夢の行方[20]
熊ノ平は、標高682m。
かつて駅があったというこの場所は、その痕跡を色濃く残している…らしい。私にはよく分からないけど、説明してもらうと「なるほど」と思える。
でも、こんな所に造られた駅を、どんな人が利用したんだろう。
軽井沢の標高が939m。だけどその前に、旧信越線最高地点の碓氷峠を越えなきゃ行けない。その標高は960mだから、ここからあと278mの標高差を登り続ける事になる。
「結構キツイよね」
「しっかりハイキングだわ」
だけど私、ここまでずっと足の事を忘れていた。はしゃぐ歩果を見てるのが楽しすぎて、不安なんて一切合切忘れていた。
もちろん思い出したからと言って、急に痛みが出たりとかではないけど、ここまで何の問題もなく歩いて来た。
「歩果は大丈夫?」
「それなりに疲れるけどね。でもぉ、うふっ! 夜は温泉入ってビールよ!」
「それ! 絶対最高!!」
「「イェーイ!!」」
ハイタッチして立ち上がる。後半戦スタートだ。ここからは短いトンネルの連続になる。
「ほんっとトンネル多いね」
「山をひとつひとつ越えるとなると、この下にある谷から登ってまた降りてになるでしょ」
そんな大変な事! 絶対あり得ない。電車が登山家みたいな事、出来る訳ないじゃん。だから山を潜り、谷を渡るんだ。
当たり前の事かもしれないけど、言われてあらためてその行程を知る。
「麻衣ちゃん」
暗闇に、歩果の声が響く。私を追い越した彼女は、この闇の中から手を差し伸べていた。
「足、大丈夫? 辛くないの? ほら、あたしがエスコートするわ」
暗くてよく分からないけど、きっと歩果は、とても素敵な笑顔で私を見たと思う。
その手に触れた。
小さくてか細くて、柔らかいその感触が、指先から脈を伝って胸を振るわせた。
きっと私、今、顔を真っ赤にしているはず。でもいい。暗いから誰も気付かないもの。
「皆さーん! ここが旧信越線最高地点、碓氷峠になりまーす。標高960m。横川駅前から、573mの標高差を登って来ました。ここから長野県に入ります。軽井沢まで少し下ります。あと少し、頑張って歩きましょう!」
ガイドさんの声が、一際大きく響いた。ここまでの道のり、11.2kmの殆どが上り坂。山と谷を、いくつものトンネルや鉄橋で越えて来た。
正直、かなり疲れた。だけど、私の足…!
そして、緩やかな下り坂になる。
足への負担が大きくならないよう少し小股になって、ゆっくり歩いて行く。
「皆さーん! あそこが…」
「麻衣ちゃん! ゴールだよっ!」
「やったねえっ!! 歩けたよ〜、歩果。足、痛くないよぉ!」
歩果は両手を上に差し出した。
私も同じように、両手を差し出した。
「「イェーイ!」」
ハイタッチすると、そのまま私の手は歩果の手を掴み、そして歩果の体を引き寄せた。
歩果が私に抱き付いた。私は歩果を抱きしめた。
参加者の皆さんが、その様子を見守りながら笑顔を贈ってくれている事に気付くには、そう時間を要しなかった。
私と歩果は、いつしかこのグループの華になっていたそうだから。
この後、パックツアーの参加者は送迎バスに乗り込み、ホテルへと向かって行った。
一般参加の私達と、他数名は、軽く挨拶を交わし、それぞれ軽井沢の町へと消えて行った。
「歩果、温泉だね!」
「うん! じゃあ、疲れたからタクシーにしよっか」
「おっけ!」
軽井沢のお洒落な町並みに興味がない訳ではないけど、歩き切って疲れた足には、人混みは辛い。
そんな事は最初から分かっていたから、明日の出発時間を少し遅くしている。
今夜、歩果と2人で宿泊したら、明日のお昼を町で食べて…うふふっ。
やったね! ゴールしたよ。
さあ、今夜のお楽しみは…ね!
アクセスありがとうございます。
次回「夢の行方[20]」
更新は、X または Instagram にて告知致します。




