第11話 割のいい仕事
資料が届いたのは、五月に入ってからだった。
第四分署からの移管案件が二件。どちらも準備期間があり、着手の日取りはこちらで決めていいことになっていた。
一件目は区分D。ヴィラン。
二件目の区分欄には、B-Dと書いてあった。
レンは様式の説明を開いた。頭のBはビーストを示す。獣である。
座学ではやった。人と話が通じない、投降しない、脅しも効かない。人間は全部敵で、ヴィランも襲う。野生なので、殺してから食うとは限らない。
実際の案件として受け取るのは初めてだった。
討伐報酬の欄を見て、レンは指を止めた。
同じ危険度のヴィランより、額が高い。加えて、提出する書類の数が少ない。人権にも裁判にも関わらないからで、様式の枝が丸ごと省かれていた。
(そういうことか)
若手が獣に群がる理由が、数字で並んでいた。
ヴィランを一体倒すと、身元の照会があり、送検の書類があり、後日の聴取がある。被害者が出れば補償の欄が増える。世論が動けば会見まで付いてくる。
獣にはそれがない。倒せば終わる。誰も泣かないし、誰も抗議しない。
制度がそう作られているというより、そう作らざるを得なかったのだろうと思った。それでも、並んだ数字の意味は変わらなかった。
端末に着信が入ったのは、そのときだった。
同期の芦原からだった。二回鳴って、切れた。
レンは画面を見て、そのままにした。折り返す気にはならなかった。
しばらくして文字で連絡が来た。用件は分署の連絡網の確認で、事務的な内容だった。近況が二行だけ添えてある。
担当は若手のヒーローで、この二か月でB-Eを七体、B-Dを二体。ランクはもうDに上がっているとあった。
レンは短く返信して、端末を伏せた。
伏せた画面の縁を、指でしばらく押さえていた。
同じ日に配属されて、同じ課程を出て、向こうは上がっている。方法も難しくない。獣は逃げないし、交渉もしないし、後日の聴取もない。行って、倒して、書類を三枚出せば終わる。
効率だけで言えば、こちらが取るべき道はそちらだった。
待機室に行くと、ガイは地図を広げていた。
その横に、金属の欠片が置いてある。手のひらに収まる大きさで、片側が溶けたように歪んでいた。塗装らしい模様が半分だけ残っている。
鉛筆と一緒に袋に入っているところを、前にも見た。何なのかは聞いていない。
装備の部品に見えなくもなかったが、留め具の形が今の規格と違う。古いものらしい、という以上のことは分からなかった。分からないものを聞くのは面倒だったので、レンは目を離した。
「二件目、ビーストです」
ガイは顔を上げた。
「区分は」
「B-D。中型です」
「そうか」
レンはテーブルの端に腰を預けた。
「アンタ、獣は何体やってます」
「数えてない」
「多いですか」
「若いころは多かった」
言い方が引っかかった。若いころは、というのは、今は少ないという意味になる。
レンは案件の履歴を思い出した。過去五年で、ガイのビースト案件は極端に少ない。指名が来ていないのだと思っていた。
「向いてないんですか」
「向いてない」
ガイは地図を畳んだ。
「牙と爪は、溜まらん」
レンは口を開いて、そのまま止まった。
考えたことがなかった。
「……溜まらないって、どういう」
「殴られた分は溜まる。刺されたぶんは溜まらない。ただの穴だ」
当たり前のことを言う口調だった。
レンは端末を出して、過去のログを呼び出した。被弾の種類別に並べ替える。打撃、落下物、体当たり、瓦礫。蓄積の数値が出ているのは、全部そこだった。
刃物、甲殻の突起、飛び道具。数値はゼロで、損傷の欄だけが埋まっている。
五年分、例外は一件もなかった。
(詰んでるじゃないか)
この人の能力は、面で受けた打撃しか使えない。
獣は爪と牙で来る。若手が群がって稼いでいる相手に、この人だけが入っていけない。獣が割のいい仕事だというなら、割のいい仕事から外されている人間がここにいる。
ランキングが下がり続けた理由の一つが、これだった。
レンは一件目の資料を開いた。
区分D。ヴィラン。三十代の男。能力は硬質化ではなく、変形だった。
両腕を、刃の形に変えられる。
レンは画面を見たまま、しばらく動かなかった。
「言いにくいんですけど」
「なんだ」
「一件目、刃物です。腕が刃になるやつで」
「そうか」
「斬られたぶんは、溜まらないんですよね」
「溜まらんな」
ガイは椅子に座り直した。焦っている様子はない。困っている様子もなかった。
「知ってたんですか」
「資料は見た」
「見て、それで」
「断るなら早いほうがいい。よそに回してくれ」
レンはテーブルを見た。金属の欠片が、まだそこに置いてある。
断れば、Eランクのまま三桁の件数を積むことになる。権限も上がらない。防具も上がらない。この分署の卓は一人分のままだった。
「断りません」
「勝てるのか」
勝てるかどうかは、まだ何も分かっていなかった。
分かっているのは、断った場合に何も変わらないということだけだった。
「考えます」
ガイは何も言わなかった。反対もしなかった。
その黙り方が、期待していないというより、こちらの返事を待っているだけに見えた。
管制室に戻って、レンは資料を全部開いた。
刃は溜まらない。溜まらないなら、刃を出させなければいい。あるいは、刃で来る前に終わらせる。あるいは——
(刃以外で殴らせる)
指が止まった。
両腕が刃になる相手に、拳で殴らせる方法を、レンは探し始めた。




