第16話 効率のいい順
六月に入って最初の週、レンは査定の内訳を一度細分化した。
加算値の出どころは細かく分かれている。撃破、救助、二次災害の防止、他部隊との連携、装備の運用、事後報告の精度。
項目ごとの重みを、過去の案件で逆算した。分母が小さいので誤差は出る。それでも順番ははっきりした。
いちばん高いのは撃破だった。区分が上がるほど跳ねる。
次が二次災害の防止。ただし証明が難しい。崩れなかった建物は、崩れなかったという記録しか残らない。
救助は、思っていたより低かった。人数で少し動く程度だった。
レンは数字を換算し直した。
Aまでの距離を、区分Bの案件だけで埋めた場合。区分Dのヴィランを混ぜた場合。救助を主にした場合。
三通りを並べると、答えは一つしかなかった。
獣を、数取る。
(そりゃそうか)
書類が三枚で終わる。聴取も送検もない。世論も動かない。危険度の割に報酬が高い。
若手が群がる理由を、レンは自分の手で計算し直しただけだった。計算したところで、結論は変わらなかった。
罪悪感のようなものは湧かなかった。獣は人ではないし、放っておけば人を食う。倒す仕事があって、報酬が付いていて、それを多く受けるという話でしかない。
筋は通っていた。通っているので、それ以上は考えなかった。
管制室には窓がないので、外が明るいかどうかは時刻表示でしか分からない。レンは表示を見ずに作業を続けた。見たところで、やることは変わらなかった。
予定表を作った。月あたりの件数と、区分の内訳。第四分署に回せる案件があるか、早瀬に問い合わせる文面も下書きした。
三日で組み上がった。組み上がったものは、我ながらよくできていた。
待機室で見せた。
ガイは紙を手前に引いて、上から順に目で追った。数字の並びで一度止まって、それから最後まで行った。
「多いな」
「体は保ちます。回復期間を計算に入れてあります」
「そうか」
「不満なら言ってください」
「不満はない」
ガイは紙を戻した。それだけだった。
断られるつもりで用意していた反論を、レンはまた使わずに終えた。
早瀬からは翌日に返事が来た。融通できる案件が二件あるという文面のあとに、一行だけ付いていた。
――無理はさせないでね。
誰に対して言っているのかが書かれていなかったので、レンは読み流した。
最初の一件は、その週のうちに入った。
区分B-D。取り壊し予定の団地に、中型が一体入り込んでいる。
団地は五棟あって、三棟はもう空だった。残る二棟に、まだ何世帯か住んでいる。移転の期限が延びているという話だった。
外壁に罅が入っていて、軒の下の配管が剥き出しになっている。カメラは入口に一台だけあった。
「四号棟の駐輪場に追い込みます。屋根が低いので、上から落とせます」
『分かった』
手順は前と同じだった。避けさせて、位置を作って、上から落として溜める。
今回は落とすものが決まっていた。駐輪場の屋根の支柱が一本、根元から腐っている。事前に見つけてあった。
獣を誘い込むまでに四分。屋根を落とすまでに二分。
ガイが肩から入って、獣は横倒しになった。
十一分で終わった。前回より短い。
レンは終了を打ち込みながら、数字が思ったとおりに動くのを見ていた。
『天城』
「はい」
『二号棟の一階、まだ人がいる』
「避難済みのはずです。名簿で確認しました」
『いる』
光点が団地の奥へ入っていく。
レンはカメラを切り替えようとして、そこに一台しかないことを思い出した。
映像はない。無線に音だけが入っていた。
自分が何もできない時間だった。更地の夜と同じだった。あのときは何をしていいか分からず、今は分かっていて、どちらも手が空いている。
扉を叩く音がして、それから、しばらく話し声が続いた。
説得しているというより、聞いている時間のほうが長かった。レンは待つあいだ、次の案件の候補を並べ替えていた。
十四分かかった。
出てきたガイは、老人を一人連れていた。移転の説明を受けていないと言って、部屋から出なかったのだという。名簿の更新が止まっていた。停止の理由は書かれていなかった。
老人は薄い上着を着ていた。六月とはいえ、団地の一階は日が入らない。
ガイは自分の上着を渡さなかった。渡す代わりに、歩く速さを合わせていた。
消防が引き取って、処理が終わったのは夜だった。
速報値が出た。討伐一体。救助一名。加算値は、ほとんど討伐の分だった。
レンは自分のファイルを開いて、その日の記録を打った。
所要、十一分。
その下に、もう一行書いた。
――追加、十四分。
書いてから、指が止まった。
十四分。獣を一体倒すのに要した時間より長い。加算値はほとんど動いていない。次の案件に入るのが、それだけ遅くなる。
予定表の月あたりの件数は、この十四分が毎回入る前提で組んでいなかった。
レンはその一行を消さなかった。消す理由がなかった。記録は記録だった。
徘徊者は昔の家に向かう、と書いた行の、ずっと下にそれはあった。同じファイルの中で、上と下で書いていることが違っていた。
気づいたが、分ける欄を作るのは面倒だった。
待機室に行くと、ガイは上着を畳んでいた。
「あのさ」
「なんだ」
「次から、ああいうのは消防に任せてもらえますか」
自分の声が事務的なのが、自分で分かった。責めているつもりはなかった。段取りの話をしているつもりだった。
ガイは上着を椅子にかけて、こちらを見た。
何も言わなかった。
しばらく待ったが、返事はなかった。
ガイは椅子の背に手を置いたまま、少しのあいだそこにいて、それから待機室を出ていった。すれ違うとき、こちらを見なかった。
管制室に戻って、レンは予定表を開いた。
来月の件数を一つ増やした。増やした理由は、増やせるからだった。
レンは、それを承諾だと受け取った。




