第27話 他人のヒーロー
追加課程の通知には、レンを含め四人の指揮者の名前が並んでいた。
Cランク、桐生直哉。担当ヒーローは《レイヴン》。
Dランク、瀬川拓海。担当は《ブレイクハンマー》。
Dランク、藤崎真琴。担当は《ラインバインド》。
そして最後に、Eランクの天城レン。担当は《グリット》。
昨日の総合順位まで併記されているわけではない。それでも、三人のランクの下に自分のEが並んでいるだけで十分だった。
「嫌がらせか」
朝の第九分署で通知を眺めていたレンが呟くと、向かいの席でガイが紙の地図から顔を上げた。右肩の動きは昨日よりいくらか滑らかになっているが、七針縫った傷が一晩で消えるはずもない。
「何がだ」
「俺だけEなんですよ。しかも昨日、総合最下位だったし」
「そうか」
「もう少し何かないんですか」
ガイは少し考えたあと、地図へ視線を戻した。
「研修だろ」
「その言葉、何でも許されるな」
レンは通知の続きを開いた。
今日の課題は、他分署所属ヒーロー三人の戦闘記録分析。各自で映像を確認したあと、担当指揮者を交えて合同検討を行う。
対象映像は一本につき十分前後。提出期限は午後の検討開始までだった。
レンは最初の映像を開く前に、ガイの方を見た。
「ガイさんも見ます?」
ガイが顔を上げる。
呼び方が変わったことに反応はなかった。
「俺が?」
「いや、やっぱいいです。他人の担当を二人で見ても仕方ないし」
レンは自分で言ってから、画面へ向き直った。
以前なら、映像を見ることそのものを面倒だと思っていたかもしれない。昨日の個人分析で一位を取ったからといって、急に好きになったわけでもない。
ただ、画面の中で一人だけを追えばいい課題は、六人分の警告が同時に鳴る模擬指揮よりはずっと楽だった。
最初の対象は、《ブレイクハンマー》。
Dランクヒーロー。近接戦闘を中心に、身体能力を生かした打撃で制圧するタイプだった。
映像開始から四十秒ほどでヴィランとの距離を詰め、右拳を振るう。
拳は速く、威力も十分だったが、相手はわずかに身体を引いて避けた。
レンは映像を戻した。
一度目は拳だけを見た。
二度目は、踏み込む足へ視線を移す。
そこで違和感があった。
ブレイクハンマーは拳を振る直前、左足のつま先をわずかに外へ向けている。その位置から力を前へ乗せようとするため、腰も外側へ開いていた。
ほんの少しのズレだった。
相手が遅ければ、そのまま押し切れる程度の差だろう。しかし、速度のあるヴィランを相手にすると、その数センチが拳を外す原因になる。
レンは別の場面を確認した。
同じ動きが三度ある。
三度とも、相手にかわされていた。
報告欄へ、踏み込み直前の左足の向きと腰の開きを入力する。
念のため他の戦闘記録も見たが、癖は同じだった。
「分かりやすいな」
レンは小さく呟いた。
ガイのように、受けるか避けるかを状況によって変えるわけでもない。映像の中で同じことを繰り返してくれるなら、見つけるのは難しくなかった。
二人目は《ラインバインド》。
こちらもDランク。ワイヤー状の装備を使い、中距離から相手の動きを制限する拘束型だった。
一つ目の映像だけなら、問題らしい問題は見えなかった。
無理に接近せず、味方ヒーローが動きやすい位置へヴィランを追い込む。ワイヤーの射出精度も安定している。
レンは二度目の再生で、ラインバインド本人よりも視線を見ることにした。
回避する。
構える。
撃つ。
また回避する。
その途中で、わずかに右へ視線が落ちる。
最初は周囲を確認しているのだと思った。
しかし、攻撃が左から来ても正面から来ても、回避直前に一度だけ右を見る。
レンは装備情報を開いた。
右腰にワイヤー射出器があり、そのすぐ上に残弾表示が付いている。
もう一度映像へ戻る。
視線が落ちる先は、そこだった。
「残弾か」
レンは複数の映像を続けて確認した。
接敵前に見ることもあるが、それだけではない。相手との距離が縮まってからも、残弾確認のために一瞬だけ右腰へ目を向けている。
その一瞬と回避開始が重なった場面では、動き出しが遅れていた。
