18.王子様は焦燥感を抱く
遅くなりました。
王子様視点です。
飛び出していったユーリウスが学園長室へ戻り、リージア・マンチェストが何者かに誘拐された可能性があると知った学園長は、倒れそうなほど顔色を悪くして両手で顔を覆った。
動揺と焦燥から、今にも暴走しそうになっているユーリウスの魔力を抑えるのは、シュバルツの張った結界。
「ユーリウス、分かったから落ち着け」
「落ち着いてなどいられるか!」
口調を荒くするユーリウスの肩をシュバルツは強い力で掴む。
「いいか、よく聞け。お前の読み通り、状況からリージアが何者かに拉致されたのは明らかだ。暗部と私の部下が学園内外を徹底的に捜索しているのだ。そう時間もかからず彼女は見つかるだろう」
ぎりっと、ユーリウスは下唇を噛む。
ユーリウスが学園長室へ戻った直後、シュバルツの指示で王家の暗部、特に諜報を得意とする部隊が動き出した。直ぐに暗部がリージアの居場所はつきとめるだろう。だが、魔石の効力が発動するほどの危機、彼女が何者かに危害を加えられたのは確かだ。何処かで命の危機に瀕しているのかもしれない、泣いているのではないかと思うと暗部からの知らせを待つだけではいられない。
叔父の力を借りなければ捜索することも出来ない自分の無力さを痛感して、悔しくて堪らなかった。
「今、お前がすべきことは何だ?」
冷静に問われて、ユーリウスはハッと息を飲む。
「後夜祭の準備、生徒会長の役目を、全うすること」
忘れかけていた自分の立場を思い出し、喉の奥から絞り出すような声で答える。
シュバルツは満足げに笑う。
「分かっているならば、役目を果たせ」
焦燥感を抑えるためユーリウスは目蓋を閉じた。
生徒会主催の後夜祭はユーリウスの手腕を問われている。国王、元老院、貴族達を容認させるためには、生徒会長として学園行事を成功させなければならない。卒業後に発表される王太子の座を確実のものとするためには、私情を心の奥へ押しやって自分に課せられた役目を果たす必要がある。
感情を表に出すことは王宮では弱さとなる。リージアの捜索はシュバルツに任し、後夜祭運営に意識を集中させることが最良だ。焦燥感と動揺は理性で抑えなければならない。
「叔父上、後のことを頼みます」
握った拳が小刻みに震え白くなるほど力を込め、表情を強ばらせたユーリウスは深々と頭を垂れた。
学園長室からユーリウスが退室し、扉が完全に閉まった直後、魔力の軋みによる不快感から解放された学園長は崩れ落ちるように椅子へ座った。
無理もないと、苦笑いする。
学園内には魔力抑制、監視結界が張り巡らせれ、各所に警備員が立ち映像記録魔道具も設置してあるのだ。王宮の警備体制を敷いている学園で起こった伯爵令嬢誘拐事件が表に出てしまったら、学園長は確実に処分を受ける。
脱力しきった学園長は、暗がりに控えていた護衛に抱えられてソファーへ横たえられた。
「何か分かったか?」
部屋の隅の暗闇が揺れ、音も無く現れた黒装束の男がシュバルツの前まで進み、床へ片膝をつき一礼した。
「メリル・ウルスラですが寮から一歩も出ておらず、特に気になる動きはありません」
下唇へ指を当てたシュバルツは「そうか」と呟く。
学園編入してから半年という短期間で、マルセル、ルーファウスをはじめとした貴族令息達を次々に籠絡していった能力は危険だとして、シュバルツ直属の諜報員達に監視されているメリルがリージアの誘拐を企てるのは不可能に近い。とはいえ、メリルの他にリージアを目障りだと思っている者がいるとは考えられなかった。
自分が生んだ王子を王太子に据えたい王妃が、リージアの存在を知り手を出すとは思えない。
他の可能性があるとしたら、ユーリウスに恋慕を抱く女子達。しかし、学園に入学出来る者は貴族令嬢であったり、平民でも教養試験を合格した生徒だ。伯爵令嬢の誘拐を企てれば厳罰を受けることくらい知っている。
「直ぐに居場所を突き止められないのは、隠密に長けた玄人の仕業か?」
