相容れぬ壁
目が覚めるといつの間にか夜が明けていた。窓から差し込む陽光は眩しく、目を逸らすと隣にはすやすやと眠りにつくアイラの姿がある。魔力量の多いリルのような人も周囲の魔力で中和されたおかげが、追跡の目を逃れることができていた。こうやって静かな朝を迎えることができたことに一安心しつつ次のことを考えながら体を起こした。
「どうやら追っ手はここまでは来れなかったみたいだね」
裏星座とはいえ同じ魔導を往く者。街はその恩恵もあり、いたる所に魔力を動力とする機械や道具があった。人々と共生することができていることを見ると悪人だと決めつけて行動してしまっていたことには反省しないといけないかもしれない。
「とは言っても、状況が良いかって言われるとそういう訳でもないしな……」
天蠍宮に行きたいだけだというのにこんな目にあってるのには度し難いが、解決しなければ進めないというのであれば強行突破するのは難しい。おまけに船の件は解決どころかどうすればいいのかすら分かっていない状態だ。
「夜が来るまでが勝負だな………」
次に彼らに襲われて無事で入れる保証はどこにもない。それに、互いに不和を生んだままでいることはリル自身とて望んでいるわけでもない。
ベッドから起きあがったアイラはリルを見て微笑む。それだけで彼女は昨日の疲労など全て消え去ったように活力が漲ってくる。両手で頬を叩くと、顔を洗ったように切り替わった顔が彼女に笑顔をもたらした。
「おはようございます、師匠!」
「おはようアイラ。昨日はよく眠れた?」
「いつ彼らが来るのかと思って夜明けまで寝れなかったですけど大丈夫です! このまま三日三晩でも師匠の寝顔を拝めるのであれば喜んで見張りを引き受けますよ!」
「それは別にいいかな…………」
朝の町で朝食を済ませた二人は、その足を自然と港の方へと向けた。というのも結局天蝎宮に向かうための船がどうなっているのかは二人も分かっていない。それを確かめるためにも一度向かう必要があった。
今も海の藻屑となって港に鎮座している船にいる一人の男を見つける。彼は終始その船に語りかけるような目をしては伏せてを繰り返して係船柱に座っていた。
「すみません、少しいいですか」
「…………なんだ。俺は今忙しいんだ」
「壊れた船を眺めるのにですか?」
「喧嘩売ってるなら俺は買うぞ」
「いや、そういうわけじゃ」
ぎろりと睨みつける男の目に一瞬怯んだが、誤解だと慌てて弁明する。確かに今のは僕が悪かった。
だが彼はそれ以上追及することも無く再び船の方を向いて動かなくなる。リルは諦めずにもう一度声を掛けた。すると彼は立ち上がるなりまくしたてるように怒鳴った。
「お前らなんのつもりだ? 働き手を失ったやつを見て憐れんでるのか、それとも壊れた船がどんなもんか笑いに来たか」
「僕らはただ天蝎宮に行く船が無いか聞きたくて」
すると男は自分が船乗りだったことすら忘れてしまったように呆けた顔をして真剣に考えていたが、すぐにそれが自分だということに気が付いて酷く憔悴した笑顔を見せた。
「あぁ、それなら俺だと言いたいとこだが見ての通りちょうど職無しになったところだ」
自らを嘲笑している男の姿は不憫を通り越して痛々しい。ここまで露骨に元気が無いとこっちに落ち度はないのに悪いことを言ってしまったような気分になってしまう。ため息は潮風を含んで湿っぽくなり絶望しているのが目に見えて分かった。
「どうして船が燃えちゃったんですか?」
まっすぐストレートのアイラの質問だったが男は包み隠すことも無く答える。はっきりとは見ていないが、フードを被った男が船から離れた瞬間に煙をあげたことだけは覚えているという。そこからはてんやわんやで火を消す余裕もなく燃え尽きるまで見届けるしかなかったらしい。
一人にしてほしいという言葉を最後に、男はまた一人黄昏る様に水平線と共に見える沈んだ船を眺めていた。
「あれは重症ですね師匠」
「アイラ、そんなこと言わない。あの人は被害者なんだから。責めるべきはあの船を燃やした奴だ」
そしてその船を燃やした犯人はさっきの話を聞く限りは最初に会った梟座の魔法使いとしか考えられない。だが問い詰めるにしてもどうやらこの街には一人もいないようだ。
宿には戻らず酒場へと向かう。昼間から飲んだくれがいるのを横目に二人は搾りたての果汁が入ったコップを目の前にして今後の方策を立てていた。アイラは早速口いっぱいに満たして喉を癒すとご満悦な表情でこちらを見る。リルも一口飲んでみるが、確かにおいしい。
ただ果実の美味しさがあるだけじゃなく程よい酸味もあることでさっぱりとごくごく飲める。って、今はそんなことはどうでもいい。
壊れてしまった船を直す、それだけなら僕の魔法でできないこともない。天蝎宮に行くという目的だけならそれで解決するからだ。だけどこのまま梟座の魔法使いとのわだかまりが深まったままにもしておけない。
ただでさえ裏星座と全天88星座との関係は良くないのに、火に油を注ぐようなことをすれば今度こそ禁忌指定を解除するなんて夢は潰える。そうしないためにも平和的解決は急務だ。
「ただ、問題はどうやってそうするかなんだけどな………」
「次に会っても戦いは避けられそうにないですか?」
「あの様子なら。分かってはいたけど、やっぱり裏星座の人間は僕たちを心底嫌っているからね」
こればっかりはどうしようもない。ただ、僕らのせいで街の人々に迷惑がかかるのは別の話だ。そんな身勝手な理由で彼らの生活が脅かされるのは僕としても申し訳ないと思う。自分から敵陣に突っ込むなんて馬鹿だとは思うけどそれしかないならそうするしかない。二人は再び梟座の里があるだろう森へと足を運ぶことに決めた。
まだ昼下がりだというのに森の中は薄暗く光を受け入れたくないかのように生命の彩度が低い。こんなところで四六時中過ごしている彼らの事を思うと凄いなと感心せざるを得ないが、進めば進むほど飛ぶ梟は増えていき来るものを拒むように威嚇を込めた鳴き声を放っている。
「着いたけど………困ったな」
この様子だとここに来ることは予め梟から分かっていたな。里の入り口には数人の魔法使いが監視の目を光らせている。このまま正直に出たところで戦いに発展するのが関の山だ。
「アイラ、何か案はあったりする?」
「え、私ですか? そうですね…………穏便に済ませたい意思を伝えればもしかしたら話し合いに応じてくれたりするんじゃないですか?」
「そうか……?」
にわかには信じがたいが、どうせ引き返せないならと彼女の言うことを信じてみることにする。木の陰から出て里の入口へと二人で歩く。もちろんその手には杖を握ったままだ。
「おい、来たぞ!」
木の影から出て数歩もしない内に里の入り口にいた見張りが声をあげると躊躇なく魔法が飛んでくる。後ろを向けば、音もなく飛び上がった梟がいっせいに飛び上がり猛禽類の本能が刺激されたようにこちらを見据えている。
「だめじゃん!」
「ですねっ!」
結局、リルが応戦してしまったことで避けることのできない魔術戦が始まってしまった。




