15.モブ令嬢は王子様から協力要請される
前話の続きです。
前世の記憶、それもこの世界がゲームに似た世界だと知っている人に出会ったというのに、嬉しさと懐かしさ以上に体が緊張するのは何とも不思議な気分だった。
すんなりイザークを受け入れられないのは、彼が攻略対象だからか。それとも、彼の本心が読めないからか。
リージアは膝の上で小刻みに震える手を握り締める。
「貴方にも前世の記憶があるの?」
“貴方にも”ということは、自分もそうだということを認めたことになると、リージアは気が付かない。吹き出しそうになるのを、イザークは堪えた。
「俺が前世のことを思い出したのは、十歳の時かな。父親と鍛錬中に吹っ飛ばされて、地面で頭を打って死にかけた時だった。こういう流れは転生もの漫画とかによくある話だよね」
「まぁ、定番ですね。私は何となくでしたね」
幼いころから前世の記憶を何となく思い出していた自分とは違い、主要キャラクターへ転生した彼は記憶が蘇るのも定番のようだ。
「昏睡状態の時に思い出した前世の俺は、ごくごく普通の会社員だった。同棲中の彼女が恋愛ゲームにドハマりしていたんだ。当時は俺よりも二次元の男に夢中になりやがって、とムカついたけど今となっては感謝している。記憶が蘇った俺はゲーム通り十五歳で留学が決まって、ああ、抵抗はしたよ? でも父親の命令の留学は覆らなくて、それならばと学生生活を楽しむことにしたんだ。婚約者を決められそうになる度に大暴れして拒否して、好きになるかもしれないヒロインはどんな子かと期待していたのに、地雷にしかならない女だったとはね。ちょっと落ち込んだよ」
「それは、えーっと、ご愁傷様です」
ヒロイン、メリルに関しては同意見だったリージアはコクリと頷く。
見た目はふわふわな綿菓子みたいで可愛らしいメリルの内面が、まさか自己中心的な考えを持ち、言動も学園を引っ掻きまわすほどの地雷物件で、殺害依頼をされたことを差し引いても彼女と友達になるのは嫌だ。
転生者ヒロインはファンタジーな物語では定番だとしても、ゲームの天真爛漫頑張り屋なヒロインを知っているイザークが落胆するのは当然だろう。
「あれは絶対に無理だと思って避けていたら、段々とユーリウスの様子は変になっていくし地味で目立たない君が生徒会の雑用係になったから、気になって調べてみたんだ」
表情を硬くするリージアを見て、イザークは猫のように目を細める。
「ほら、俺は王子様だしこの国でも大抵のことは許される。で、調べたら面白いことになっていてさ。ユーリウスは君にベタ惚れみたいだし、このまま静観していてもよかったんだ。だけどね」
一旦言葉を切ったイザークは深い息を吐いた。
「妹を留学させて、ユーリウスの側妃か第二王子妃にしたい父親の思惑を阻止できなかった。色々動いてみたけど、続編へ繋がる流れには逆らえなかった」
ハッとなったリージアはイザークを見詰める。イザークとよく似た目立つ容姿、王女という立場からイザベラの続編での立ち位置はもしや。
「もしかして、イザベラ王女は?」
「そ、続編の悪役令嬢ポジション。記憶が蘇ってから悪役王女にはしたくなくて、俺が教育したから我儘な性格では無いけどね。ユーリウスに興味を持たせたくなかったのに、国王が余計なことを言い出すから関わらざるを得なくなった。イザベラを第二王子妃にさせるのは嫌だ。あの生意気で甘ったれたマセガキが義弟になるのは生理的に受け付けない」
吐き捨てるように言う、イザークの目つきが鋭くなっていく。
第二王子フリウスは、偉そうで我儘な態度で従者達を困らせているらしく、王宮勤めの使用人からの評判は良くない。
挨拶へ訪れたリージアを一目見たフリウスは「なんだ大したことないな」と、明らかに胸元を見ながら鼻で笑ったのだ。おそらく、イザベラみたいな体型の女の子が好みなのだろう。
聞いていいものかどうか迷った末、リージアは意を決して口を開いた。
「もう続編のシナリオは始まっているのですか? 私の記憶は続編が発売する前で終わっているから分からなくて」
「もう始まっているよ。最初の大きなイベントが生誕祭だ」
「やっぱり、生誕祭はイベントの一つだったんだ。じゃあ、続編のヒロインはこの学園にいるの?」
「ああ、ヒロインも入学している」
目を見開いたリージアの膝の上で握りしめた手に力が入る。
同級生と下級生にそれらしき人物は思い浮かばず、転入生が入ったという話は聞いていない。ヒロインは新入生の中にいるのだろうか。
「でも、誰かはまだ教えられない」
「なんでっ」
だんっ、感情が高ぶった勢いでリージアはテーブルへ手をつく。
