第5話 セラフィックウィング
時間になると、ひまりは配信を開始した。
「やっほー! 臨時配信、始めるよー!」
コメント欄が一気に流れる。
《コメント》
:待ってた!
:きたあああ
:同接やば
開始数分で、同時接続は三百を超えていた。
普段の生産配信では考えられない数字に、ひまり自身も少し驚いている。
とはいえ、今日は戦うわけではない。
配信中は、《黒き終焉の翼》のDiscordボイスチャンネルから離れている。
だが、問題はなかった。
ひまりはただ、狩場に立っているだけだ。
ミスティアが開けてくれたゲートで移動し、あとは見ているだけ。
そのはずだった。
フィールド中央に、巨大なレアモンスターが出現した瞬間――。
BGMが切り替わった。
「わっ……!」
専用戦闘音楽。
盾役が挑発を飛ばし、
防御強化魔法が重なり、
ヒールが走る。
前衛の物理アタッカーが切り込み、
魔法が空を染め、
行動阻害魔法が敵を縛る。
色とりどりのエフェクトが、夜のPKフィールドを埋め尽くした。
「うわあ……」
ひまりは思わず息を呑む。
「戦場って……すごく綺麗なんですね」
《コメント》
:わかる
:わかるけどw
:ひまちゃん平和w
コメント欄が笑う。
ひまりは、物珍しそうに画面を眺めながら、のんびりしていた。
戦闘開始前。
同盟ギルド《Daybreak》のリーダーが、ひまりの前に現れた。
白い軍装に、銀の長髪。
男性キャラクター。
その姿は、遠目にも目立つ。
テキストチャットが一行だけ表示される。
【Say】Sylvis:こんにちは
「こんにちは!」
ひまりが慌てて返す。
だが、そのままシルヴィスは去っていった。
「Daybreakも、すごいギルドなんですね」
コメント欄がざわつく。
《コメント》
:あそこのリーダーのシルヴィス、BEWのグラディオと知り合いらしいよ
:そうそう
:ライバル組織だけど同盟組んでるらしい
:上層部だけでしかVCしないらしいけど
:シルヴィス、女らしいぜ
:それ昔から言われてるけど、確かめたやついない
:でも、それが原因でDaybreakゴタゴタしたって話もある
:ひまちゃん気を付けてね
「え?」
ひまりが首を傾げる。
「何に気を付けるんですか?」
きょとんとした顔。
そして、少し笑う。
「でも、ほんとに女性なら……」
一拍。
「大きなPKギルドの女性マスターって、めちゃくちゃかっこよくないですか?」
コメント欄が止まった。
《コメント》
:……
:ひまちゃん
:それ言う?
:天然w
「いいなあ」
ひまりは、心から羨ましそうに呟いた。
そのころ、《黒き終焉の翼》のDiscordボイスチャンネルでは、グラディオが冷静に指揮を飛ばしていた。
グラディオ『そのまま、第2アライアンスのメインパーティで敵タゲ維持しろ』
短く、低い声。
グラディオ『第1アライアンスは待機』
すぐに補足が入る。
グラディオ『ただし、防御ダウンとスロウはリキャストごとに入れろ』
各所から返事が飛ぶ。
ミスティア『待機って、暇なんだけど』
ミスティアが、あからさまにつまらなそうな声を出した。
グラディオ『どっから殴られるかわからん』
グラディオの返答は、短い。
グラディオ『ひまりをギルドに入れたことで、匿名掲示板に俺らへのキル予告が出てるらしい』
ミスティア『あー』
ミスティアが、どこか納得したように笑う。
ミスティア『女性配信者って、ユニコーンがつくんだっけ?』
グラディオ『知らん』
グラディオは即答した。
グラディオ『俺も詳しくはない』
一拍。
グラディオ『だが、俺とルシエルとスカーレットには、“落とす”と名指しで書き込みがあったらしい』
ミスティア『え?』
ミスティアの声が少し上ずる。
ミスティア『団長たちだけ? 俺は?』
グラディオ『……一般人から認識されてないんじゃないか?』
ミスティア『えー』
不満そうな声。
ミスティア『スカちゃんが目立つのはわかるけどさぁ』
ミスティア『俺だって一応ランカーなんだけどなあ』
その時だった。
大量に流れる戦闘ログの中に――。
来るかもしれない、と覚悟していた一文が混ざった。
【System】Daybreakとの同盟が解消されました。
一瞬。
本当に一瞬で、グラディオの声が変わる。
グラディオ『ルシ――ひまりを庇え!!』
怒鳴り声と、ほぼ同時だった。
【System】Daybreak has declared war on Black End Wing.
宣戦布告通知。
赤い文字が、全員の画面を染める。
ルシエル『了解!』
ルシエルが反射で動く。
月剣を抜き、一直線に駆ける。
次の瞬間。
大剣を振りかぶったキャラクターが、ひまりへ飛び込んでいた。
白銀の軍装。
銀髪。
《Daybreak》ギルドマスター――シルヴィス。
その一撃を、ルシエルが受け止める。
甲高い金属音。
ルシエル『グラ、ナイス判断!』
ルシエルが叫ぶ。
ルシエル『ミリでも遅かったら、やばかった!』
一方、その頃。
ひまりは完全にパニックだった。
「えっ!? えっ!? なにこれ!?」
目の前いっぱいに、白い光が広がる。
ルシエルの剣、《ガーディアン・エンジェル》。
鯖に一本しか存在しないと言われる、神エンチャント品。
専用スキル――《守護者の盾》。
そして。
追加効果――《セラフィックウィング》。
白金の巨大な翼が、ひまりを包むように広がった。
「どうしちゃったの!?」
コメント欄が爆発する。
《コメント》
:うおおおおおおお!!!
:開戦きたあああああ!!
:姫庇ったあああ!!
:ルシエルうううう!!
:セラフィックウィング!!
:ガーディアン・エンジェルだ!!
:鯖一本剣きたあああ!!
:燃える!!!
:これは燃える!!!
同時接続が、さらに跳ね上がる。
四百。
五百。
止まらない。
そして、BEWのDiscordでは。
グラディオが、静かに言った。
グラディオ『……スカ、敵後衛止めろ』