報告欄には、残弾確認が視覚依存になっている可能性と、接敵中の確認動作が回避開始を遅らせていることを記した。
レンは入力した文章を読み返した。
数値として大きな遅れではない。
ただ、ヴィランの前では、そのわずかな時間が事故になる。
昨日の模擬指揮で、別の情報を見ているうちに民間人へ負傷判定が出たことを思い出した。
見る場所を一つ間違える。
それだけで、動き出す時間は変わる。
三人目は《レイヴン》。
Cランクヒーロー。
最初の二人と比べても、映像から受ける印象が違った。
無駄な動きが少ない。
接敵距離を保ち、ヴィランの攻撃を避け、必要な瞬間だけ前へ入る。救助対象がいれば戦闘より先に進路を確保し、再び相手へ戻る。
二度見ても、目立った問題は見つからなかった。
レンは三度目から、レイヴン本人だけを見るのをやめた。
周囲の建物、ヴィラン、救助対象。その隣に表示されている指示ログも同時に確認する。
『正面、二メートル』
指示が入る。
レイヴンが避ける。
『右へ』
ほとんど間を置かず、身体が右へ流れる。
『距離を取れ』
下がる。
速い。
それだけなら、指示への反応精度が高い優秀なヒーローというだけだった。
レンは再生位置を進める。
救助対象へ向かう場面で、担当指揮者からの通信が一度途切れていた。
レイヴンが走る。
指示が来ない。
一秒、二秒と経過するうちに、動きがわずかに鈍った。
立ち止まったわけではない。
ただ、自分で進路を決めるまでに一度周囲を確認している。
五秒目。
『左の路地』
指示が来た瞬間、レイヴンは迷いなく左へ入った。
レンはそこだけを何度か見直した。
指示があるときは速い。
指示が途切れたときだけ、自律判断を始めるまでに空白ができる。
欠点と呼ぶべきかは分からなかった。
担当指揮者が細かく指示を出し、それをレイヴンが即座に実行する。その組み合わせだからこそ、Cランクまで上がっている可能性もある。
レンは報告欄へ書いた。
担当指揮者からの指示に対する反応精度が極めて高い。一方、指示間隔が長くなった場面では、自律判断開始までに短い空白が発生する。
最後に少し考えて、一文だけ加えた。
担当指揮者との連携完成度そのものが、戦闘特性になっている可能性あり。
入力を終えると、レンは椅子の背へ身体を預けた。
昨日の個人分析より時間がかかった。
それでも制限時間には十分余裕がある。
午後、本部研修棟の小会議室には四人の指揮者が集められた。
奥の席にいるのが桐生直哉。その胸元にはCランクの表示がある。
隣がDランクの瀬川拓海と藤崎真琴。
三人ともレンより年上だった。
「天城レン?」
桐生が声をかけてきた。
「はい」
「昨日の個人分析一位って聞いた」
「総合は最下位です」
桐生の隣で瀬川が少し笑った。
「そっちは聞いてる」
「何でそっちまで共有されてるんですか」
レンが一番端の席へ座ると、研修担当者が大型端末を起動した。
廊下側の壁には小さなニュース画面が流れていた。音は切られているが、所在確認の取れていない元ヒーローについて、前日と似たような字幕が一度だけ表示されている。
レンは見なかった。
「それでは合同検討を始めます」
研修担当者の声で、四人の視線が大型端末へ集まった。
最初は《ブレイクハンマー》。
担当である瀬川が、通常の評価項目を説明する。
火力、接敵速度、制圧能力。どれも数値は高い。
レンは黙って聞いていた。
説明が終わっても、左足の話は出なかった。
研修担当者がレンを見る。
「天城さん。あなたの分析を」
レンは映像を出した。
踏み込み。
左足。
腰の開き。
拳の軌道。
自分が見た順番で説明する。
途中から瀬川が身を乗り出し、映像を巻き戻した。
「……本当だ」
瀬川は別の戦闘も確認した。
同じ動きが出る。
「本人、これ気づいてないと思う」
「瀬川さんも?」
「今、初めて見た」
レンはそれ以上何も言わなかった。
担当していても、全部を見るわけではないらしい。
次の《ラインバインド》では、藤崎が説明した。
捕縛率、射出精度、支援適性。
レンの番になると、右腰へ落ちる視線を映像で示す。
「残弾表示を見てます。接敵中も同じです」
藤崎が映像を止めた。
回避直前に視線が落ちる。
