしれません」
「それはどういう意味ですか?」
さっきの話というのは港町のことか? なんのことか分かっていなかったリルだったが行商人はすぐに答えを教えてくれた。
「さっきも話しましたが、その港町で彼らは魔法使いとして共生しています。ですからもしあなたが大陸の方から来た正規の魔法使いだと知られれば面倒なことになるかもしれません」
「…………だけど、天蝎宮の大陸に向かうにはその港町から出る船に乗らないといけないんですよね?」
「そうですね。この辺りで船を出している港はその町しかないですから。その様子を見る限りどうやら私の助言はあまり意味がないようだ。あなた方の手助けにはならないかもしれないですが、町の近くまで送りますよ。それくらいしか今の私にできる旅のお手伝いはありませんからね」
僕は行商人の言葉に甘えて町まで送ってもらうことにする。眠っていたアイラを起こして荷台に乗ると馬の手綱を握った彼は優しくこちらを振り向く。
「どうぞ着くまで気兼ねなく休んでいてください。近くなったらまた起こしますね」
「すみません何から何まで、ありがとうございます」
そうして僕とアイラは善意に満ち溢れた行商人の言葉を信じ、ゆっくりと瞼を閉じた。




