第37話 装備差なしの勝利
ウォーフロントが終わっても、コメント欄は止まらなかった。
ひまりの配信は、最後まで音声なしだった。
勝利表示が消えたあとも、戦場のリザルト画面だけが映っている。
BEW陣営、勝利。
点差は大きい。
序盤の低空飛行が嘘のような、はっきりとした勝利だった。
《コメント》
:おつ!
:音なしなのに神回だった
:BEW強すぎ
:装備差なしでこれかよ
:攻城戦だけじゃなかったんだな
:二倍相手で勝つのえぐい
:最後のメテオやばすぎ
:グラディオ暗黒騎士だった?
:ミスティアのCCえぐ
:ルシエル指揮怖い
:如月さん何者?
:キャスリングやばかった
:ひまちゃん助かってよかった
:音なし配信なのに叫んだ
:これアーカイブ残して
ひまりは、マイクを入れようとして、少し迷った。
けれど、今日は戦闘映像だけを流す配信だった。
戦後の挨拶も、簡単なテキストだけにする。
配信画面の端に、ひまりは短い文字を打った。
【配信テキスト】ひまり:ご視聴ありがとうございました。今日は音声なし配信でした。あとでアーカイブ残します。
《コメント》
:おつー!
:ひまちゃん無事でよかった
:アーカイブ助かる
:音なしで正解だった
:VC聞こえてたら作戦やばかったな
:逆に音なしだから戦場見やすかった
:ひまちゃん視点ずっとルシエルの背中追ってた
:守護者視点だった
:キャスリングのとこ何回も見るわ
キャスリング。
その単語が流れるたび、ひまりの胸の奥が少しだけ冷えた。
如月が、自分と位置を入れ替わった。
自分がいた場所に、如月が立った。
その直後、集中砲火で倒れた。
ウォーフロントだから復帰はある。
如月本人も、戦場では助かった人が止まらないことが一番大事だと言った。
それでも、あの瞬間の光景は、まだひまりの中に残っている。
自分の代わりに誰かが倒れる画面。
それが、こんなにも重いものだとは思わなかった。
配信を終了すると、画面が静かになった。
けれど、外の騒ぎは終わっていなかった。
すぐに、掲示板が動き始める。
――匿名掲示板:BRO総合スレ Part292――
421:名無しの冒険者
BEW、装備差なしでも強かったな
422:名無しの冒険者
鉄血戦は攻城戦だったからな
城と装備の差もあった
423:名無しの冒険者
今回はウォーフロント
装備均一
スキルも専用
城なし
424:名無しの冒険者
しかも月下+山賊団の実質二倍相手
425:名無しの冒険者
それで勝つのは普通にやばい
426:名無しの冒険者
BEW一強って、装備だけじゃなかったんだな
427:名無しの冒険者
攻城戦のBEWが強いのはわかる
でもウォーフロントでこれやるのは別問題
428:名無しの冒険者
ルシエルの指揮が戻ってきた感じある
429:名無しの冒険者
如月って昔の固定の人だろ?
あれが入るとこうなるのか
430:名無しの冒険者
序盤低空で進めて、最後に二軍まとめて焼くの怖すぎた
431:名無しの冒険者
あれ低空じゃなくて抑えてただけでは
432:名無しの冒険者
途中までいい勝負っぽく見えたのに、キャスリング後から勝ち方変わったよな
433:名無しの冒険者
如月落ちたあとのルシエル、声聞こえてないのに怖かった
434:名無しの冒険者
音なし配信なのに「キレた?」ってわかったの草
435:名無しの冒険者
いや笑えん
あれ冷静に潰しに行ってた
436:名無しの冒険者
装備差なし
城なし
二倍相手
配信あり
これで勝つなら文句ないだろ
437:名無しの冒険者
古戦場協定側、これどうすんの?
