第13話 選んだ言葉
場所は市の東の廃車置き場だった。
通報から三十分で位置が割れた。逃げ込む先としては悪くない。積み上がった車体が視界を切るし、出口が少ない。追う側にとっては、出口が少ないほうが都合がいい。
レンは地図を三面に分けた。北の出入口。南の金網。西の側溝。
東は擁壁で、越えられない。
この場所を選ばせたわけではない。相手が勝手に入った。ただ、入られたときの手順は前の晩に組んである。市内で人の少ない広い区画は、そう多くない。全部当たっておいた。
「南へ寄せます。北と西は消防と警察で押さえてもらいました」
『分かった』
「まず、受けるな」
無線の向こうで、足音が変わった。
消防と警察に持ち場を伝えるとき、レンは同じ説明を三度した。分署が違えば様式も違う。二度目までは通じなかった。
通じるまで言い直す時間も、手順に入れてある。
男は車体の陰にいた。前腕がすでに刃の形になっている。錆の匂いがしそうな場所で、そこだけ光っていた。
ガイが出ていく。男が振り向く。
一撃目が来た。ガイは半歩下がって外した。
二撃目、身体を捻る。三撃目は腕を上げず、後ろへ引いて逃がした。
刃は溜まらない。当てさせるわけにはいかない。
男の呼吸が上がってくる。硬化には疲労がほとんど出ないと資料にはあったが、身体そのものは別だった。走れば息が切れる。
「そのまま南へ」
ガイが位置をずらす。男が追う。車体の間を抜けて、視界が開けた。
正面が金網だった。高さは人の背丈の倍ほどある。
男が振り返る。北にも西にも人がいるのは、音で分かっているはずだった。
三秒ほど止まって、それから金網に手をかけた。
レンは息を止めていた。この三秒のために、映像を四十回見た。
前腕の形が戻る。
「今のうちに詰めてください」
ガイが走った。溜めていない身体なので、速くはない。それでも距離は五歩しかなかった。
男が金網の途中で気づいて、飛び降りる。着地の姿勢が崩れている。刃を出そうとする。
その距離では、出しても振れない。
レンはマイクを引き寄せた。
手順の最後だった。ここから先は、言葉になる。
「言ってください」
選んだのは、逮捕記録の分類欄にあった一語だった。
二回の記録で、どちらも同じ書き方がしてあった。刃状の凶器を形成、と。この男の能力は、書類の上では持ち物として処理されている。
能力者として登録されたことが、一度もない。
ガイの声が、無線越しに聞こえた。
『オマエの刃は能力じゃない。ただの凶器だ』
抑揚がなかった。
罵っている口調ではない。事実を読み上げる言い方だった。書類にそう書いてある、と言われたのと同じことだった。
男の顔が変わった。
刃が消えた。拳が来た。
「今」
ガイは避けなかった。
顎の下に入った。首が流れて、踏み込んだ足が土をえぐる。
二発目が来る。腹に入った。
三発目。同じ場所。
(十分だ)
「下がれ」
ガイが半歩引いた。男の拳が空を切る。
そこで、右の前腕が刃に変わった。
(早い)
怒りは切り替えではない。上がりきったところから、また戻ってくる。
資料の三本には、そこまで映っていなかった。
刃が下から来た。ガイは肘を上げて逸らした。逸らしきれず、前腕の外側が裂ける。
血の色が映像に出た。
「グリット!!」
『溜まってる』
短かった。
ガイが踏み込んだ。三発ぶんの蓄積が乗った肩が、男の胸に入る。
車体が鳴った。男が背中から積み上がった鉄に叩きつけられて、そのまま落ちた。
拘束具が届くまで、ガイはその場から動かなかった。
男は起き上がらなかった。呼吸はある。ガイは腕から血を落としながら、その横に立っていた。
警察の車が入ってくる音がして、映像の端にライトが差した。
処理が終わったのは、夜になってからだった。
供述の立ち会い、押収物の扱い、被害届の有無。ヴィランの案件は倒したあとが長い。獣なら三枚で済む書類が、こちらは十二枚あった。
様式の枝が増えるのは、相手が人間だからだった。
ガイの前腕は八針だった。腱には届いていない。二週間で戻ると医者は言った。今度は病院へ行った。レンが受付まで付いていったからだった。
速報値が出た。
撃破報酬、D級一体。
逮捕協力の加算。
合計、九万四千円。
レンはその数字をしばらく見ていた。
四千二百円。一万三千二百円。九万四千円。並べると、桁が一つ動いている。
昇級査定の加算値も動いていた。Dまでの距離が、三桁から二桁になった。
病院の廊下で、ガイは椅子に浅く座って壁を見ていた。処置の順番を待つ人間の座り方に見えなかった。慣れているのだと思った。
レンは離れた席で速報値を眺めていた。会話はしなかった。
管制室に戻ってきたガイは、包帯の腕を吊っていなかった。吊れと言われたのだろうが、していない。
「勝ちましたね」
「勝ったな」
ガイは折り畳みの椅子に座った。
「あの言い方、効きましたか」
「効いた」
「……そうですか」
効くように選んだのだから、効いて当然だった。
男が金網の前で三秒止まったことも、名前ではなく分類の欄を突いたことも、全部こちらで決めたことだった。決めたとおりに人が壊れるのを、レンは画面で見ていた。
うまくいった、という以外の言葉が出てこなかった。
九万四千円のうち、あの三秒と、あの一言が、いくらぶんなのかは分からない。分ける欄はどこにもなかった。
レンは端末を開いた。
「二件目、まだ残ってます」
「獣だな」
「B-D。中型です」
ガイは包帯の腕を見た。それから、いつもと同じ調子で言った。
「牙は、溜まらんぞ」




