17. モブ令嬢は片付けくらい穏便にやりたいと思う
学園祭後の話。
前半と後半で視点が変わります、
空が茜色に染まる頃、ここ数年で一番の賑わいとなった学園祭も終了時間となり、残すのは後夜祭だけ。
生徒主体で開催した学園祭は、当然片付けも生徒主体で行う。
作成した装飾は丁寧に再利用出来るものと出来ないものに分別し、生徒会が手配した回収業者が回収していく。再利用できる木材や布置き場の倉庫横には、各クラスから出た大量の回収物が積み上げられていた。
大盛況だった2年C組のカフェで使った大量の使用済みの布巾とテーブルクロスを籠に入れ、倉庫横の置き場へ運んだリージアは重たい籠を持ち、赤くなった手のひらを握ったり閉じたりを数回繰り返した。
運んだ布は、先に寮へ戻ったクラスメイトの分だ。後夜祭の準備が間に合わないからと、頼まれて彼女の分の片付けを引き受けてしまった。疲れているせいか、片付けを押し付けられたと怒る気も起きない。
「ふぅ」
手の甲で額の汗を拭う。
この後寮へ戻り、準備をして後夜祭へ参加するのがひどく億劫に感じてしまう。調子が悪いと兄に言ってエスコートを断り、部屋で寝てしまいたい気分だ。
(今年も壁の花になるだろうし、楽しそうなクラスメイトに会うのも、マルセル様にエスコートされるメリルさんを見るのも嫌だな。メリルさんに絡まれて悪目立ちしてしまったら、面倒なことになるかもしれないし)
はぁーと溜め息を吐いてしまう。
片付けを押し付けてきたのは、ユーリウスに憧れを抱いている女子だったから疑ってかかってしまう。
地味なモブが生徒会の雑用係になるなど、皆が憧れる王子様と近付いてしまったら多少のやっかみを受けて当然だろうとは、分かっていたし覚悟はしていたのに。
サクッ、後ろから芝生を踏む音が聞こえ、リージアは振り返る。
「お疲れさまです」
後ろに居たのは、昨日、ロベルトを呼びに来て塗料を運ぶのを手伝ってくれた男子生徒だった。
「こんにちは」
愛想笑いを返すリージアの前に積まれた大量の布を見て、男子生徒は目を丸くする。
「これを全部貴女が片付けたのですか? この量を女の子一人に運ばせるとは、此処の男達は何をしているんだ」
顔を顰めた男子生徒の声が若干低くなる。
「汚れる物を運ぶのは嫌ですからね。私が断れないだけだし、手が汚れたら洗えばいいから大丈夫ですよ」
「お人好しですねぇ。貴女は伯爵令嬢なのに、汚れることも他者の分も働くのを全く厭わない」
「お人好しとは時々言われます」
男子生徒から呆れ混じりに言われ、リージアはへらりと笑う。
お人好しではなく便利な相手扱いだと、喉まで出かかって声には出さず飲み込む。
学園へ入学してから揉め事を起こさないように八方美人な対応をしてきた結果、こうなったのは自業自得。とはいえ、今年は担任教師から軽い態度を取られているせいか生徒会の雑用係となったせいか、クラスメイトから感じる自分を軽んじてもいいという空気と、あからさまな態度を取られると落ち込む。
「生徒会の方は、まだ残ってやることがあるのですか? 後夜祭の準備とか?」
話題を変えようと振った問いに、男子生徒は浮かべていた笑みを崩した。
「あと一つ大事なことが残っていまして。気の進まない仕事なのですが、依頼されたからにはやらなければならないんですよ」
「大変ですね」
学園祭中、生徒会役員は様々なトラブル対応に動き回っていた。
相槌を打ったリージアは男子生徒を見上げて、妙な違和感を覚えた。
「ええ、大変ですよ」
吹き抜けた風が、彼の目にかかる長めの前髪を揺らす。
切れ長の濃紺色の瞳と、瞳に宿る剣呑な光は何処かで見たことがある気がして、リージアは込み上がってくる不安から、半歩後退る。
「貴女を始末する、という仕事はね」
言い放たれた言葉の意味を理解する前に、男子生徒の姿が消えた。
「へ?」
とすっ
首の後ろに固く冷たい感触が触れた次の瞬間、リージアの全身を鋭い痛みが走り抜け、そこで意識が途切れた。
意識が途切れる前に、「悪いな」という声が聞こえた気がした。
***
全身を突き抜けるような微弱な電流を感じ、ユーリウスはビクンッと肩を揺らし学園長室の窓を見た。
探索魔法と伝達魔法を組み合わせた魔石が発動し、持ち主の身に危険が迫ったことをユーリウスへ伝えたのだ。
伝わった彼女の危機は、腹に一物を抱えている生徒に絡まれるどころじゃないほど危険なものだった。
ガタンッ!
考えるよりも体が動き、勢い良く椅子から立ち上がる。
「ユーリウス? どうかしたのか?」
僅かな魔力の揺れを感じ取ったシュバルツは、険しい表情で立ち上がったユーリウスへ怪訝気に声をかける。
「いかがされた、殿下っ?!」
シュバルツと学園長の問いに答えず、椅子を倒す勢いでユーリウスは扉へと走り出した。
走り出した勢いのまま扉を開き、魔石が知らせたリージアの居場所へと走る。
急かすように持ち主の危機を伝えてきた魔力の波は、今では何も感じられない。
もしかしたらもう遅いのでは、という嫌な予想を消すようにユーリウスは静まりかえった廊下を走った。
魔力を強く感じた倉庫裏へと着いたユーリウスを出迎えたのは、高く積まれた回収物の山。
人気は全く無く、荒い息を吐きながらリージアの痕跡は無いかと辺りを見渡す。
「これは……」
地面に放置された籠の側に転がっていた眼鏡を拾い上げる。
見覚えのある眼鏡は、以前、歪んだフレームを修理した際にユーリウスが魔石を仕込んだもの。
「くっ、リージア」
此処に居たのは確かなのに、周囲を探ってもリージアの気配は何処にも感じられ無い。
学園長室から倉庫裏まで行くのにかかった時間は10分程度。
この短時間でリージアを抱え移動するなど、気配を探りながら来たユーリウスを欺くなど、相当な手練の者しか出来ないだろう。
彼女が立っていたであろう地面へ手を当てて魔力の残滓を探るが、やはり何も感じられなかった。
短時間であれば魔力は残るはずなのに何も感じられないということは、リージアを拉致した相手が意図的に気配と魔力を遮断したか。
「くそっ!」
両膝をついたユーリウスは「くそっ」と唸り、拳を地面へ叩きつけた。
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