吐露
見慣れない天井で目を覚ましたリルは、ゆっくりと起き上がった。陽光の差す光で目を覚ますと、なぜだかとても健康的な気持ちになる。見ていた夢はあまり心地の良いものじゃなかったが、これなら少しはそのことを忘れられそうだ。
リビングではアイラが朝食の準備をするためにエプロンをしてキッチンに立っている。ちょうど火起こしを終えたところみたいで、食材は準備が整っていた。
「おはよう。ごめん、何も手伝えてなくて」
「おはようございます師匠! 気にしないでください、ずっと寝たきりだったんですからゆっくり座って待っててくださいね」
そう言って彼女は熱が入った鉄鍋で料理を始める。ふと思ったがここはどこだろう。窓からは外の様子を伺うことはできないが、彼女の家というのだとすればそれもおかしな話だ。
なにせ僕が旅をしていたのは白羊宮、アリエスがある大陸であり彼女が出身だと言っていた処女宮とは遠く離れている。とは言ったものの、この家にもそこまで生活感があるというわけではない。放棄された家を使わせてもらっているのかな。
そんなことを考えている内に彼女は朝食を運んでくる。窓を見ていたことに気が付いたのか、思い出したように彼女は言った。
「ここは、ちょっと空き家になってたので看病のために借りたんです。でも中が思ったより綺麗でもしかしたら人が住んでるのかもしれないと思っていたんですけど、何日もいたのに誰も訪れてくることが無かったので遠慮なく使わせてもらってます」
「そうだったんだな。ところで、ここがどこか分かるか?」
彼女の作ってくれた朝食をありがたくいただきながら、自分達が今いる場所を把握しようとする。
「ここは、あの町を西に向かって進んでいるところです。でも私、もうどっちから来たかなんて覚えてなくて…………」
「もしかしてコンパスとか持ってない?」
「何で分かったんですか!」
これにはさすがとしか言いようがない。この際、どうやって僕を見つけたのかは聞かないでおこう。とすると彼女の言っていた西に向かったという発言すら本当かどうか怪しいところがある。朝食を終えたのちに着替えを済ませたリルは、早速扉を開けて外に出た。
「森の中…………」
もしかしたらここは元々僕たちみたいな旅人のために作られた民家なのかもしれない。そう思うと最低限の寝食を行うための設備が整っていて人がいた形跡もあるのに誰もやってこないというのに納得がいく。早速コンパスと太陽の位置から、どのあたりにいるのかを地図で確認する。
「森があるってなると、この辺りかな」
どうやら彼女の言っていたことは概ね合っていた。と、分かったところで僕にどこかへ行く目的は無いんだけどね。唯一気になっていることがあるとすれば、禁忌指定になってしまっていた魔法を使ってしまったこと。
あれだけ再三の警告も受けて、自分自身でも注意していたのに使ってしまったのは自分の失態。本当なら自分は死んでいた。だがそれ以上に、協会に自分の魔法の使用を感づかれる方が面倒だ。禁忌とはいえ、その魔法を使用してしまった時にどうなるのかは聞かされていない。
12人の前で宣言こそしたものの、どうなるのかまでは知らされていない。それにここは天秤宮から最も離れた白羊宮のある大陸。間違ってもライブラが直接追跡に来ないと考えるなら、もう少しこの辺りで地道に進んでいっても良い気がするな。
部屋の片付けも済ませて出る準備を整えたアイラが小屋から出てくる。どうやら僕の荷物も纏めてくれていたみたいで、小屋の外にある木製のベンチに置いて座っていた。
「アイラはこれからどうする? 僕はこのまま少しだけほとぼりが冷めるまでこの白羊宮の中で旅をしているつもりだけど」
「それならもちろん私も着いていきます! なんてったって私は師匠の弟子なんですからっ」
ここまでまっすぐだと僕も笑うしかない。もちろん、僕はまだ彼女の事を弟子だとは認めていない。旅をするのに着いてきたとしても、どこかで、何かがあって、いなくなることの方が多い。
旅とはそういうもの。彼女がどれだけ僕の事を師匠だと慕っていたとしても、気づいた時に隣にいなかったいなくなっているのをなんら不思議な事だと僕は思わないだろう。笑顔の底にある心も、僕のこの投げやりな気持ちも全部、互いに認知せずに生きている。
その旅は道連れだろう。だが、僕は一人で旅をしているんだ。道連れは、必要ない。
「あぁ、来たか」
色々と物思いに耽っている場合じゃなかった。既に手遅れになったことに気がついたが、冷静さは欠かない。きっと彼らならすぐに来るだろうという確信はあったが、ここまで早いとは。
「アイラ、少し離れててくれないか。僕がなんとかするから」
その魔力は迷うことなくまっすぐ森の中をこちらに向かってくる。アイラは草木の中に隠れ、反対にリルは堂々と彼らから見えるように立っている。
「やっぱりか」
その相手は案の定、僕の事を追うために派遣された白装束の二人組だった。魔法教会直属の精鋭である星伐隊には他の魔法使いすら使うことが出来ない特殊な魔法を所持している。
そのため、彼らから逃げ切るのはほとんど不可能と言っても良い。全身を覆い隠すように上から被っている真っ白な布は特殊な耐魔布であり、高度な魔法であつても数発は耐えられる最高級仕様だ。
ここで歩み寄っても良いが、はたしてそれに応じるかどうか。正直なところ話の通じる相手だとは思ってない。
「突然の訪問、申し訳ございません。確認を行いたいのですが天秤宮、ライブラ所属のリル様ですね?」
「そうだとして、僕に交渉の余地はあるのか?」
「いいえ。残念ながら貴方は禁忌の魔法に関する重大な契約違反を犯しました。よってこれよりその身にあるあらゆる権利、義務は我らに譲渡され、移送を行った後にライブラの長よりその裁決を受けていただきます」
「ラウマ・フェアドルリング」
転移の穴が杖の先から円をこじ開けるようにして広がる。人が入れるほどの大きさになったそれを確認して白装束の相手はこちらに手招きをする。
「さぁ。貴方にもう逃げ場はありません」
「……それはどうかな」
「更なる禁忌を犯せば、死罪も免れませんよ」
そんなことは百も承知だ。だがここで大人しく捕まっても、どうせ結末はさして変わらない。
どうせ同じになるなら、僕は僕がやるべきことを全うする。
「ツァイト・フェアツェーゲルング」
一度やってしまったんだ、二度やったって変わらないだろ。そんなリルの甘い算段は、白装束の相手が自分の後ろを見ているような顔の向け方をして気がついた。
「まさか」
その魔法は、世界がリルを孤独にするために運行そのものに手をつける。元来触れてはいけないものに触れてしまうまさに禁忌と呼ぶに相応しい代物。
人が、木々が、動物が、太陽が。あらゆるものはその動きを鈍くし、やがて最初からそうであったようにただ一人を除いて立ち止まる。
止まった時の中で、リルは深く息を吐いた。




