第7話 重いな
荷物は三日後に届いた。
第四分署からの署内便で、木箱がひとつ。梱包の伝票に品名はなく、備品移管とだけ書いてある。正式な手続きを踏んだ形跡もなかった。
中身は防具だった。
肩と胸と背中の当て板が一式。ひと世代前の型で、表面には擦れた跡がいくつも残っている。使い込まれたものを、使える状態にして送ってきたのだと分かった。
レンは待機室のテーブルに箱を置いて、蓋を開けたまま横に立っていた。木の粉と、金属の匂いがした。装備というより、道具箱を開けたときの匂いに近い。
ガイは箱の前に立って、しばらく中を見ていた。それから当て板をひとつ取り上げて、裏返した。厚みのある手が、板の縁を端から端までなぞっていく。目で見ているというより、指で読んでいるように見えた。
「肩甲骨のとこ、削ってあるな」
「削る?」
「厚みを落としてある。腕を回しやすくなる」
着けさせると、留め具の位置が合っていた。肘の可動域も引っかからない。ベルトの穴の位置まで、直さずに使えた。
レンは自分が何もしていないことに気づいた。採寸も、申請も、調整も出していない。届いた箱を開けて、それを渡しただけだった。
支給品を着けていたときのガイは、上体を捻るたびに肩の当て板が浮いていた。レンはそれを、そういうものだと思っていた。
「どうです」
「重いな」
それだけだった。
ガイは一度肩を回して、当て板の位置を直して、また回した。表情は変わらない。喜んでいるようにも、迷惑がっているようにも見えなかった。
ガイは古いほうの防具を箱に入れて、テーブルの下に押し込んだ。捨てるつもりはないらしい。
「そっちは」
「予備だ。壊れたときに困る」
管制室に戻って、レンは装備目録を開いた。
旧型と支給品の緩衝性能の数値が並んでいる。等級で言えば一段だけ上、それも旧型の一段上でしかない。金額を調べたら、中古で出回っているものの相場は安かった。誰も欲しがらない装備だった。
数字を眺めているうちに、レンの手が止まった。
緩衝性能というのは、受けた衝撃をどれだけ体に通さないかの指標だ。高いほど、同じ一撃でも体の損傷が小さくなる。
普通のヒーローにとって、これは保険の性能だった。強い攻撃を受けても死なないための余裕。
ガイの場合は、違う。
レンは鉄の棒を受けた日の記録を呼び出した。肩口に入った一撃の、蓄積量と損傷の数値。
あの一撃で、ガイの蓄積は上限の六割まで届いていた。損傷は打撲。ぎりぎりの範囲だった。
もし損傷の許容がもっと広ければ、もっと大きい一撃を受けられる。受けられれば、蓄積は増える。
(防具が上がると、火力が上がるのか)
背中が椅子から離れていた。レンはもう一度、数値を並べ直した。
他のヒーローにとって、防具は生き延びるための装備だ。攻撃の性能とは関係がない。予算を割くなら武器のほうが先で、それは教本にもそう書いてある。
この男だけが逆だった。この男の攻撃力は、防具の等級で決まる。
つまり出力は、本人の資質の問題ではない。外から動かせる。
伸ばせる変数が、一つ増えた。
装備予算の欄を開いた。
Eランクのコンダクターに、装備予算は付いていなかった。支給等級は最低で固定されている。上の等級を使うには、ランクを上げるか、自費で買うか、どこかから回してもらうしかない。
中古の相場をもう一度見た。二段上の等級になると、桁がひとつ変わった。給料の額を思い出して、レンは画面を閉じた。
当直の時間まで、レンはガイの過去の被弾記録を等級別に並べ直していた。
支給等級のまま戦った案件と、一度だけ上位等級を借りて出た案件がある。五年前の一件だけだった。その日の蓄積量は、他のどの日よりも高かった。損傷は同程度だった。
偶然かもしれない。件数が足りないので、そうとしか言えない。それでも、レンはその一件に印を付けた。
端末に着信が入っていた。同期の宮田からだった。
配属先が決まった話だとかいう文面が長々と続いている。Bランクのヒーローに三人体制で付いていて、自分は情報整理の担当らしい。先輩コンダクターが二人いて、色々教えてもらえるとあった。
最後に、そっちはどう?とだけ書いてある。
レンはしばらく画面を見て、順調、と打って送った。
嘘ではない。順調に、何も動いていない。
礼の連絡をしていないことを思い出したのは、夜になってからだった。
第四分署の窓口宛てに、短い文面を作った。防具を受け取ったこと、装着に問題がないこと、費用の扱いを確認したいこと。事務的な形にするのに、三度書き直した。
返事は十分もしないうちに来た。
費用のことは何も書かれていなかった。代わりに一行だけあった。
――サイズ、合ってた?
レンは画面を見ていた。
黒崎ガイの体格データは、装備申請の履歴に入っている。ただしそれは分署ごとの管理で、他分署の人間が閲覧するには手続きが要る。レンは何も渡していない。窓口を通した申請の記録もない。
肩甲骨のところを削った当て板を、レンは思い出した。
あれは、送る前に削ったものではない。あの擦れ方は、長く使われたものの擦れ方だった。
誰かがずっと前に、あの人の背中に合わせて削っている。
(何年前だよ)
レンは返信欄に指を置いて、そのまま動かさなかった。
聞けば答えが返ってくるかもしれない。返ってこないかもしれない。どちらにしても、それはガイに聞くべきことだという気がした。
そしてガイは、覚えていない。
結局、レンは「合っていました」とだけ打って送った。
既読の表示がついて、それきり返事は来なかった。




