第29話 同じ現場
ヴィランの右腕が細くなっている。
レンは記録した時刻と現場映像を見比べた。
さっきブレイクハンマーの拳を受けた直後は、上腕から手首までが目に見えて膨らんでいた。そこから誰とも接触しない時間が続き、今は上着の裂け目に少し余裕が戻っている。
「桐生さん、対象を十秒だけ動かさないでください」
『理由は?』
レイヴンの位置を確認しながら、桐生が聞き返した。
「右腕を見たいです」
レンは画面から目を離さなかった。
桐生からレイヴンへ指示が飛び、屋根の上から進路を塞ぐ。ブレイクハンマーは距離を維持し、ラインバインドもワイヤーを緩めた。
ヴィランは四人を見回したものの、自分からは踏み込まなかった。
五秒。
レンは右腕の輪郭を見る。
七秒。
さらに細くなる。
十秒が経つころには、最初に確認した大きさに近づいていた。
「やっぱり減ってる」
レンが呟くと、隣の席で瀬川がこちらを見た。
「何が?」
「右腕です。何もしてない間だけ戻ってます」
レンは記録した画像を並べた。
交戦開始時、ブレイクハンマーから攻撃を受けた直後、そのあとラインバインドへ腕を振った場面、そして現在。
右腕の太さが同じではない。
藤崎も自分の画面へ映像を呼び出した。
「能力で膨らませてる?」
「だったら、好きなときに維持すると思います」
レンは答えながら、ガイの位置を確認した。
グリットはヴィランから九メートルほど離れている。右腕は下げたままで、肩を大きく動かしてはいない。
傷の状態に変化は見えなかった。
レンはもう一度ヴィランへ目を戻す。
何かを受けたあとに増える。
時間が経つと減る。
その動きには覚えがあった。
ガイが攻撃を受けたあとの記録。
蓄積量が増え、それを使わなければ少しずつ落ちていく。仕組みまで同じとは限らないが、画面に出ている変化だけなら似ていた。
「グリット、まだ触らないで」
『分かった』
即答だった。
レンはヴィランの右手を見る。
「瀬川さん。一発だけ、ブレイクハンマーに右腕を殴らせてもらえます?」
瀬川が眉を寄せた。
「一発だけって、簡単に言うな」
「そのあと離してください。追撃はいらないです」
レンが指示の理由を説明すると、瀬川は《ブレイクハンマー》の位置を確認した。
桐生も止めなかった。
『ブレイクハンマー、右腕だけ狙え。踏み込んだらすぐ離れろ』
『了解』
ブレイクハンマーが動く。
昨日まで外へ開いていた左足が、今日は正面に近い位置へ入った。腰が逃げず、拳がヴィランの右前腕を捉える。
鈍い衝撃音が響いた。
ヴィランが一歩下がる。
右腕が膨らんだ。
レンは時刻を記録した。
「離れて」
瀬川の指示とほぼ同時に、ブレイクハンマーが下がった。
ヴィランは追わなかった。
膨らんだ右腕を一度見てから、近くにあった道路標識の支柱へ拳を叩きつける。
金属が大きく曲がった。
同時に、腕が少し細くなる。
レンは椅子の背から身体を離した。
入った。
出た。
それだけならガイと似ている。
ただし、ガイは受けた衝撃を全身で蓄える。このヴィランは今のところ右腕しか変化していない。
「右腕だけで溜めてる」
『天城、確定か?』
桐生の声が入る。
「まだです。たぶん右腕で受けた衝撃を残してます。殴ったら減りました」
レンは断定を避けた。
映像で確認できたのはそこまでだった。
ヴィランが再び道路標識へ腕を振る。
二撃目は一撃目ほど曲がらない。
右腕もさらに細くなった。
藤崎が言った。
『なら、使わせれば空になる?』
レンはすぐには答えなかった。
空になるまでの量が分からない。限界も分からない。
ガイだって蓄積量がゼロになるまで殴らせればいい、という話ではない。
「使わせるなら、人がいない方向です」
その言葉とほぼ同時に、桐生が別の画面を開いた。
『作業員、まだ一人残ってる』
配送車の陰にいた男だった。
レイヴンが近づいているが、ヴィランとの直線上から完全には外れていない。
レンは作業員を見たあと、グリットへ目を戻した。
ガイも同じ方向を見ていた。
ヴィランがレイヴンの動きに気づいた。
右腕が上がる。
まだ完全には細くなっていない。
『レイヴン、そのまま救助優先。ブレイクハンマー、正面を取れ』
桐生の指示に二人が動く。
瀬川はブレイクハンマーの足元を見ている。藤崎はラインバインドの残弾数を確認し、射出できる位置を探していた。
