第4話 避けなかったもの
カメラは三日で届いた。
手のひらに収まる大きさで、留め具は洗濯挟みに毛が生えたようなものだった。説明書は一枚。電源とランプと録画ボタンしかない。管制システムには繋がらない。中の記録媒体を抜いて、あとから読むだけの機械だった。
私物届の様式には、目的を書く欄がある。レンは「戦術検証のため」と書いた。嘘ではないと自分に言い聞かせるだけの余地はあった。
レンはそれを待機室のテーブルに置いた。
ガイは違う上着を着ていた。背中の裂けたほうは修理に出したのだろう。こちらは前のより古くて、肘の内側に当て布の跡がある。テーブルには例の紙の資料が広げてあって、赤い鉛筆が転がっていた。
「これ、着けてもらえますか」
「何だ」
「カメラです。胸のところに」
ガイは箱を手に取って、しばらく眺めていた。それから顔を上げた。
「俺のミスを録るのか」
レンは答えられなかった。喉が詰まったわけではない。言い訳を組み立てる時間が欲しかっただけだった。
その数秒のあいだに、ガイは留め具を胸に留めていた。
「向きはこれでいいのか」
「……もう少し上です」
「こうか」
「はい」
文句のひとつも出なかった。レンは自分が用意していた説明を、全部使わずに終えた。
留め具を扱う指の動きが、妙に大ぶりだった。小さいものを摘まむのに、手のひら全体を使っている。レンはそれを見て、不器用な人なのだと思った。
その夜、案件が入った。
区分E。倉庫街で、酔った能力者が扉を壊して回っている。能力は握力の強化。逃走の意思もない。教本に載せるとしたら、練習問題のほうに載る類だった。
カメラの映像は、河口の風が入って寒そうだった。街灯の間隔が広く、倉庫の壁の影が長い。
レンは経路を指示した。ガイは今度は素直に従った。
接触してから制圧まで、二分もかからなかった。男が四回殴りかかって、ガイが取り押さえた。以上だった。
レンは記録を閉じて、帰投を指示した。何も起きなかった日の報告書は短い。
管制室に戻ってから、レンはカメラの記録媒体を端末に差した。
証拠にするつもりだった。今日は使えないが、そのうち使える日が来る。そのために録っている。
再生した。
揺れる映像だった。倉庫の照明が斜めに入って、男の顔が白く飛んでいる。
一発目。ガイは半歩下がって外した。
二発目。上体を捻って外した。
三発目。腕でいなした。
四発目。
受けた。
レンは再生を止めた。
巻き戻して、もう一度見た。
四発目だけ、真正面から受けている。避ける動作に入ってすらいない。
(なんで)
三発目までは避けられたのだ。四発目だけ避けられない理由がない。男の動きは単調で、疲労で速度も落ちていた。
レンは倉庫のカメラ映像を並べた。角度を変えて、同じ場面を見る。
四発目は、一番大きく振りかぶった一発だった。
背筋のあたりが冷たくなった。レンは椅子に座り直した。
登録情報を開いた。黒崎ガイ。能力の欄には短い一行が書いてある。
受けた衝撃を体内に蓄積し、一定時間、身体能力へ変換する。
読んだことはあった。配属の日に一度だけ、経歴と一緒に流し読んだ。文字としては知っていた。意味を考えたことはなかった。
(選んでたのか)
避けられないのではない。避けないものを選んでいる。
小さい攻撃は外す。大きい一発だけ受ける。同じ被弾なら、蓄積量の多いほうを取る。
だから動きが遅く見える。前半は溜めていないから、本当に遅い。
レンは過去の記録を遡った。
権限で見られるのは五年分だった。担当ヒーローの戦闘ログは全部読める。誰も読まないだけだった。
当直の夜は暇だった。通報が入らなければ、朝まで何もすることがない。
レンは映像を流しながら、被弾した瞬間だけを抽出していった。その直前に何発避けているかを数える。表にする。並べる。頭を使わなくていい作業だったので、眠気を潰すのにはちょうどよかった。
途中で瞼が重くなって、目の奥が乾いた。自販機の水を買いに行って、戻ってきてまた座った。寝るより、画面を見ているほうが楽だった。
傾向は出た。ガイの被弾はほとんどが「その戦闘で最大の一撃」だった。
例外が多いことにも気づいた。三割近くが、最大でも何でもない中途半端な攻撃で受けている。無駄撃ちに見えた。
レンはその例外だけを抜き出した。
条件を変えて並べ直す。時刻。場所。相手の能力。天候。
合わないものばかりだった。並べ替えを何度目かに諦めかけたころ、最後に試した項目で揃った。
現場に、市民が残っていた案件だった。
例外のほぼ全部が、そうだった。
市民がいる場合、ガイは早い段階で被弾している。最大の一撃を待たない。効率の悪い、少ない蓄積で我慢している。
レンは椅子の背に体を預けた。
(そういうことか)
この男は、市民が視界に入ると判断が変わる。溜めるべき場面で溜めない。落ち着いていられなくなる。
だから撃破が遅れる。遅れるから被害が増えて、被害が増えるから評価が下がる。五年分の数字が、全部その順番で並んでいた。
弱いのではなかった。下手なのだ。
あれだけの能力を持っていて、使い方が噛み合っていない。溜める場所も、溜める量も、その場の気分で決めている。二十年やって誰にも直されなかったのだから、直す人間がいなかったということだった。
レンは指を組んで、天井を見た。
本人に決めさせるからブレる。だったら、決めるのを取り上げればいい。いつ受けるか、どこで受けるかを外から指定する。市民が視界に入らない状況を作れば、余計な判断も起きない。
全部、こちらで管理できる。
(俺が使えば、勝てる)
考えたのは、そこまでだった。
窓のない部屋なので、朝が来たことは時刻表示でしか分からない。レンは端末を閉じた。庇うだの守るだのという話には、興味がなかった。数字が上がれば、それでいい。
待機室に行くと、ガイはもう来ていた。紙の資料を広げて、赤い鉛筆で何か書き込んでいる。
顔を上げた。
「早いな」
「……アンタもでしょう」
レンはテーブルの前に立ったまま言った。
「今日、一回だけ、俺の言うとおりに動いてください」
一回でいい。一回で結果が出れば、次から通る。通れば、あとは楽になる。
「いいぞ」
返事が早すぎた。
考える間がなかった。条件も、理由も聞かれなかった。
この男はたぶん、ずっと前から、誰かがそう言うのを待っていた。八年か、それ以上か。
レンはそこまで考えて、考えたことを打ち消した。
鉛筆の音がしていた。




