第33話 まだ名前はない
最初の通報では、犯人は四人だった。
二件目では三人になり、三件目では「五人くらい」に増えた。
レンは案件票を見ながら眉を寄せた。
場所は駅前から二本外れた商店街。中古端末を扱う店に複数人が押し入り、店員一人を負傷させて逃走している。
能力使用の可能性あり。
被疑者は三人以上。
武器を所持している者がいる。
「人数からもう分かんないんですけど」
向かいで出動用の上着を着ていたガイが返す。
「行けば分かる」
「俺は行かないんですよ」
ガイは答えず、右肩を確かめるように一度だけ腕を回した。
七針縫った傷は、少しずつ動きを取り戻している。それでもレンは案件受諾の前に生体記録を確認した。
大きな異常はない。
現場周辺には固定監視カメラが六台ある。ただし、そのうち二台はすでに映像を失っていた。
店内のカメラも三台すべて停止している。
レンは記録時刻を並べた。
入口側が最初。
約二秒後にレジ前。
さらに少し遅れて店の奥。
同時故障ではなかった。
「ガイさん、出られます?」
「出動なんだろ」
「肩のことです」
「動く」
いつもの答えだった。
レンは案件を受けた。
端末上で出動表示が点灯する。
「グリット。今日は右肩で受けないでください」
『分かった』
グリットが商店街へ到着したことは、入口の監視カメラで確認できた。
規制線の手前に、腕へ応急処置を受けている若い男がいる。被害店舗の制服を着ていた。
レンは無線を開く。
「グリット、その店員から人数聞いてください」
『分かった』
固定カメラには二人が小さく映っているだけで、声までは拾えない。
少し待ってから、ガイの声が返ってきた。
『三人だ』
「四人見たって証言があります」
『追いかけた店員を入れて四人に見えたんじゃないかって言ってる』
レンは目撃証言を一つ修正した。
三人。
ただし確定にはしない。
「服装は?」
『黒い上着が二人。赤い帽子が一人』
「能力使ったのは?」
今度は少し時間がかかった。
『赤い帽子。シャッターに触ったら動かなくなったらしい』
レンは止まっている店内カメラを見る。
「カメラもそいつ?」
『たぶん、と言ってる』
「手は?」
無線の向こうで、ガイが聞き直している。
『右手。たぶん』
たぶんが二つ。
レンは右手接触の可能性とだけ入力した。
警察から追跡情報が届いた。
黒い上着の男一人を南側で確認。
もう一人は東へ。
赤い帽子は所在不明。
三人とも別方向へ逃げた可能性がある。
レンは地図を開いた。
全部を追う必要はない。
昨日までの研修で、それだけは何度も言われた。
「黒上着は警察に任せます。グリットは能力使った赤帽優先。東へ」
『分かった』
位置情報が動き始める。
映像はない。
グリットが一本目の路地へ入った時点で、固定カメラの範囲から外れた。
レンが見られるのは地図上の位置だけになった。
「何か見えます?」
『まだいない』
足音と、遠くの警笛だけが無線へ入る。
数秒後。
『二人いる』
レンは画面へ身体を寄せた。
「服装」
『赤い帽子と黒い上着。白い軽の横』
「武器は?」
『今は見えない』
その直後、無線越しに別の声が聞こえた。
『だから車に触んなって言っただろ!』
若い男の声だった。
すぐにもう一人が怒鳴り返す。
『俺だって逃げようと思ったんだよ!』
『止めてどうすんだよ!』
『知らねえよ! 勝手に止まったんだよ!』
レンは指を止めた。
車。
触った。
止まった。
店のシャッターと条件が似ている。
「グリット。赤帽は機械に触ると止める可能性あり。本人には触らせないでください」
『分かった』
黒い上着の男が叫ぶ。
『ヒーロー来たぞ!』
『お前がモタモタしてっからだろ!』
次にガイの声が入った。
『黒い方、棒を出した』
「そっちは普通に止めてください。右肩は禁止」
『分かった』
映像がないぶん、レンには待つしかなかった。
金属が何かへ当たる音。
靴底が擦れる。
男の荒い息。
『当たれよ、このジジイ!』
レンの眉が動いた。
すぐに鈍い音がして、別の声が上がる。
『いってえ!』
ガイは何も返さない。
数秒後。
『一人押さえた』
「警察に位置送ります。赤帽は?」
『逃げた』
位置情報が再び動く。
次に赤い帽子を捉えたのは、二本先の交差点にある監視カメラだった。
男が道路脇の電動自転車へ駆け寄る。
少し離れた場所から、買い物袋を持った中年の男が追いかけてきた。