レンはガイを見た。
四人とも同じ現場を見ている。
それでも、見ている場所が違う。
ヴィランがレイヴンへ一歩踏み出した。
ブレイクハンマーが進路を塞ぐが、右腕を受ければ相手へ新しく衝撃を渡す可能性がある。
「殴らないでください」
瀬川がすぐに反応した。
『ブレイクハンマー、牽制だけ。攻撃するな』
拳を構えたまま、ブレイクハンマーが横へ動く。
ヴィランの視線がそちらへ向いた。
その隙にレイヴンが配送車まで届く。
作業員の腕を取って走り出した。
ヴィランが追おうとする。
『ラインバインド、足』
藤崎の声が飛んだ。
ワイヤーがヴィランの左足へ絡む。
今度はラインバインドの視線が右腰へ落ちなかった。
身体が引かれ、ヴィランの踏み込みが止まる。
それでも右腕は自由だった。
ワイヤーを掴もうと手が伸びる。
レンはガイの足を見る。
距離は六メートルほど。
肩は使わなくていい。
「グリット、左から入って。腕には触らない」
『分かった』
ガイが走る。
ヴィランの右手がワイヤーへ届く直前、左側から身体を入れた。
右腕を受ける位置には立たない。
肩をぶつけることもしない。
ただ進路へ入った。
ヴィランがガイへ向き直る。
作業員から視線が外れた。
『救助完了』
レイヴンの報告が入る。
桐生が地図上の救助対象表示を消した。
これで周囲に残っている民間人はいない。
レンは右腕を見る。
まだ蓄積が残っている。
「グリット、避けてください。右を使わせる」
『分かった』
ヴィランが殴る。
ガイは避ける。
拳が倉庫の外壁へ当たり、薄い金属板が大きくへこんだ。
右腕が細くなる。
二発目。
ガイは半歩だけ位置を変えた。
拳が地面を叩く。
今度は腕の変化が小さい。
レンは画面へ顔を寄せた。
もう一発。
それで最初とほぼ同じ太さまで戻る。
「今」
短く言った。
グリットが踏み込んだ。
右肩は使わない。
ヴィランの左側へ回り込み、身体を崩す。
ブレイクハンマーが正面から距離を詰めるが、瀬川は攻撃させなかった。
ラインバインドのワイヤーが両脚へ追加される。
体勢を立て直す場所がなくなったヴィランが膝をついた。
ガイはその背後へ回り、左腕で上体を固定した。
『確保できる』
ガイの声が入る。
桐生が警察部隊へ進入許可を出した。
案件終了の表示が出るまで、レンはガイの右肩を見ていた。
新しい出血はない。
動きにも、出動時から大きな変化はなかった。
警察へ引き渡しが終わり、四人のヒーローが現場から離れたところで合同管制は解除された。
本部へ戻ったあと、簡単な評価が行われた。
研修担当者は四人分の記録を一つの画面に並べた。
桐生は現場全体と避難経路の更新が最も早い。
瀬川は攻撃可能な距離とブレイクハンマーの動きをほとんど外していない。
藤崎は拘束状況と残弾、救助対象との位置関係を追っていた。
レンの記録だけ、項目の並び方が違った。
グリットの歩幅。
右肩の使用回数。
ヴィランの右腕が変化した時刻。
ラインバインドの視線。
担当者が画面を見た。
「天城さん」
「はい」
「あなた、他の三人が見ていた全体情報はかなり落としています」
レンは自分の記録を見る。
言われるまでもない。
途中でレイヴンを見失った時間もある。警察部隊の進入位置は桐生からの共有を受けただけだった。
「でも、個人の動作だけは全員分拾ってるんですね」
研修担当者が評価欄へ入力した。
個人観察。
その横に表示された判定は、昨日と同じだった。
突出。
桐生が椅子へ背を預けた。
「グリットが間に合う距離も、能力の使い方も最初から分かってたな」
レンは首を振った。
「能力は途中です。右腕のやつは今日初めて見たんで」
「そっちじゃない」
桐生がグリットの記録を指した。
「自分の担当の方」
レンは黙った。
グリットがどこまで届くか。
どの角度なら肩を使わないか。
今の身体で何を受けさせてはいけないか。
それは考えてから答えている感じがしなかった。
昨日、他の三人のヒーローを分析したときは何度も映像を戻した。
グリットについては戻す必要がない。
「俺のほうが」
言いかけて、レンは画面を見た。
グリットの名前がある。
「グリットのことは、分かります」
桐生は何も返さなかった。
研修担当者だけが、レンの評価欄へもう一つ記録を追加した。




