第14話 落とす
抜糸までの二週間で、レンは獣の資料を読み終えた。
B-Dの中型は、四足で、体高が人の腰ほどある。前肢の爪が長く、顎の力が強い。移動が速く、疲れにくい。
攻撃の記録を分類すると、ほとんどが咬みつきと引き裂きだった。前肢での打撃もあるが、爪が先に当たる。
全部、溜まらない。
過去の討伐映像を三十本ほど見た。若手が二人か三人で囲んで、遠距離から削って終わらせるのが定型だった。合理的で、危なげがない。
同じ画面で、レンは別のことを考えていた。
打撃なら溜まる。落下物も溜まる。体当たりも溜まる。
配属の初日、アーケードの天井が落ちてきたとき、あの人は骨組みを背負って立ち上がった。生体情報の項目は跳ねていた。
獣が打撃をくれないなら、獣から取らなければいい。
(こっちで落とす)
レンは射出装置の仕様を開いた。
投射できるのは装備と支援物資で、重量に上限がある。上限まで積んで、高い位置から落とせば、それなりの衝撃にはなる。
現場に鉄骨や瓦礫があれば、もっといい。
試算を出して、レンはしばらく画面を見ていた。
これは、こちらから殴るのと同じだった。敵に殴られるのを待つのではなく、自分の担当ヒーローに物を落とす。溜まるが、痛い。当たり所が悪ければ、それだけで終わる。
待機室で説明した。
ガイは最後まで聞いて、包帯の取れた前腕を一度見た。
「俺に落とすのか」
「そうです」
「重さは」
「上限まで積みます。数字は出しました」
ガイは資料を手前に引いた。数字の欄で指が止まる。
「肩でいい」
「え」
「背中は逃げ場がない。肩なら流せる」
断られると思っていた。レンは口の中で言葉を組み立て直して、結局それを使わなかった。
「……肩に落とします」
「そうしてくれ」
抜糸の日、レンは病院まで付いていった。前腕の傷は白く盛り上がっていて、指の動きに引っかかりはないと医者は言った。
帰りの道で、ガイは腕を回しながら歩いていた。回すたびに、少しだけ間が空く。痛むのだろうと思ったが、聞かなかった。
現場は市の北の造成地だった。
夜。街灯がなく、監視カメラもない。獣が入り込むのはこういう場所だと資料にあった。
着いてみると、先客がいた。
別分署の若手が二人。活動用の上下が新しくて、光の当たり方が違う。無線に別の管制が乗ってきた。声が若い。
『第七分署です。こちらで対応可能ですので、応援は不要です』
「案件はうちに移管されています」
『存じてます。ただ、現着はこちらが先なので』
映像の端で、若手の一人がガイを見ていた。
見て、視線を外して、もう一人に何か言った。二人が笑った。音声は拾えていない。拾えなくても分かるものはある。
レンはマイクの手前で指を止めた。
喉のあたりに引っかかるものがあった。自分が笑われたのなら、たぶん何も感じなかった。今まで何度も笑われてきたし、そのたびに何とも思わなかった。
落ち着け、と自分に言った。落ち着く必要があるという時点で、おかしかった。
『天城』
ガイの声だった。
『先にやらせてやれ』
「なんでですか」
『二人がかりなら死なん。獣も二体目が来るかもしれん』
レンは手順を後ろにずらした。
若手が出た。速い。遠距離型が一人と、拘束型が一人。定型どおりの組み立てだった。
獣が動いた。想定より速かった。拘束が届く前に距離を詰めて、若手の一人を横へ弾いた。爪が防具を削った。
悲鳴が無線に乗った。
「グリット」
『分かってる』
ガイが出た。若手を後ろへ回して、正面に立つ。
獣が唸った。顎の開き方が資料の図と違う。図には角度しか書いていなかった。
「受けるな」
咬みつきが来る。ガイは首を振って外した。爪が上着を裂く。血が出る。溜まらない。
二撃目。三撃目。避けるだけの時間が続いた。
三十本の映像には、囲んで削る戦い方しか映っていなかった。二人か三人でやるものだからで、一人で正面に立つ例が一つもない。
参考にできるものが、何もなかった。
レンは造成地の図面を出していた。組み上げ途中の足場が北側にある。鉄骨が横に渡してあって、留め具が一本抜けている。安全の届出は出ていない。工事は止まっている。
「北へ。足場の下に入ってください」
『分かった』
ガイが下がる。獣が追う。
足場の真下で、ガイが立ち止まった。
レンは射出装置の照準を、鉄骨の留め具に合わせた。
「今」
金属が落ちた。
ガイの肩に入って、そこで止まった。膝が落ちる。土に手をつく。
生体情報の項目が跳ね上がった。頂点で留まる。
立った。
獣が跳んだ。牙が来る。
ガイは避けなかった。顔の前に腕を出さず、肩から入った。獣の胸に体ごと当たっている。
骨の折れる音がした。ガイのものではなかった。
獣は横倒しになって、二度動いて、止まった。
ガイはその横に膝をついたまま、しばらく立たなかった。
息の音が無線に入っている。長い。落とした鉄骨の分と、体当たりの分が、両方まとめて返ってきているはずだった。
若手の二人が近づいてきて、何か言った。ガイは頷いただけだった。
処理は早かった。
書類は三枚だった。身元の照会も、送検も、聴取もない。討伐報酬は同じ危険度のヴィランより高い。
合計、十一万二千円。
負傷者は若手が一人。全治十日。ガイは上着が裂けただけで、傷は浅かった。肩の打撲は落とした鉄骨のほうだった。
分署に戻って、レンは端末を開いた。
深夜の速報が上がっている。造成地で中型のビーストを討伐、負傷者一名。
記事に名前が二つ出ていた。第七分署の若手だった。
黒崎ガイの名前は、どこにもなかった。
現着が先だったのは向こうで、負傷したのも向こうで、間違ったことは何も書かれていない。移管の記録は分署の中にしかない。
レンは記事を閉じて、それからもう一度開いた。二度読んでも、名前は増えなかった。




