16.モブ令嬢は王女様からお願いされる
放課後、友人と課題の本を借りに図書館へ寄ろうかと話していたリージアの耳に、教室に残っていた女子生徒達の黄色い悲鳴が届く。
何事かと教室の出入り口を見たリージアは、「げっ」と呟いてしまった。
教室の入り口には、黒髪に褐色の肌をした男子生徒、イザークが頬を赤く染めた女子生徒達に囲まれていたのだ。
(何しに来たのよ?!)
昨日話をした時に、お互い転生者と分かっても学園では普段通り、顔見知り以下の関係でいこうと約束していたのに。
「イザーク様、どうしたのですか?」
「もし、お時間があるのでしたらわたくし達とカフェへ行きませんか?」
B組の中でも積極的な女子がイザークをお茶に誘う。学園でなければ不敬にあたる彼女の行動も、イザークは笑って「今度ね」と受け流す。
同じ王子様でも、ユーリウスだったらここまで女子達は群がらない。冷たいわけでもないが明らかにリージア以外は興味ないと言い切るユーリウスよりも、同じくらいの美形で人当たりも良いイザークの方が親しみを感じるのだろう。
女子達の誘いを上手くかわしたイザークは、リージアの机の傍まで来ると張り付けていた笑みを深くした。
「やあ、リージア嬢」
「何か御用ですか?」
昨日、互いの秘密を共有したというのに、警戒心を解いてはくれないリージアにイザークは苦笑いする。
「君に話があるんだ」
「話とは、何でしょうか?」
婚約者のいるリージアが大勢の目撃者のいる前で、イザークの誘いを受けるのは面倒な事になりかねない。彼の口から、理由を話してもらわなければ一緒には行けないのだ。
息を吐いたイザークは、人差し指で出入り口の方を示す。
「イザベラ殿下?」
廊下側の窓から、従者の青年の後ろで教室内の様子を窺う黒髪の女子生徒に気付いたリージアは目を丸くした。
友人達に断りを入れ図書館へ行くのを延期にしてもらい、リージアはイザーク、イザベラと共に教室棟の一階、人気のほとんど無くなった談話スペースへ移動する。
時折、昇降口へ向かう生徒に何事かと見られるが、二人の話に興味津々といった女子達を気にして教室で話をするよりは話しやすい。
「わたくしがお伺いすればよかったのですが、同級生のお兄様の方が話しやすいだろうと甘えてしまいました。申し訳ありません」
頭を下げようとするイザベラをリージアは慌てて止める。
「イザベラ殿下が悪いわけではありません。もう少し遅くに、教室から人が居なくなったタイミングで来てくれなかったイザーク様が悪いのです」
「おい」と言う、イザークの不満げな声が聞こえた気がするが、無視をする。
「リージア様の方が先輩なのですから、学園では殿下と呼ぶのは止めてください」
「イザベラ様、でよろしいでしょうか?」
「はい」
名前を呼んだだけでイザベラは嬉しそうに笑う。ゲームの中では高慢な悪役令嬢ポジションだとは到底信じられない反応は、イザークの教育の賜物なのだろうか。
「イザベラ、リージア嬢に頼みたいことがあるんだろう?」
「そうでしたわ。リージア様にお願いがあります」
ハッとなったイザベラは居住まいを正しリージアを真っ直ぐー見詰める。
「以前、生誕祭でお会いした時にリージア様が着けていらっしゃった髪飾りがとても素敵で購入したいと思い、先日店舗へ連絡を入れました。店舗責任者と言う方に、直接来店してほしいと言われてしまって……大変厚かましいお願いだと分かっておりますが、リージア様のご都合がよろしければ、わたくしと一緒に来ていただけないでしょうか?」
(もうっ! お兄様ったら!)