438:名無しの冒険者
鉄血は綺麗に降りた
月下山賊はウォーフロントで負けた
BEW一強への牽制って名分、だいぶ苦しくなったな
439:名無しの冒険者
でも月下も山賊も悪くなかったぞ
最後のバーストまでは試合になってた
440:名無しの冒険者
だから余計にBEWがやばいんだよ
いい試合を圧勝に変えた
掲示板では、次々と評価が整理されていく。
鉄血戦は攻城戦だった。
黒翼城があり、城防衛の地の利があり、BEW側には高OE装備があった。
だから、BEWが勝っても「装備差では」「城が強いだけでは」という見方は残った。
しかし、今回のウォーフロントは違う。
装備は均一化される。
高OEは使えない。
城はない。
PKフィールドの資産差もない。
しかも相手は、月下繚乱と山塞の山賊団。
実質二倍。
その条件で、BEWは勝った。
それも、配信に映った状態で。
戦争文化を知らない視聴者にも、今回の勝利はわかりやすかった。
装備で殴ったわけではない。
城で守ったわけではない。
神エンチャントで押し切ったわけでもない。
移動で勝った。
点数で勝った。
敵二勢力を重ねる場所を選び、最後にまとめて焼いた。
その評価は、掲示板だけでなく、別の場所にも広がっていた。
――匿名掲示板:ルシエル元固定観測スレ――
88:名無しの観測者
ひま×ルシ、悪くなくない?
89:名無しの観測者
ひまりちゃん視点、ずっとルシエルの背中追ってるの良かった
90:名無しの観測者
白ドレスの時も思ったけど、絵面が強い
91:名無しの観測者
ルシエルが守る側なの、やっぱりいい
92:名無しの観測者
恋愛じゃなくても守護者構図として強い
93:名無しの観測者
ひまりちゃんがルシエルについていく役だったの、配信視点として完成してた
94:名無しの観測者
キャスリング前、ひまりちゃんがちょっと遅れるところ心臓止まった
95:名無しの観測者
そのあとグラディオが何か指示してるっぽいのも良かった
音声ないけど絶対「離れるな」系のこと言ってる
96:名無しの観測者
ルシエルの背中を追うひまりちゃん視点、普通に良かったです
97:名無しの観測者
ひま×ルシ、悪くなくない?
98:名無しの観測者
二回言うなw
99:名無しの観測者
いやでも悪くない
100:名無しの観測者
ルシエル本人は恋愛じゃなくて護衛なんだろうけど、そこがいい
101:名無しの観測者
守護者ルシエルは健康にいい
102:名無しの観測者
白ドレスからのウォーフロント護衛視点は流れが強い
103:名無しの観測者
ひまりちゃん、ルシエルの背中ずっと映してくれてありがとう
ルシエルの元固定勢らしい観測者たちは、悪意なく盛り上がっていた。
ひまりを叩く流れではない。
むしろ、良いものを見た、という空気に近い。
ルシエルが誰かを守る姿。
ひまりがその背中を追う視点。
白ドレスの聖女と騎士の時から続く、守護者構図。
それが、また燃料になっていた。
そして、その話題を見て、機嫌を悪くする者が一人いた。
――Discord:BEW幹部チャンネル――
ミスティア:スカちゃん、また掲示板見てるでしょ。
スカーレット:見てない。
ミスティア:いや、見てる人の返事だよそれ。
スカーレット:見てない。
ミスティア:じゃあ何で機嫌悪いの。
スカーレット:悪くない。
ミスティア:悪いよ。文字が尖ってる。
スカーレット:尖ってない。
ミスティア:ほら、尖ってる。
スカーレット:よくない。
ミスティア:なにが?