「少し、気になることがあるからな。確証が持てたら教えると約束するよ」
歯を見せて笑った後、イザークは真剣な表情となる。
「リージア嬢にはユーリウスを繋ぎとめておいて欲しい。俺はイザベラが惚れないように邪魔するから、協力して欲しい。前回みたいなヒロインだったら、俺とイザベラにとっても地雷になるからな。その結果、もしもユーリウスに婚約破棄されたら、俺が嫁に貰ってやるから安心していてね」
画面越しだったら語尾にハートが付いただろう台詞を言い、イザークはパチリとウインクをした。
さすが攻略対象キャラ、失礼な冗談を言われたと分かっていても、嫁に貰うと言われたら頬に熱が集中する。誤魔化すためにリージアは熱くなる両頬に手を当てた。
ふと、背中が粟立つ感覚を感じ、イザークは特別教室棟と対面になっている窓を見る。
「ふっ、番犬が威嚇しているな。此処にいることはユーリウスに伝わっているだろうし、そろそろリージア嬢を解放しなければな。と、時間切れだ」
廊下をバタバタ走る音が相談室へ近付いて来るのに気付き、リージアは椅子の背凭れに手を当てて立ち上がりかけた。
半開きの扉の前に立っていた従者が退き、大きな音を立てて男子生徒が勢いよく走り込んで来る。
「リージア!!」
全速力で走って来たユーリウスは、乱れた髪と制服を気にすること無くリージアの傍へ駆け寄った。少し遅れて、息を切らせた護衛騎士も入室する。
「ユーリウス様? どうしたの?」
目を丸くするリージアは、ユーリウスの額から頬を流れ落ちる汗に気が付き、ポケットから取り出したハンカチで彼の汗を拭う。ハンカチを持つリージアの手に触れたユーリウスは安堵の息を吐き、イザークを睨む。
「これは何の真似だ!」
「おー怖い。妹の学園生活をサポートして欲しい、とお願いしていたんだ。ね、リージア嬢?」
「は、はい」
笑顔の圧力に負けて、リージアはコクリと頷く。
「じゃ、後はお二人でゆっくりしていてくれよ。鍵はこれね」
立ち上がったイザークは睨むユーリウスへ近付くと、ジャケットのポケットから取り出した鍵を手渡す。
「じゃあ、また」
手を振って相談室を出ていくイザークに続き、従者の青年が頭を下げて退室すると護衛騎士が代わりに扉の前へ立つ。
「何もされていないな?」
椅子から立ち上がったリージアの両肩へ手を当てて、ユーリウスは彼女の頭の上から足元まで見下ろした。
「ええ、イザベラ王女のことをお願いされていただけで、ユーリウス様?」
ユーリウスの声色から、今日一日で彼と顔を合わせたのは今が初めてだったことに気付く。
必要最低限しか女子生徒と関わらないようにしている彼は、昼休みと放課後にイザベラと彼女の取り巻きを相手にしたせいで、アレルギー反応の倦怠感が体に現れているのだ。
手を伸ばしたリージアはユーリウスの乱れた髪へ触れる。
「心配をおかけしてすみませんでした」
「俺の方こそすまない。父上の命令とはいえ、イザベラ王女のためにリージアと過ごす時間が減るのは嫌だったのに……イザークに連れて行かれたと知って焦ってしまった」
髪に触れていた手に自分の手を重るユーリウスは、甘える子犬みたいに可愛いと思えてきてリージアは微笑む。
「大丈夫、私はユーリウス様とずっと一緒にいます」
(貴方が望む間は、ずっと)
すでに開始していた続編シナリオとヒロインの存在、転生者だったイザーク。
これからの展開への不安は拭えないどころか増してしまったけれど、ユーリウスに望まれている限り彼と一緒にいようとリージアは決心した。
***
人気のない廊下を歩き昇降口へ向かうイザークは、今しがた出てきた相談室を振り返る。
「あの二人、今頃イチャイチャしているのかな。はぁー羨ましい」
「殿下」
一歩下がった後ろを歩いていた従者の青年がイザークの横へ移動する。
「お望みでしたら、マンチェスト伯爵令嬢を王妃候補に、と報告しておきましょうか? 殿下がその気になれば略奪することも可能でしょう。陛下もマンチェスト伯爵令嬢の持つスキルに興味を、うっ」
従者の青年が言い終わらないうちに、イザークは彼の口を手で塞ぐ。
「危なかった。この学園内は番犬と王弟が目を光らせているのを忘れるな」
監視魔力の気配が周囲から消えるのを待ち、イザークは従者の口を塞ぐ手を外した。
「今は、まだいい。もしも、ヒロインがユーリウス狙いだったら強制力が働くだろう。強制力が働き、婚約破棄となるならばリージアは俺が貰う」
口角を上げたイザークの表情には普段の柔和な雰囲気は一切無く、すぐ側に立つ従者の青年は背筋を伸ばし頭を垂れた。
いつも閲覧ありがとうございます。




