7ー幕間
幕間─wisret.
殺し屋ウィスレット
───王都では、知らぬ者はいない凄腕の殺し屋。数年前、その存在を顕著に知らしめた。
その原因となったのは、とある貴族の暗殺だった。
「お前は誰だ……!?」
その公爵の前に立ちはだかり、メイドや執事にも見つからずに。
「……ウィスレット」
ただそれだけを名乗り、彼女はその貴族の暗殺を遂行した。
名前を名乗った次の瞬間、貴族の息は途絶えていた。
それだけならば良かった。
美貌、魔力、仕草───。
どれをとっても、ウィスレットという女ほどの人はいないのだ、と殺された貴族に仕えていた者らは語った。
ひゅるり、と空を駆け巡る才覚、殺しの腕、それをとっても、まるで十数年ほどしか生きただろうだけとは思えないほどだったと、それは語られるほどに彼女の存在は闇の王国に知れ渡った。
「面倒なことだわ」
ウィスレットは、ある一人の男の前でだけ、自分の心を吐露していた。薄暗い簡素な部屋の中で。
自分の過去も、未来も、全て知っているかのように語った。
この世界がどうなってしまうのか、ということも。
───この世界は滅亡するわ
彼女はそう最初に前置きして、彼に全てを語った。
───光と闇によって蝕まれ、均衡は破られ、世界は破滅へ導かれる。
「ウィレ、本当なのか?それは…」
「自分の目で見てきたもの。嘘でも無いし、あたしが狂ってる訳でもない。」
彼女のことをウィレ、と呼ぶその男は小汚いグラスに軽めのワインを注いだ。目を丸くするくらい真開いて本当に驚いてウィスレットを問うた。が、結果は「本当」の一点張り。
怪しいくせに、その男はそれを信じることにした。血のような赤いワインをひとくち、口に入れて。
♢♢♢
ベッドに入り、薄汚い掛け布団を頭から被り、幼い子供が拗ねるように小さな窓の方を向いた。
「ついこの間まであたしは、王族だったの…そう、光と闇双方の力を併せ持つ王女だった」
誰にも聞こえない声で、彼女はそうつぶやいた。泣き寝入りするように、か細い声で続けた。
窓の外は太陽が沈み込み、月が煌々と輝いていることだけがわかる。
「姉様…どこにいるの…」
その寂しげな一言だけを呟いて一粒の涙を流した。
そしてその言葉は姉が居ないことに対する寂しさのある言動から、憎悪を込めた煮えたぎる憤りに変わっていった。
「あいつさえいなければ。
……だから、あたしはお母様を殺すわ
愛しいあたしのお母様。もし本当に運命のまま進むのならば………お母様はきっとあの日にあそこに来るのだから。」
♢♢♢
そう、月の王女も刻の王子も殺されるはずだった。あの日の晩に。
それなのに
……………それなのに
「あなたは、誰ですか…?」
心臓と首をナイフで突き刺した。
なのに、あいつは生きていた。
月の女神の加護のせいで。
しかも、魔力を込めた矢を飛ばしてきた。
もちろん、そんなものなんて余裕で避けられる。
────バレちゃいけない
「あたし」と言うことも、ひゅるりと空を飛んで快活だったあの頃の、あいつの娘として生きていた私のことも。
「…まあ。なんてお綺麗な姿だことね。
純粋無垢で、汚いことなんかなんにも知りませんって顔。
いいわねぇ…汚してあげるわ。」
そんなこと言いたくなんてないのに───ナイフを飛ばす。彼女にさえ当たれば、あたしという存在は生まれることはないと、信じて。
でもそれは、月の王女の魔力が払いのけるように止めた。
長い長い沈黙が訪れた後、「…誘惑は好きなのよ」とだけ呟いて、姿を隠した。
魔力なんかじゃなくて、空の力で。
月の王女でも、分からないはずよ───その絶対的な自信がそうさせた。
「消えた?どうして…」
「王女様でも気付かないのね。」
後にまわり魔法を飛ばす。命を奪うために。
でもそれは、一人の王子に阻まれた。
「…くっ、ルナ大丈夫か?」
「アリア様…!」
月の王女───ルナは、刻の王子アリアによって守られていた。
─────ちっ。
「こっちも起きちゃったわね。
なら、二人とも一気に殺してあげるわ。
感謝なさい!」
死んでしまえ……!とばかりにナイフを構える。魔力を注ぎ込み、幾度とばかりに人を殺してきたそれを二人に向ける。
だが、それを二人に突き刺す事はなかった。
「ウィレ、もういいだろう
行くぞ」
「あ…」
男が窓際に座り、三人を眺めていた。
ルナとアリアには分からなかったが、家族を見るような優しい目で、でもウィスレットには厳しい表情でそれを上から見物していた。
「…うちのウィレがすまなかったな」
そう言うと、男はひょいとウィスレットを担ぎ上げて飛び去っていった。
覚えてなさい───そうウィスレットは最後に言い残して。
「何を考えているの……クラリス」
その男のその言葉に、ウィスレットは衝撃が走った。
「…どうして、その名を……」
「やっぱり、そうだったのね」
低かった声が、高い、凛々しい女の──聞き覚えのある声に変わる。
「姉様…!?」
驚く声を出すウィスレットに、その声の主は姿を変える。
美しく短い金糸のような髪、右が紫、左が青のオッドアイは、大好きな姉そのものだった。
「久しぶりね、クラリス」
「姉様……!」
むせび泣くウィスレットも姿を変える。
白銀と空色を混ぜた綺麗な髪に、右が青、左が紫の宝石のような瞳。その美貌は、アリアとルナに瓜二つ。
「姉様……今まで、何を……」
「あなたが、お母様やお父様を殺そうとしている脇で、ずっと二人を守ってきた。
殺し屋ウィスレットの噂を聞いて、あなたではないかと思っていたのよ」
厳しいく静かな声でクラリスを叱る。
その姉の声が、ウィスレット──もといクラリスを安心させた。
「……もう、運命をねじ伏せない
姉様とこの世界に来たときから、ずっと寂しかった……」
───それから、殺し屋ウィスレットは、忽然と姿を消した。その噂も見る間に広がっていった。
二年後、また彼女が姿を表すなんて、知らずに─────。




