第34話 見える値段
防具の補修見積もりは、強盗案件の報酬より先に届いた。
レンは第九分署の管制卓で明細を開いた。
右肩部の外装交換、固定ベルト交換、内部材の補修。三つの項目が並んでいる。
その下には、今回の支給範囲で対応可能と表示されていた。
ただし、交換されるのは同じ型の部品だった。
レンは隣の席を見る。
ガイは外した防具を机へ置き、肩の内側を指で押していた。表面には何度も補修した跡が残り、縫い目の近くも少し擦れている。
「ガイさん」
「何だ」
「新しいのに変えた方が早くないですか」
「使える」
レンは見積もりへ戻った。
使えるかどうかなら、確かに使える。
肩を七針縫ったあとも任務には出られた。強盗相手にも右肩を使わず動けた。
だからといって、今の防具でいい理由にはならない。
交換申請の画面を開く。
選択できる防具は一種類しかなかった。
現在使用中。
レンはもう一度押した。
表示は変わらない。
「これ、選択じゃないでしょ」
ガイは紙の地図を広げながら言った。
「何がだ」
「一個しかない」
「なら迷わなくていいな」
レンはガイを見た。
本人はもう防具の話を終えたつもりらしい。
申請画面の下に、上位ランク用装備を表示する項目がある。押すと注意文が出た。
現在の指揮者ランクでは申請不可。
レンは閉じた。
次に開いたのは、強盗案件の処理記録だった。
赤い帽子の男が停止させた監視カメラの映像は、途中で途切れている。
現場でレンが見られなかった時間は二分弱あった。
任務後に回収したボディカメラには、その全部が残っていた。
白い軽自動車の前で仲間と揉める男。
金属棒を振る黒い上着。
自分で止めた電動自転車。
拘束ネットの巻き取り機構へ伸びた右手。
終わってからなら、何度でも確認できる。
レンはボディカメラを机へ置いた。
購入した頃より傷が増えている。角は削れ、固定具も一度交換していた。
それでも録画自体に問題はない。
問題は、任務中には見られないことだった。
レンは民生装備の申請ページを開いた。
ボディカメラ。
検索条件へリアルタイム送信を追加する。
表示された機種の数が一気に減った。
「高っ」
最安モデルでも、今使っているものとは値段の桁が違った。
映像送信、位置情報との同期、通信断時の本体録画。必要そうな機能を追加するたび、表示金額が上がっていく。
ガイが紙から顔を上げた。
「何を見てる」
「カメラです」
「あるだろ」
レンは机の上の古いボディカメラを見る。
「録るだけなんですよ、これ」
「録れてるならいいだろ」
「任務中に見えないです」
ガイは少し考えた。
「今まで見てないだろ」
「だから見たいんです」
話が噛み合わなかった。
レンは商品ページへ視線を戻した。
私費装備の届出欄はある。
つまり買うこと自体はできる。
口座残高も確認した。
閉じた。
もう一度開いた。
数字は増えていなかった。
「無理だな」
ガイは聞かなかった。
午後、補給所から防具が戻ってきた。
新しくなったのは右肩周りの一部だけだった。
色の違う補修材が古い外装へ重なっている。
ガイが腕を通す。
右肩を前へ出し、戻す。
「どうです?」
「軽い」
「前と同じ型ですけど」
「前よりはな」
レンは横から肩を見る。
動かしたときの引っかかりは減っていた。
ただし、サイズが合っているようには見えない。
右肩の外側にはまだ余りがあり、腕を上げると首側へ少し寄る。
レンは補修明細を開いた。
支給範囲。
追加負担なし。
新しい防具の見積もりを開く。
申請不可。
次にライブ対応ボディカメラを見る。
私費購入可。
値段だけが表示されている。
どれも、今すぐ手を出せる数字ではなかった。
レンは三つの画面を並べたあと、一つずつ閉じた。
夕方になって、強盗案件の報酬処理が更新された。
確定したのはグリットによる一名確保と、能力者確保への関与だった。
残り二人は警察の実績になっている。
レンは加算欄を確認した。
思っていたより少なかった。
「三人捕まえたのに」
ガイが紙の地図を畳む。
「俺が捕まえたのは二人だ」
「赤帽も最後押さえてたでしょ」
「警察が縛った」
書類上はそうなっていた。
レンは案件票を下まで送る。
負傷者一人。
盗品全回収。
能力者確保。
どれも記録されている。
それでも報酬欄の数字は、三人分にはならなかった。
レンはライブ対応カメラの商品ページをもう一度開いた。
今回の加算を足しても、まだ遠い。
その横へ、防具の見積もりも出す。
ガイが見る。
「いらんぞ」
「何がです?」
「防具」
レンは画面を閉じなかった。
「ガイさんが決めることじゃないです」
「俺が着る」
「俺が指示出すんで」
ガイは数秒レンを見たあと、先に視線を外した。
それ以上は言わなかった。
退勤前、本部から新しい通知が届いた。
レンは報酬画面を閉じて開く。
追加課程ではなかった。
合同訓練。
仮想戦闘施設使用。
参加対象には、指揮者と担当ヒーローの両方が指定されている。
レンは一番下まで読んだ。
訓練形式――対人模擬戦。
ガイが後ろから画面を覗いた。
「何だ」
レンは通知を閉じなかった。
「今度はガイさんも研修です」
「そうか」
「相手、ヒーローですよ」
ガイは防具の右肩を一度押した。
「そうか」
反応はそれだけだった。




