粉雪[1]
大変な事をしてしまった麻衣。
ここから苦悩の日々が始まります。
第8話「粉雪」スタートです。
特急しなの8号名古屋行。
列車は長野駅を、定時の10時ちょうどに発車した。
街並みから山へと変わっていく車窓をボーッと眺める、私はひとりぼっち。
今にも溢れ出しそうな涙を何とか堪え、焦点の合わない瞳で、ただ変化していく車窓に意識を持って行こうと、胸の奥で必死にもがいている。
全て私が悪いんだ。それは間違いない。
事もあろう、恋心を抱いてしまった私が。
恋に気付いた瞬間から、我を制御出来なくなった私が。
初めての、本気の恋。
その相手は、同性。
きっとそれは、間違いなんだ。
女は男性を好きになる。そうあるべきなんだと思う。
「麻衣ちゃん!!!」
宮地さんからの電話を受け、それが私のものではないと気付いた刹那、背後から大声が私の体を突き抜けた。
間違いとはいえ、自分のスマホを手に他人の電話を受けている私の姿は、歩果から見れば信じられないものだろう。
怒るのも当然だし、そんな醜態を目の当たりにすれば、最早信用など出来る訳もない。そんな私なんかと一緒にいられる訳など、あるはずもない。
目の前が真っ白になった。
その瞬間に起こってる事態さえも、頭の中で整理がつかなかった。
歩果は自分のスマホを取り返そうとして、私を突き飛ばしたのだと思う。強い衝撃を受けた事は、記憶の真ん中に残っている。
ゴソゴソと重苦しく鳴る音。
私はただ畳の上に倒れ込んだまま体を起こす事もなく、背中で歩果の動きを追っていた。
しばらくして、テーブルに何かを叩きつけるような音と共に、「さようなら」という声が微かに聞こえた。涙声のようだった。
そしてドアの開く音がした。
歩果は去って行った。
テーブルの上に残されたのは、本当は受け取るべきではないホテル代。
私はこれを、財布とは別の場所に入れた。
何も言えない。
何も出来ない。
無事に帰って欲しい。そう祈るのみだった。
今、私は歩果と一緒に乗るはずだった電車に乗り、2人で楽しみたかった車窓を眺める。姨捨や寝覚の床などの絶景。なのに感動を覚える事もなく、ただ自分の愚かさを恨み、噛み締めてたまま、その美しいであろう車窓を眺めている。
有頂天からの、奈落の底へ転落。そんな感じ…だろうか。
およそ3時間、列車は名古屋に着いた。
人の流れに呑まれないよう、そそくさと新幹線ホームに向かう。駅には売店や飲食店がいくつも在るのに、今の私には食欲など1ミリもない。ただ真っ直ぐ京都へ帰るだけ。早く、早く帰ってしまいたい。
3連休最終日。わずか35分の乗車で着席など、気が引けるだけ。私なんかデッキで立っていればいい。罰ゲームも同然。何ならバケツでも持とうか?
「尚哉君の3回忌…」
3回忌…。尚哉さん、2年前に他界してる…? だって、歩果の口ぶりじゃ…?
ようやく自分の事への動揺が落ち着いてくると、ふと宮地さんの電話の声が思い出される。
2年前、何があったんだろう。
当時の私は、山の事なんて興味もないし、知る由もない。
だけど、歩果と宮地さんの温度差を、確かに感じた。
尚哉さんが亡くなったのなら、歩果は…? 葬儀にも行かなかったと? 宮地さんはそう言ったはず。
そんな事を考えてたら、歩果の笑顔がまた脳裏に現れる。駄目。耐えられないわ。
ドアの窓におでこを押し当て、強く瞼を閉じた。それでも涙という奴は、どこからともなく流れてきやがる。
泣くもんか!
そんなのはただの強がりだわ。
私、泣きたい。めちゃくちゃに、ボロボロに、なりふり構わずに泣きじゃくりたい。
自分自身で壊し、行き場をなくした夢。大好きな歩果にもう会えないのなら、涙で思い出を流してしまいたい。
だけど、そんな事すら出来ずに…。
それでも私、やっぱり歩果を愛している。
アクセスありがとうございます。
次回「粉雪[2]」
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