吐き出したくなった悪態は、リージアの心の中だけで堪えた。店舗責任者と名乗ったのは、三兄のブルックスだと想像はつく。
店舗へ連絡を取ったのはイザベラ本人ではなく従者であったとしても、オベリア王国王女の依頼であることは伝えたはず。それでも対応を崩さない姿勢はブルックスらしいが、非常に面倒だと、リージアは内心溜息を吐いた。
「現在、受注が多くて予約待ちの状態らしいです。店舗責任者、兄の方針で、身分や身内の紹介で予約の優先順位をつけないということになっておりますから、私が一緒に行っても予約を早めることは出来ないですよ?」
「一緒に行ってくださると心強いと思って……無理でしょうか?」
眉尻を下げて問われてしまい、リージアは返答に詰まる。
「うぅ、凝ったデザインはすぐには無理でしょうけれど、領地にもしかしたら在庫がある品もあるかもしれません。購入予約の確約は出来ませんが、カタログでデザインの確認をしに行きますか?」
「行きたいですわ!」
リージアからの提案を聞いた途端、イザベラの表情が明るくなる。
二人のやり取りを黙って聞いていたイザークが口を開く。
「今度の週休日はどうだい?」
「週休日は王宮へ行くので、申し訳ないですが無理ですね」
「じゃ、明日の放課後は?」
唇をへの字にしたリージアは、目前に座るイザークの何かを含んだ表情に疑念を抱く。いくら可愛い妹のためとはいえ、明日というのは急すぎる。
「特に予定はありませんが」
(今日は生徒会長の仕事で仕方なく、という理由があったけど、明日の放課後も会えなくなってユーリウス様は大丈夫かな。明後日は、どんなに早くても会いに行けるのは午後二時過ぎ。丸一日以上会えなくても、アレルギー症状が出ないように上手くコントロールするだろうけど、嫌がられるだろうな)
王子の執務と生徒会長の仕事の合間に、僅かでも時間と理由を作って一緒に居たがるユーリウスにどう切り出そうか。今日は生徒会長の仕事で放課後会えないことに対して文句を漏らしていた彼だ。イザベラと出掛けると伝えたのなら、拗ねてしまうかもしれない。
楽しそうにしているイザベラを横目に、リージアは会いたがりの婚約者殿への対応を考えていた。
***
翌日、登校前に寮へ届けられたリージアからの手紙を読んだユーリウスは、息を切らしてB組までやって来ると勢いよく扉を開いた。
「リージア!」
「ユーリウス様?」
今日の放課後にイザベラと出掛ける旨を書いた手紙を、メイドに託して男子寮のポストへ出してもらったのは早朝のこと。まさか、ユーリウスが登校直後にB組へやって来るとは思って無かったため、驚きで鞄から出したノートを取り落としてしまった。
無言でリージアの手を掴むと、ユーリウスは教室の外へ向かって歩き出す。
ホールの端にある円柱の影まで歩くと、リージアの体を円柱へ押し付けた。
「放課後、イザベラ王女と出掛けるのか?」
「昨日、約束してしまったので、ごめん、」
ごめんなさいという言葉を言わせないように、顔を歪めたユーリウスの人差し指がリージアの唇に触れる。
「ただでさえ一緒に居られる時間が無いのに、リージアとの時間が減るのは耐えられない。リージアは俺と会えなくても平気なのか?」
唇に触れていた指先が頬を滑っていく。
目を細めたユーリウスが今にも泣き出しそうに見えて、頬へ添えられた彼の手に自分の手を重ねた。
「会えなくて、平気だと思っているのですか?」
(こんなにも、貴方の事を心配しているというのに)
上目遣いで見上げるリージアの視線に耐え切れず、ユーリウスは「うぅ」と呻いた。
「早く、卒業したい」
「え?」
「卒業してしまえば、周りの目を気にしないで一緒に居られるだろう? 隠れずに堂々とこうしていられる」
視界の隅に護衛達の姿が見えて、此処がホールの柱の影で護衛達が周囲に気を配っていてくれているおかげで、かろうじて他の生徒には見られずに済んでいると、リージアは気が付いた。
壁にかけられた時計を見れば、もうすぐ始業のチャイムが鳴る時刻。チャイムが鳴る前に教室へ戻らなければならないのに、ユーリウスが向ける切なそうな瞳、まるで置いて行かれる子犬のような瞳を見てしまうと、彼の手を振りほどくことが出来なくなる。
(何故だろう。生誕祭の後からユーリウス様の頭とお尻に、犬の耳と尻尾が生えているように見える)
「週末は王宮へ行きます。エルシア様の講義が終わったら、その今日の分も一緒にいてください」
「ああ。明日の午後は、リージアと一緒にいられるように空けておく」
明日は王子妃教育を受けた後、ユーリウスの執務室を訪ねることを何度も約束をして納得してもらい、ようやくリージアは柱の影から解放された。
教室へ向かう廊下を歩いていると、前方からやって来た数人の女子生徒と擦れ違う。
栗毛色の長い髪の女子生徒から、何処かで嗅いだことがある独特な花の香りがほのかにした気がして、リージアは足を止めて振り返った。
「どうした?」
「いえ、何でもありません」
気のせいだったかと、リージアは首を横に振る。
振り返った時には、栗毛色の髪をした女子生徒は廊下の角を曲がってしまい、後ろ姿は見えなくなっていた。
王子様は、会いたがりな彼氏状態になっているようです。




