粉雪[4]
歩果の心に走った衝撃。
宮地さんから語られるその事実とは?
*
「ただいま〜」
いつもの事だけど、返事はない。良くてテレビに熱中してるか、悪ければ居眠ってる。
寝顔なんて、見られたもんじゃない。
「ん? 起きてんじゃん」
「起きてるわよ。こんな時間から寝てる訳なきでしょ?」
―嘘つけ!
お母さんは、普段から晒している自分自身の醜態を知らない。大口開けて鼾をかいてるその様を。
これ以上話のネタも見つからない。部屋に鞄を置いて、リビングのドアを開ける。
どうせニュースぐらいしかやってないテレビだけど、何の音もないとキモイので、テーブルからリモコンを手に取った。
「歩果、テレビね、壊れてるの」
「は? 何でよ」
あれ? 電源が入らない。
リモコンの向きを変えてみたり、電池を入れ直したりすれば…。
「お母さん。電池入ってないじゃん」
「もう駄目だから、電池抜いといたの」
「リモコンが壊れてんじゃない?」
そう言いながらあたしは、ブルーレイのリモコンをテレビに向けてみた。
お母さんは、めちゃくちゃ焦っていた。
何でそんなに?
「テレビ、点いたじゃん」
お母さんは、キッチンでしゃがみ込んだ。
何で? ニュースやってるだけじゃん。
『北海道旭岳で発見された男性の遺体は、持ち物から、京都府在住の、生田…』
―へ?
『尚哉さんである事が判明しました。遺体には無数の傷痕があり、登山の途中で羆に襲われたのではないかと見られます』
―何?
『生田さんは、京都市の山岳会に所属し、登山経験も豊富であるとの事で、発見される2日前に、旭岳登山のため、1人で山に入ったという事です』
―生田尚哉…?
―尚哉…!?
「きゃああああああああああああっ!!」
*
「グリーフって聞いた事ある?」
「知らないです」
「そっか。グリーフっていうのは、大切な人や物を失った喪失感から生じる異変。
平たく言えば、そういう事よ。
あの電話でね、私、「3回忌」って言ったよね。つまり、尚哉君…」
「亡くなったんですね? 剱岳で?」
「違うよ。剱岳の2ヶ月後よ。北海道の旭岳。
歩果と約束したんだって。剱岳登頂に成功したら、身近に高山植物が見れる旭岳の麓で、2人で暮らそうって」
「婚約って事ですね?」
「そういう事よ。
でも、そんな大切な人が、事もあろうに」
「歩果はね、無言の帰宅になった尚哉君を見て…傷だらけの顔を見て、「これは尚哉じゃない」って叫んで大暴れしたわ。
その叫んだ言葉がね、歩果の脳にインプットされて、尚哉君は生きてて、どこかで待ってくれているって、本気で思ってた。だから、葬儀には参列しなかったの」
「それがグリーフ? じゃあ、今も?」
「1年ぐらい経ってからかな。少しずつ現実が見えてきたと思うよ。
ただ心のどこかで、尚哉君は今も生きてるって思いたいんだろうね。
あの事件以来、元々不安定な性格だけど、もっと不安定になったと思う。浮き沈みが激しくなって」
宮地さんは、そんな風に歩果を語った。
私にとっても、その事実を知った衝撃は凄く大きい。同時に、そんな歩果と一緒に居るだけで有頂天になってた自分が、とても間抜けでみっともなく思えてきた。
そもそも成立する事などない恋。なのに夢中になっていた私。
「歩果は…、歩果は元気なんですか?」
「体は元気そうよ。だけど、目が生きてないわ」
少し心配気にそう言った宮地さんは、私に目線を合わせて、強い眼差しで顔を見た。
「私ね、まだこんな事してるのよ」
―え?
「歩果の両親は、歩果を捨てたも同然。だから私、ずっと歩果を気にかけて、事あるごとに走り回って、叱りつけたり一緒に笑ったり泣いたり…。世間的に見れば、ただの近所の子よ。それなのに…」
宮地さんの瞳が濡れている。目を逸らしてはいけない。咄嗟にそう思ったから私は、今までに見たこともない悲しげな宮地さんの目を見た。
「結婚してまでも、歩果の面倒ばっか見てるのよ」
少し溜めて、新たな衝撃の事実を…宮地さんは、そのひと言を言った。
「私ね、ここでは宮地佳代だけど、本当は岡崎佳代。アンタが群馬県の旅館に一緒に泊まった岡崎亮の姉よ」
「結婚前の、旧姓ですね」
「そう。だけど、また岡崎に戻ったの」
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次回「粉雪[5]」
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