お年頃の王子様は悶々とする
王子様視点となります。
健全な青年の苦悩話(笑)
図書室の奥、王族専用閲覧室。
ソファーへ座るリージアに覆い被さったユーリウスの手が彼女の胸元へ伸びる。
しゅるり、ユーリウスの指がブラウスの襟元のリボンを解く。
「リージア」
はぁと息を吐き、目元を赤くしてブラウスの釦を外そうとするユーリウスの指に自分の指を絡めて、リージアは彼の両手を押さえる。
「だ、駄目です。これ以上は、その、結婚式まではキスまでです。そういう約束、でしょう?」
外向けには清廉潔白の王子様でも、保健の授業や王族として一通りの閨の授業を受けているし、健全な青年ならば好いた相手とキス以上の行為をしたいと思っても仕方無い。
自惚れでも、彼女が自分のことを想っていてくれているのは分かっていた。
しかし、元王妃が犯した罪に関わり処罰された貴族の多さから、王家と距離を置いている貴族や平民達が高位貴族や王族への不信感を抱いているのだと、シュバルツから教えられた。そのため、清廉潔白な王太子のイメージをユーリウスが保つ必要が有り、妊娠とスキャンダルの可能性がある婚前交渉は国王命令で禁止されているのだ。
「……分かっている」
服の中へ侵入しようとしたユーリウスの指を押さえ、潤んだ瞳を向けて来るリージアの言わんとしていることは重々承知している。
眉間に皺を寄せたユーリウスは自分を諫めるために下唇を噛んだ。
***
ガチャンッ、コーヒーカップをソーサーに置く音が部屋に大きく響く。
「婚姻を早める?」
高位貴族専用寮の最上階にある王族用の部屋を訪れたロベルトが、ソファーに座るや否や口に出した言葉にユーリウスは目を丸くした。
「ああ。卒業式の三か月後に結婚式を行えるよう、今は両家で調整している最中なんだ」
「そうか」
ここ数日を思い返せば、ロベルトは婚約者マーガレットと一緒にいる時間が増えていた。
卒業パーティーの打合せもあり、婚約者同士仲良くしているのかと思っていたのだが、今考えれば二人の間に流れる空気は蜂蜜の様に甘かった。
しかし、国王に忠誠をささげているロベルトの父親、騎士団長が王太子より前に結婚式を行うだろうか。
慶事の報告だというのに歯切れの悪いロベルトの様子と、騎士団長の実直な性格からユーリウスはある可能性に気付いた。
「まさか、お前達……婚前交渉をして、その事実を実家に知られたのか?」
ユーリウスからの問いに、目を見開いてぐっと言葉に詰まったロベルトは視線を下げて深く頷いた。
「……ああ。この間、マーガレットと二人でデートしに街へ行って、買い物途中で雨が降ってきてさ。雨宿りのために入った休憩所で、いい雰囲気になって勢いというか、その我慢出来なくて、最後までやっちまった」
「お前……」
呆れ混じりでユーリウスはロベルトを見てしまった。
顔を上げたロベルトは何とも情けない顔をして、膝の上に置いていた手を握り締める。
「月のモノが来るのが遅いって、不安になったマーガレットが乳母に相談して、向こうの親にバレてさ。調べたら妊娠はしていなかったが、両家で話し合った結果、婚約者とはいえ純潔を奪った以上は責任を取らなければって、結婚式を早めることが決定したんだよ」
「お前は、何をしているんだ。欲を自制出来ないとは。婚約者でなければ、大事になっていたぞ」
厳しい表情とは違い、ユーリウスの心の中は嵐のような暴風が吹き荒れていた。
(はぁ!? 性欲を我慢出来なかっただと?! 俺でも我慢したというのに、馬鹿か!! 理性を保てないなど、俺の側近候補なのに此奴は!!)
欲望に勝てなかったとなれば、厳しい騎士団長が息子を許すはずはない。おそらく結婚式後、ロベルトは王太子の側近ではなく魔物との戦闘もある厳しい地区へ派遣されるだろう。
「父上からは鍛錬だと言われ倒れるまで叩きのめされて、結婚式後一年間は北の要塞で国防に勤めるというを誓いを立てさせられ血判まで押したんだ」
顔色を悪くして話すロベルトは自業自得とはいえ、新婚早々夫と離れ離れになるマーガレットは少しばかり可哀そうかと思いつつ、二人が羨ましく感じた。
(雰囲気に流されてだと? 抑えきれずに婚前交渉をしたなど……羨ましい!! 俺だってリージアとキス以上のことをしたいのに必死で我慢しているのだ!! 最後までしなくとも、肌に触れるくらい胸を触るくらいはしたいのに、くそっ!!)
