34.モブ令嬢と王子様のシナリオでは無い「はじまり」
王妃とメリルが断罪された七日後、ユーリウスが王太子と成ることが公式に発表された。
国王の思惑通り、自身の離婚は新たな王太子の話題に塗り替えられ、連日大衆紙の紙面を飾ることとなる。
それから一月後。
生徒会役員選挙により選出された新生徒会長、副会長への引継ぎを終えたユーリウスとロベルトは残り数か月の学園生活を満喫する暇も無く、卒業後を見据えて増えた公務に勤しむ日々を送っていた。
学園生活での変化は然程無いとはいえ、学園外では王太子の婚約者として公務へ同伴することが多くなったリージアへの関心はどうしても増していく。
「お嬢様、贈り物が届きましたよー」
「今日の分のファンレターです」
メイドが両手で抱えて持って来たクマの縫いぐるみと、ピンク色のリボンで纏められた手紙の束を受け取る。
ユーリウスの人気が高まると同時に、婚約者のリージアと実家のマンチェスト伯爵家も注目を浴び、王都の直営店は以前に増して大盛況となったらしい。
研究員の仕事もあるブルックスは「休む暇がない」と目の下に濃い隈を作っていたが、商売好きなアレックスは楽しそうに領地と店舗を往復しているらしい。
そういえば、何故か従業員に混じってイザベラがブルックスを手伝っていた。
二人の距離が近くなったのは少々複雑な感情を抱くが、兄が面倒事に巻き込まれず幸せになれるのならいいのだろう。
積極的な王女様に押されるブルックスは、口では迷惑だと言っていても楽しそうにしている。
「ユーリウス様とお幸せに、か」
出会った時の印象は、王子様に膝蹴りを入れるという最悪なもの。
同意無し、王命で王子様の婚約者に据えられた時点で、以前より窮屈な生活を送ることになるのは理解していた。
その後は悩んだけれども、ユーリウスの隣に寄り添っていようと決めたのは自分なのだ。
注目されるのは仕方ないと割り切り、リージアは声を掛けてくる相手に笑顔を向ける。
メインキャラ達には関わりたくないと、目立たない様に生活していた一年前には今の状況は考えられない。
フワフワのクマの縫いぐるみを抱き締めてから、ぬいぐるみを机の横に置いた椅子に座らせて、封筒の束を纏めていたリボンを解いて封筒から手紙を取り出す。
「うっ、少し窓を開けて」
手紙を開けば、香料が染み込ませてある紙からほのかに香るのは甘い花の香り。
メリルが使っていた“キーアイテム”の香水に似ている気がして、リージアはメイドに窓を開けるよう伝えた。
シナリオやヒロインに脅かされる事のない平穏な日々は過ぎていき、生徒達が盛り上がる行事の一つ学園祭の当日を迎えた。
今年は学園祭を盛り上げるという理由で、クラスごとの人気投票を行い優秀クラスが発表されるため、生徒達の気合の入れようと盛り上がりは去年以上だった。
三年B組の出し物は軽食とスイーツが食べられるカフェ。
カフェで出すスイーツは、製菓クラブのメンバーが有名菓子店を経営しているクラスメイトの実家で習った本格的なもの。
軽食のワッフルとサンドイッチも、クラス全員が納得した材料を使い作るというこだわりを持ち、クラス一丸となって優秀クラスを目指していた。
生徒と来校者で混雑する中庭では、クラスの女子で揃えたエプロンドレスを着て、髪を三つ編みにして三角巾をかぶったリージアが困惑の表情を浮かべて、現生徒会の手伝いという名目でチラシ配りをするユーリウスの隣でチラシを配っていた。
学園祭開始の花火が打ち上がって直ぐ、教室へやって来たユーリウスによってリージアは教室棟の外へ連れ出され、現生徒会の手伝いを頼まれたのだ。
何でも、現生徒会三役は市井で音楽活動をしているらしく昼過ぎに特設ステージで演奏をするという。
宣伝チラシの配布は現生徒会メンバーにやらせればいいのに、と思いながら周囲を見渡していると、生徒達や来校者の間からこちらを見ているロベルトと目が合う。
婚約者のマーガレットと並んでクレープを食べていたロベルトは、口の端に生クリームをつけて苦笑いしながらリージアへ向けて手を振る。
少し離れた場所では、外向きの王子様の微笑みを浮かべたユーリウスの眩しさに魅せられ、若い女性達が二人を取り囲む。
ユーリウスが持つ宣伝チラシは瞬く間に無くなっていく。手伝う必要があるのかとユーリウスに問いたくなった。
「ユーリウス様、そろそろクラスへ戻ってもいいでしょうか?」
「まだ駄目だ。この後は案内所へ行き、迷子がいないか見回らなければならない」
リージアの手からチラシを奪うようにユーリウスは受け取る。
リージアが一歩後ろに下がったタイミングを狙ったように、王子様に惹き付けられた女性達が彼を取り囲んだ。
(チラシ配りはユーリウス様一人で十分ね。もう少しで全部配り終わりそうだし、このままクラスへ戻ろうかしら?)