別の場面でも同じだった。
「……これで遅れてるのか」
「たぶん。少なくとも重なった場面は全部そうです」
藤崎は端末へ何かを書き込んだ。
その動きを見ながら、レンは昨日自分が書いた分析を思い出した。
見つけたからといって、本人がすぐ直せるとは限らない。
それでも、知らないよりはいいのかもしれない。
最後は《レイヴン》。
桐生の説明は短かった。
反応速度、指示遂行率、戦闘継続能力。数値のほとんどが高い。
レンは自分の分析を開く前に少し迷った。
目の前に担当指揮者本人がいる。
「レイヴンは、直すところがあるというより」
レンは映像を出した。
指示が連続している場面。
途切れた場面。
もう一度指示が来るところまでを並べる。
「桐生さんの指示があるときと、ないときで動き出しが違います」
桐生が映像を見る。
「何秒?」
「一番長かった場面で五秒くらいです。ただ、五秒そのものが問題というより」
レンは指示が途切れた直後を再生した。
レイヴンが周囲を確認し、自分で進路を探し始める。
「たぶん、待ってます」
「俺の指示を?」
「はい」
会議室が少し静かになった。
桐生はすぐに否定しなかった。
レイヴンの映像を最初から見直し、指示ログと動きを照らし合わせている。
「そういう見方したことなかったな」
それだけ言った。
レンは自分の席へ戻った。
研修担当者が画面を切り替えた。
次に表示されたのは《グリット》だった。
レンは一瞬だけ姿勢を変えた。
自分の担当だから、分析対象から外れていると思っていた。
「最後に比較を行います。天城さんは回答せず、三人で映像を見てください」
レンは黙って画面を見ることにした。
一つ目の戦闘。
グリットがヴィランの攻撃を受ける。
桐生が言った。
「防御が遅い」
レンは口を開きかけて止めた。
遅いわけではない。
受けている。
次の攻撃。
避けられる距離なのに、ガイは半歩だけ残り、肩で受けた。
藤崎が映像を止める。
「ここも同じですね。反応速度が落ちてる?」
レンは答えない。
回答するなと言われている。
三人は別の映像へ進む。
ガイが一度受けたあと、次の拳の威力が上がっている。
それでも、その因果関係までは拾わなかった。
レンには、すぐ分かった。
受けるために残っている。
蓄積に使える攻撃だからだ。
三つ目の映像は市街地だった。
避難中の一般人が、ガイの背後を横切る。
ヴィランの攻撃が来る。
ガイは避けない。
今度は瀬川が画面を止めた。
「ここも反応が――」
レンは机の下で指を握った。
違う。
背後に人がいる。
避ければ攻撃がそのまま抜ける。
けれど、レンは何も言わなかった。
あれはガイが勝手に増やしている条件だ。
避けられるものまで受ける。
自分から戦いにくくしている。
今でも、そう思っている。
研修担当者が三本の映像を止めた。
「天城さん」
「はい」
「今の三人の分析について、どう思いましたか」
レンは少し考えた。
別に間違っているわけではない。
映像だけ見れば、防御が遅いようにも見える。
ただ。
「情報が足りないと思います」
桐生がレンを見る。
「何が?」
「グリットが何を受けて、何を避けるか」
レンは画面へ視線を戻した。
その違いを説明しようと思えば、いくらでもできる。
右膝へ負荷が乗る攻撃は避ける。
肩が開いた状態なら受けない。
蓄積に向く打撃なら残る。
市民が後ろにいるときは、余計な攻撃まで受ける。
そこまで頭に浮かんで。
レンは言葉にしなかった。
研修担当者は何かを記録している。
「では、明日は実地形式の合同課程を行います」
画面が切り替わった。
合同任務編成表。
桐生直哉と《レイヴン》。
瀬川拓海と《ブレイクハンマー》。
藤崎真琴と《ラインバインド》。
そして、天城レンと《グリット》。
レンは四組の名前を順番に見た。
今日、三人のヒーローについては、映像を何度も戻して癖を探した。
グリットだけは違った。
どこを見るべきかを考える必要がない。
画面が動けば、目が勝手に必要な場所へ行く。
その違いが何なのか、レン自身にはまだ分からなかった。
明日の集合時刻は午前八時。
レンは予定表を閉じた。




