第7話 戦場
ひまりの画面には、白い羽根が舞っていた。
俯瞰視点に切り替えた戦場の中心で、光の翼が大きく広がっている。
「これ……なに?」
ひまりは呆然と呟いた。
目の前には、剣を構えたナイトジョブのルシエルが立っている。
その向こうに見えるのは、白い騎士姿のキャラクター。
ネームプレートには、Sylvis。
さっき挨拶してくれた、同盟ギルド《Daybreak》のマスターだった。
「どうして、同盟ギルドの人が、襲ってきてるんだろう……」
その呟きに、コメント欄が一斉に反応した。
《コメント》
:直前で同盟切って、宣戦布告してきたんだと思う
:ログ出てた!
:DaybreakがBEWに布告した!
:うわ、これガチ戦争じゃん
「そんなことできるんですか?」
《コメント》
:できる
:昔は不意打ち布告けっこうあった
:そりゃ炎上したもんよ
:あんまりやりすぎてぐちゃぐちゃになって、みんな疲れてやめたんだよな
:なつい
:なつすぎる
同時接続の数字が、じわじわ上がっていく。
三百五十。
四百。
誰かがSNSで配信リンクを貼ったのだろう。
《コメント》
:ひまり配信でBEWとDaybreak戦争中
そんなコメントが流れた次の瞬間、視聴者数がさらに跳ねた。
四百八十。
五百。
「えっ、なんでこんなに増えてるの!?」
ひまりの声が裏返る。
その時、戦場の奥が赤黒く染まった。
空が割れたように、巨大な隕石が落ちる。
一度ではない。
何度も。
連続で。
《コメント》
:うはwww
:BEWの魔術師、チェインメテオ連打してるぞ
:そんなの可能か? リキャストとMPどうすんだよ
:あれじゃね? ナイトのセラフィックにバフてんこ盛りがあっただろ
:いや、セラフの詠唱UPって30%だろ?
:だからBEWのルシエルの装備、神スクロール使いまくって効果上がってるんだって
:術者がアンブロがぶがぶ飲んでるな、これ
:アンブロ連打!? 正気か?
:MP補充とFC100%実現してるってこと?
:理論上はできる。やる奴が頭おかしい
:あのナイトの剣、レア武器何本も消失した末にできたやつだぞ
:ガーディアン・エンジェルだろ
:鯖一本剣きたあああ
ひまりはコメントを追いきれない。
画面の中では、Daybreakの後衛らしいキャラクターたちが、次々と倒れていく。
死体はすぐには消えない。
地面に残ったまま、赤黒い魔法の残滓だけがゆらゆらと揺れていた。
「……これ、ほんとにゲームなんですよね?」
《コメント》
:ゲームだよ
:でもこれは戦争
:古のMMOの血が騒ぐ
:ひまちゃん、伝説回に立ち会ってるぞ
同時接続は、もう六百を超えていた。
コメント欄の流れが速すぎて、文字が読めない。
通知が鳴る。
ギルドチャットだった。
【Guild】Gladio:ひまり、ついてこい
「えっ」
ひまりは慌てて画面を見る。
光の翼の向こうで、黒槍を持つ竜騎士がこちらを振り返っていた。
グラディオ。
その足元には、倒れた敵の死体がいくつも転がっている。
「ついてこいって……どこに?」
コメント欄がまた爆発した。
《コメント》
:行け!
:団長が呼んでる!
:ひまちゃん、歴史の中心にいるぞ!
:怖いけど行け!
ひまりは息を呑み、それから小さく頷いた。
「……わかりました」
戦場は、まだ終わっていなかった。
ひまりがグラディオについていくと、BEWのメンバーたちは全体で移動を始めていた。
さっきまで隕石が降り注いでいた場所。
そこには、倒れたDaybreakのキャラクターたちが、まだ消えずに残っている。
その中心に、BEWの団員たちが立っていた。
「……これ、周囲の人たち、何をしてるんでしょう?」
ひまりが不思議そうに呟く。
《コメント》
:装備品とか敵の持ち物ルートしてる
「ルート?」
《コメント》
:強奪ってこと
「え?」
ひまりの声が小さく跳ねた。
「まさか……倒した相手の持ち物を取ってるんですか?」
《コメント》
:そう
:それができるのがPKギルドなんだよなあ
:普通はやらんけど
:グラディオ、相当怒ってるんじゃね?
ひまりは言葉を失った。
画面の中では、淡々とログが流れている。
【Battle】BEW_Member acquired High Elixir.
【Battle】BEW_Member acquired Black Ore.
【Battle】BEW_Member acquired War Scroll.
戦いが終わったあとの静けさの中で、その文字だけが妙にはっきり見えた。
《コメント》
:ひまちゃん、なんかゲート開いてるよ
:団長が撤退指示出してるっぽい
:入れってことじゃない?
「あ、そうですね」
グラディオの足元に、黒いワープゲートが開いていた。
「なんだか撤退みたいです」
ひまりはまだ少し混乱したまま、ゲートの前で立ち止まる。
「これ、今日はここでおしまいかな?」
コメント欄はまだ流れ続けている。
《コメント》
:伝説回だった
:おつ!
:また見にくる
:ひまちゃん無事でよかった
ひまりは小さく息を吐いて、いつもの配信用の笑顔を作った。
「じゃあ、そろそろ配信終わりますね!」
少しだけ声が震えていた。
「見に来てくださった方、ありがとうございました。よかったら、また見に来てくださいね」
配信終了ボタンを押す直前、画面の端に、グラディオからのチャットが流れた。
【Guild】Gladio:戻ったらVC
ひまりは、その文字を見つめる。
そして、小さく頷いた。
「……はい」
配信は、そこで終わった。