舌打ちをしかけた時、少し開いた窓から風が入ってきてカーテンが揺れる。
「ロベルト、買い物途中で雨が降ってきたと言ったな? 王都の天気予報の的中率は90パーセント以上だ。デート前に天気予報を確認しなかったのか? 雨具を用意せず、二人きりでデートをして休憩所を利用するとは。もしや、全て計算の上ではあるまいな?」
確信を持って問うユーリウスの声は低く、彼を中心にして室温が急速に下がっていく。
「ぐっ、お、俺も恋愛指南書通りにいくとは思ってなかったんだよ! 両家の親に知られたのと結婚が早まったのは想定外だった」
「恋愛指南書だと?」
ロベルトの口から出た、聞きなれない“恋愛指南書”という言葉に目を見開く。
「市井の若者の間で話題になっている恋愛指南書だ。知らないのか?」
恋愛など今まで興味は無かったし、今も大好きな婚約者、リージア以外の女には興味も無い。
ただ、女心が全く分からず細かい気配りが苦手で婚約者を不安がらせてばかりいたロベルトを成功へ導いた、“恋愛指南書”とやらには興味を抱いた。
「ロベルト」
未来の主になるユーリウスからの逆らい難い圧力を感じ、ロベルトはゴクリと唾を飲み込む。
「その指南書とやらを貸せ」
冷笑を浮かべるユーリウスの目は全く笑っておらず、首を縦に振るしかロベルトには選択肢は無かった。
「誰も取り次がないように」と護衛に伝え、学習室の椅子の背に凭れてロベルトから借りた恋愛指南書を読んでいた。
“好きな相手に触れたいという欲求は当然なもの。ただし、性急な行動は相手を怯えさせてしまうため、先ずは相手から「無理強いはしない」と信頼されることが大事”
恋愛の定義から、相手の仕草で読み取るタイプ別デートプランや似合う服装、読者が投稿した赤裸々な体験談まで載った内容は確かに若者達の興味関心を惹きつけるものだった。
“触れるは先ず指先から。手を繋ぐのになれてきたら髪に触れ、相手の香りを堪能しよう。この時に気を付けなければならないのは、下心を表に出してはいけない”
(最近はリージアの香りを嗅ぐだけで欲望が高まってしまう。自分を必死で抑えているのに、香りを堪能などしたら……頭がおかしくなる。俺が、俺が爆発してしまう)
トントントン、学習室の外から扉をノックする音が聞こえ、ユーリウスはビクリと肩を揺らした。
「殿下、よろしいでしょうか?」
「何だ? 急ぎの案件があり私は忙しい。後でいいのなら、明日改めて来るようにと伝えろ」
リージアと約束している時間までは、誰も近付けさせるなと命じていた護衛騎士に扉越しに問われ、ユーリウスは不機嫌さを滲ませながら答える。
「はっ、失礼いたしました」
謝罪した護衛騎士が扉から離れたのを確認して、恋愛指南書へ視線を戻す。
デートプランのクライマックス、宿泊から短時間の休憩も可能な宿の写真付き紹介ページを読みながらユーリウスの口元がゆるんでいく。
「申し訳ありません」
「いえ、約束の時間よりもずっと早く来てしまった私が悪いのですし、ユーリウス様の邪魔は出来ません。後程改めて伺います」
頭の中でデートを思い描いていたユーリウスの耳は、想像では無い愛しい婚約者の肉声を拾い上げる。
バンッ、読んでいた指南書を叩きつける勢いで机へ置き、隠すため指南書の上に書類の束を乗せた。
「待てっ! リージア!!」
椅子から転げ落ちるように立ち上がり、扉へ駆け寄ったユーリウスは此処が学習室だということを忘れ叫んだ。
指南書を読んだ王子様、婚約者と関係を進めようと頑張る!!はず……
多分、続きます。