赤い帽子が操作部へ手を置く。
表示が消えた。
何度ボタンを押しても反応しない。
持ち主が何か叫んでいる。
音声はない。
数秒後、グリットも画面に入った。
『自分で止めてる』
ガイの声がした。
レンも見ていた。
赤い帽子が自転車を蹴る。
「逃走手段まで止めるって、何やってんだ」
『知らん』
レンは装備欄を確認した。
今日は拘束ネットを積んでいる。
射出は一系統だけ。
負傷した店員はすでに救急へ引き渡されたため、救急パックを温存する理由は薄い。
「グリット、少し離れて」
『分かった』
射出角度を合わせる。
固定カメラの画角内。
一般人は警察が下げ始めている。
レンは拘束ネットを射出した。
網が広がり、赤い帽子の肩から腰へかかる。
男が転びかけながら、中央の巻き取り機構へ右手を伸ばした。
その瞬間。
監視映像が消えた。
レンの画面が黒くなる。
「カメラ止まりました」
『こっちもネットが締まらなくなった』
レンは映像の消えた時刻を記録した。
「ネット自体は?」
『かかってる』
機械部分だけが止まった。
布そのものは残っている。
「グリット、本人には触らないで。ネットの端、踏めます?」
『できる』
男の声が無線へ入る。
『おい! ずるいぞ! 機械止まってんだろ!』
ガイが何か動かしたらしく、布が擦れる音がした。
『離せって!』
「反対側も押さえてください」
『分かった』
『こんなの能力関係ねえじゃねえか!』
レンは少しだけ口元を歪めた。
それはそうだった。
機械を止めても、布がなくなるわけではない。
警察へ進入要請を送る。
赤い帽子はまだ喚いている。
『壊してねえからな! 俺、何も壊してねえぞ!』
警察官の声が入った。
『強盗してるだろ』
『端末持っただけだ!』
『それを強盗って言うんだ』
『まだ売ってねえ!』
『関係ない』
そのやり取りを最後に、赤い帽子の声が遠ざかった。
三人目の男もほどなく捕まった。
折り畳み式のナイフを持っていたものの、使用はしていない。
盗まれた端末は全て回収された。
店員の腕の怪我は、三人を追いかけた途中で転び、割れた陳列棚にぶつかったものだった。
能力による負傷者はいない。
停止していた機器も時間経過で順番に復旧した。
車は約九分。
電動自転車は七分ほど。
シャッターと店内カメラは、それより長い。
対象によって持続時間が違う。
理由までは分からなかった。
第九分署へ戻ると、レンは最初にグリットのボディカメラを外した。
任務中には見られない。
だからこそ、終わってから見る。
録画を再生すると、監視カメラの死角だった場面が映った。
白い軽自動車。
赤い帽子の右手がボンネットへ触れる。
運転席の男が何度キーを回しても、反応しない。
次に電動自転車。
右手。
表示が消える。
拘束ネットでは、巻き取り機構へ右手を当てた直後に動作が止まっていた。
店員の証言も右手だった。
「四回か」
レンは映像を戻した。
それでも報告書には断定を書かなかった。
右手接触による機能停止の可能性。
確認できたのはそこまでだった。
ガイは隣で、古い防具の留め具を指で押していた。
肩の周辺だけ、擦れた跡が増えている。
レンは録画を止め、防具を見る。
「それ、また広がってません?」
「使えば擦れる」
「そろそろ限界じゃないですか」
「まだ使える」
レンは何も言わず、端末へ戻った。
案件処理の通知が届いている。
今回の強盗案件はD級扱い。
支援ではなく、グリット側にも正式な確保実績が付いていた。
報酬欄を一度開き、レンは金額を確認した。
すぐ別の画面を出す。
保存していた防具補修の見積もりだった。
今回の分だけでは足りない。
前の案件分を合わせれば、少し近づく。
「……まだ高いな」
ガイが聞く。
「何がだ」
「別に」
レンは見積もりを閉じた。
逮捕者情報も更新された。
三人とも本名がある。
住所も年齢も表示されている。
赤い帽子の男だけ、その下に追加項目が付いていた。
能力暫定分類――機能停止系。
危険度――D。
個体識別審査――申請中。
レンはそこを開いた。
「Dでも審査するんだ」
ガイは防具を机へ置いた。
「何を」
「識別呼称。能力が珍しいからじゃないですか」
男の本名は、もう表示されている。
人間として呼ばれる名前は最初からあった。
その下にある、ヴィランとしての識別呼称だけが空欄になっている。
レンは少し見てから画面を閉じた。
まだ、そっちの名前はなかった。




