第24話 添付資料
決定は翌日に出た。
合同案件。主担当が第七分署、支援がこちらの分署。指揮の統括は向こうの管制が持つ。
合同案件では、現場の近くに指揮所を設ける。両分署の管制が同じ部屋に入り、統括が全体を見る。ヒーローへの回線は担当ごとに分かれていて、こちらの指示はこちらの回線に乗る。
同じ部屋で、別々の相手に喋ることになる。
理由の欄には、人員体制と実績が書かれていた。
第七分署は区分Bの討伐数が管内で最も多い。こちらは、担当ヒーローが六週間の療養明けで、コンダクターはEランクだった。
書いてあることは、どれも本当だった。
ガイが分署に戻ってきたのは、その日の午後だった。
六週間ぶりの上着に、直った当て板が入っている。部品は八月の初めに届いていた。綻びの直った肩は、色が少しだけ違う。
ガイは待機室で防具を着けて、腕を回した。二度回して、止めた。
「どうです」
「回る」
「痛みは」
「ないな」
嘘だろうと思ったが、確かめる方法がなかった。医者の所見は復帰可となっている。可となっていることと、戻っていることは違った。
六週間ぶんの空白は、査定の欄にも出ていた。
八月の加算値はゼロだった。九月に入っても、支援側の実績がどう計上されるかは様式に書かれていない。主担当が持っていく形になるのだろうと、レンは見当をつけていた。
顔合わせは夕方だった。
第七分署から三人来た。ヒーローが二人と、管制が一人。ヒーローの二人は、造成地で会った顔だった。
管制は三十代の男で、書類の扱いが速かった。挨拶も速かった。
「作戦は組んであります。共有します」
図面が出た。
旧市街の南、定着個体の推定行動域。三方から圧をかけて、北の広い通りへ追い出す。
東と西からヒーローが二人。南から警察の車両が照明と音で押す。開けた通りに出たところで、遠距離型が削り、拘束型が止める。定型どおりだった。
過去の討伐映像で三十本見た形と、同じだった。
「グリットさんは、北の通りで待機してください。追い出したあと、逃走した場合の押さえです」
「はい」
「グリットさんの復帰明けなので、無理はさせません」
言い方に嫌味はなかった。事実として配慮していた。
レンは図面を見ていた。
「一つ、いいですか」
「どうぞ」
「三方から圧をかけると、この個体は北へは行きません」
管制の男が顔を上げた。
「根拠は」
「二か月定着してます。行動域が固まってる個体は、圧をかけられると馴染んだ側へ逃げます。北の通りは新しい区画で、この個体はそこを通った記録がありません」
「記録というのは」
「相談の記録です。飼い犬とか、集積所とか」
「案件票の話ですか」
「案件になってない分です。二十七件あります」
男は少し黙った。それから、案件票の画面を開いた。
「添付資料の欄ですね」
「そうです」
「拝見します」
拝見します、と言った。読みます、とは言わなかった。
レンはそれを聞き分けられるようになっていた。
「読んでもらえますか。今」
「時間の都合もあるので」
「二十七件です。十分で読めます」
「天城さん」
男は端末を置いた。
「支援側から意見が出るのは、こちらとしても助かります。ただ、判定材料は本部が精査したうえで区分が付いています。付いた区分に対して、うちは標準の手順で入ります」
「標準の手順が、地形に合ってません」
「合っていないと判断する材料が、標準の中にないんです」
正しかった。
二十七件は添付にある。添付は資料であって、判定の本文ではない。本文に書かれていないものを根拠に手順を変えれば、その責任は向こうが持つことになる。
男は無能ではなかった。無能ではないから、書かれていない場所を見ない。
顔合わせは、そこで終わった。
帰り際、若手の一人がガイに何か言った。
労いの言葉だった。復帰おめでとうございます、と聞こえた。悪意はなかった。もう一人が、そのあとで小さく笑った。
ガイは頷いた。レンは階段のほうを見ていた。
管制室に戻って、レンは図面を写した。
三方の圧。北への追い出し。それを地図に落として、赤い丸の層を重ねた。
北ではない。
圧をかけられた個体が向かうのは、南西だった。二か月かけて歩き回った側で、塀が高くて、道が細くて、家が古い。
丸が四十いくつ付いている区画だった。
もう一度、条件を変えて確かめた。三方の位置を少しずらしても、結果は同じだった。北へ抜ける道はあるが、この個体はその道を使った記録がない。
二か月かけて覚えた道と、地図の上で開いている道は、別だった。
レンは椅子から立ち上がった。立ち上がってから、行く先がないことに気づいた。
言っても通らない。通らない理由も、さっき聞いた。
待機室に行くと、ガイは地図を広げていた。赤い鉛筆を持っている。
レンは黙って端末を置いた。図面と、丸の層が重なった画面だった。
ガイはしばらく見ていた。
「南西だな」
「はい」
「向こうは北だと言ってるのか」
「言ってます。標準の手順です」
ガイは鉛筆を置いた。
「北の通りで待機だったか」
「そうです」
「お前は、どこにいる」
「合同の指揮所です。向こうの統括と、同じ部屋です」
ガイは少し黙った。
「南西に、カメラはあるか」
「ほとんどないです」
「じゃあ、俺の声だけだな」
レンは口を開いた。
行けと言われている。決定の文書に、そう書いてある。書いてあるとおりに待機して、追い出された個体が来なければ、こちらは何もせずに終わる。
終わったあとで、南西の区画に何が残っているかは、誰の欄にも入らない。
「グリット」
「なんだ」
「あの区画、四十いくつ家があります。全部、丸が付いてます」
ガイは地図を畳んだ。畳む音が、思ったより大きかった。
「なら、決まりだな」
決まった、とは何が決まったのかを、ガイは言わなかった。
言わなくても、こちらには分かった。決定の文書に書いてあるのは北の通りで、二人が話しているのは南西の区画だった。
レンは端末を引き寄せて、新しい画面を開いた。
四十いくつの家の座標が並んでいる。全部、自分で打ち込んだものだった。