ゆっくりと後退していき女性達に囲まれているユーリウスへ頭を下げて、教室へ向かおうとしたリージアのすぐ側を数人の男子生徒が通り過ぎていく。
男子生徒の一人の手が、足を止めたリージアのエプロンドレスの裾を掠めた。
「すみません、リージア先輩」
人当たりの良い男子生徒はヘラリと笑い、吹き抜けた風で乱れた三角巾を押さえるリージアの方へ手を伸ばす。
「触るな」
男子生徒の指先が風で揺れたエプロンドレスのリボンへ触れる直前、囲んでいた女性達の間をすり抜けてやって来たユーリウスがリージアの二の腕を掴み自分の方へ引き寄せた。
ハッとしたリージアは腕を離そうとしないユーリウスを見上げて、気が付いてしまった。
「ユーリウス様?」
王子様の笑みを消して、リージアへぶつかりそうになった男子生徒へ冷たい視線を向けていたのだ。
(何で睨んでいるの? もしかして、私にチラシ配りを頼んだ理由は、ええ? そうなの?)
抱いていた疑問は、男子生徒を怯えさせるくらい圧力を放つユーリウスの表情で、確信に変わった。
多くの人がいる中庭で騒ぎを起こさせるわけにはいかない。手振りで「もう行って」と促すと、男子生徒達は頭を下げて逃げるように立ち去って行った。
「……嫌なんだ」
ポツリと呟いた言葉は、側にいるリージアしか聞こえないくらいの小さな声。
二の腕を掴んでいた手を放して目を伏せる。
「俺のいない場所で、リージアの可愛い姿を他の男に見せたくない」
言い終わるとユーリウスは横を向き、女性客と女子生徒達が側にいることを思い出して顔を片手で覆い隠す。
「えっ?」
隠しきれない頬の一部と耳朶が赤く染まっているのを、至近距離に居るリージアは見逃さなかった。
理由を作って一緒に居ようとするユーリウスの嫉妬と独占欲を感じて、少々引きつつも嬉しくて笑顔になった。
顔を隠している彼の手とは逆の手に触れる。
「当番の時間が終わったら自由時間になります。その時、一緒に回りませんか?」
「……回る」
伸ばされた指に自分の指を絡めて手を繋ぎ、観念したとばかりに息を吐いたユーリウスに送られて、リージアは教室へ向かった。
***
学園祭は大盛況で終了し、惜しくも優秀クラスには選ばれなかったものの、上々の評価を貰い三年B組の生徒達は満足して互いを労った。
夕闇が濃くなった頃、後夜祭の開始時間を告げる鐘が学園に鳴り響く。
ユーリウスから贈られた、色味を抑えたゴールドに鮮やかな青緑色の細かい刺繍が施されたドレス、エメラルドの髪飾りとイヤリングを着けたリージアは、後夜祭の会場である大ホールの入口に立っていた。
エスコート役であるユーリウスは黒色の燕尾服の挿し色に使っているのは緋色。
自分に対する愛情と執着心を感じて、リージアの胸に少しの怖さとそれ以上の嬉しさが入り混じり広がる。
「緊張しているのか?」
ホール入口から広がるのは、高い天井から吊るされた豪華なシャンデリアに照らされた夜会用に着飾った生徒達が談笑する華やかな光景。
確かに普段とは違う華やかな雰囲気には圧倒されるが、国王の生誕祭に比べれば気持ちは楽だった。
問い掛けに、リージアは首を横に振る。
「去年は参加出来ませんでしたし、一昨年は兄にエスコートしてもらいましたけれど、踊らずにお腹いっぱい食事をしただけなんです。何が言いたいかというと、その、後夜祭で踊るのは初めてなんです」
昨年はガルシアに拉致されて後夜祭どころではなかった。
一昨年は壁の花と化していたし目立たないように柱の影でひたすら料理を食べていた。
数か月前までは兄以外の男性に、王子様にエスコートされるだなんて考えたことも無かった。
「同じだ。俺も後夜祭に一生徒として参加するのも、誰かをエスコートするのは初めてだ。後夜祭でエスコートする最初で最後の相手がリージアで良かった」
目を丸くしたリージアへユーリウスは蕩けるような笑みを向ける。
「行こう」
「はい」
回されたユーリウスの腕にリージアは手をかけて、二人は華やかなホール内へ歩き出す。
(ゲームだったら、『モブキャラクターだった地味な伯爵令嬢は、王子様と心を通わせて幸せになりました』という一文が入るのかな。ううん、ここでエンディングにはならない。私の物語はこれから王子様と一緒に始まるのだから)
これからもきっと、メインキャラクターではないのに華やかな場所に立っていていいのかという、不安は抱き続けるのだろう。
それでも、王子様の隣は誰にも譲れない。
「ユーリウス様、大好きです」
「俺も、大好きだよ」
足を止めたユーリウスは、リージアの耳元へ唇を近付けると甘く囁く。
言った後に照れている王子様が可愛くて、リージアは満面の笑みを浮かべた。
一年前、『誘ったらどんな反応を見せてくれるか気になっていた女子をエスコートする』という王子様の一年越しの望みが叶いました。
次話は別視点、終話となります。