警備を潜り抜け学園へ侵入した上に暗部に尻尾を掴ませないとは、諜報や暗殺に長けた者、それも相当の手練といえる。
「早急に学園内の防犯映像の解析をしろ。それから、ユーリウスが暴走しないように彼奴の警護を固めろ」
「はっ」
胸に手を当てた黒装束の暗部は、現れた時と同様に音も無く姿を消した。
「あのユーリウスが取り乱すとはな」
椅子の背もたれへもたれ掛かり、シュバルツは足を組みかえる。
甘えを許されない境遇で育ち培った鉄仮面を外し、取り乱すユーリウスは久しぶりに見た。シュバルツが覚えている限り、他者と一定の距離を保とうとするユーリウスがあそこまで気を許した女子はリージアが初めてだった。
今は自覚していないとはいえ、己がリージアを雑用係、協力者とは見てないと近々気が付くはずだ。否、たった今、自覚したのかもしれない。だからこそ、取り乱した。
「甥っ子の初恋を祝福してやらねばな。……エスコート役だというリージアの兄へ連絡をとるぞ」
口角を上げたシュバルツは、肘掛けに手をつき立ち上がった。
***
ホール天井から垂れ下がる巨大なシャンデリアの輝きに見劣りしない、色とりどりで華やかなドレス姿の女子生徒達の中を何度探しても、リージアの姿はどこにもない。
司会者が生徒会長の挨拶を告げ、燕尾服を着たユーリウスは壇上へ上がる。
「学園祭は皆のおかげで大きなトラブルも無く終了できた。生徒会を代表して私から皆へ感謝を伝える。今宵の後夜祭では身分も学年間の壁も無い。学園の規範内でだが、思う存分楽しんで欲しい」
ユーリウスが頭を下げると、ホール内の生徒達から歓声が上がった。
壇上から見渡した生徒の中に、マルセルに寄り添うメリルを見付けてしまい、込み上がる嫌悪感と鼻をつく甘い香りに悪寒が走り、動悸と吐き気で胸が苦しくなる。
視線が合ったことに気付いたメリルは、何を勘違いしたのか期待に満ちた瞳で熱くユーリウスを見上げた。
今すぐ、リージア誘拐に関わっていないかどうか、メリルを問い詰めるため壇上から飛び降りたい衝動に駆られるが、理性でどうにか衝動を押し止める。
壇上から下りようとするユーリウスへ燕尾服を着た護衛が近付き、「例の件でお話が」と耳打ちをした。
司会者と不満顔のロベルトに後のことを託し、ユーリウスはシュバルツが待つ学園長室の扉を勢いよく開いた。
「叔父上!」
「ユーリウス、手掛かりだ。学園内の防犯映像を解析した結果、不審な男と会話するリージアの姿を見付けた。映像の男を追跡している。もうしばらくの間堪えるんだ」
シュバルツの視線の先、テーブルの上にある水晶板へ映し出された防犯魔道具の記録映像には、 倉庫裏の回収物置き場で長身の男子生徒と話すリージアがいた。
映像はリージアが男子生徒を見上げる仕草をした直後に途切れていた。直後、拐われたことは明らかで、もっと早く駆けつけていれば阻止できたのだと、ユーリウスは悔しさを表情に滲ませて水晶板を睨みつける。
「殿下」
タイミングよく諜報員の青年が声をかける。
「映像の解析と生徒情報の照合が終わりました。やはりこの男は生徒ではありません。映像によるとまだ学園内に留まっていると思われます」
「では、リージアはこの男が?」
ユーリウスの体が当たったテーブルがガタンと音を立てる。
「落ち着け。すでに学園内の探索はしたのだろう? 暗部が捜索して見つからなかったのに、一体何処に潜伏しているというのだ?」
水晶板に映る、リージアの横顔を見つめていたユーリウスの脳裏にあることが閃く。
「叔父上」
振り返ったユーリウスの表情と声は、普段通り落ちの着いたものへ戻っていた。
「試したいことがある。力を貸してくれ」
「何を試す気だ?」
「学園内をしらみ潰しに探索するより、ずっと確実な方法だ」
「確実だと?」
この方法であればリージアの行方は判明する。ユーリウスは確信を持って頷いた。
王子様はがここまで焦るのは、生まれて初めてなんです。
誤字脱字報告ありがとうございます。見直しが甘くて、皆様に助けられています。
ストック切れました。明日も更新が遅くなりそうです。