スカーレット:全部。
ミスティア:範囲広いなあ。
ひまりは、幹部チャンネルの文字を見て、少しだけ肩をすくめた。
スカーレットの機嫌が悪い理由は、なんとなくわかる。
自分が引き抜かれたこと。
それを完全には防げなかったこと。
如月に助けられたこと。
そして配信視点で、ルシエルの背中をずっと追っていたこと。
その全部が、スカーレットの中で「よくない」になっているのだと思う。
ミスティア:ひまちゃんは無事だったんだから、そこは良かったでしょ。
スカーレット:それは良かった。
ミスティア:じゃあ何がだめなの。
スカーレット:観測。
ミスティア:あー。
スカーレット:よくない。
ミスティア:まあ、増えるよねえ。あの配信だと。
スカーレット:よくない。
ミスティア:ルシさんに文句言う?
スカーレット:言わない。
ミスティア:ひまちゃんに?
スカーレット:言わない。
ミスティア:じゃあ俺に?
スカーレット:うるさい。
ミスティア:ひどい。
ひまりは少しだけ笑った。
笑ってから、胸の奥の重さに気づく。
みんな、普通にしている。
ミスティアは軽口を言う。
スカーレットは短く怒る。
グラディオは戦後処理をしている。
ルシエルはログ確認を指示している。
如月は、もういつもの静かな声に戻っている。
けれど、戦場で起きたことは消えない。
配信は終わった。
掲示板では勝利が整理されている。
外から見れば、BEWの勝利だった。
装備差なしの勝利。
城なしの勝利。
二倍相手の勝利。
でも、別の場所で、別のものを見ている人がいた。
月下繚乱のチャンネルから少し離れた場所で、帰蝶は一人、配信アーカイブを見ていた。
音のない映像。
ひまり視点の戦場。
中央クリスタルを削るBEW。
月下側クリスタル部屋へ抜けるBEW。
リターンで消えるBEW。
そして、ひまりが遅れた瞬間。
帰蝶は、そこで映像を止めた。
ひまりの位置が、わずかに外れている。
山賊団の引き寄せが入る。
ひまりが吸われる。
その直後、如月が動く。
【Battle】如月の《キャスリング》。
画面上で、ひまりと如月の位置が入れ替わる。
帰蝶は、再生を止めたまま、しばらくその場面を見ていた。
ひまりを助けた。
それは、そうだ。
あの位置で《キャスリング》を使わなければ、ひまりは落ちていた。
ひまりが落ちれば、配信視点は崩れる。
BEW側の護衛も乱れる。
ルシエルの指揮にも余計な負荷がかかる。
だから、如月が入れ替わった。
そこまではわかる。
けれど、帰蝶はそこで止まれなかった。
如月は、ただ善意だけで戦場に立つ人ではない。
あの人は、次に何が起きるかを見る。
自分がその場所に立ったら、何が起きるか。
自分が落ちたら、誰がどう動くか。
その結果、戦場がどう変わるか。
如月は、それを考えない人ではない。
帰蝶は、もう一度だけ再生した。
如月がひまりと入れ替わる。
集中砲火が入る。
如月が落ちる。
【Battle】如月は死亡しました。
その直後。
配信には音声がない。
ルシエルの声は聞こえない。
けれど、BEWの動きが変わる。
ひまりが騎乗する。
ルシエルの背中を追う。
BEWが自陣側へ戻る。
そして中央へ向かう。
下り坂の途中で止まる。
山賊団が上から降りる。
月下が横から入る。
二軍が重なる。
グラディオが突っ込む。
ミスティアのCCが入る。
メテオが落ちる。
帰蝶は、そこで再生を止めた。
知っている。
帰蝶は、その変化を知っている。
如月が落ちた時のルシエルは、声を荒げない。
誰かを責めない。
怒りを見せない。
ただ、勝ち方が変わる。
余白のある勝ち方から、逃げ道のない勝ち方へ。
昔もそうだった。
固定時代、如月が落ちた試合があった。
敵のバーストを受けて、如月が先に落ちた。
その時も、ルシエルの声は乱れなかった。
ただ、そこから先の指示が冷たくなった。
敵が逃げる道を消す。
点数を許さない。
中央を捨てず、外周も拾う。
相手が立て直す前に、次の衝突を作る。
勝つだけではなく、相手の勝ち筋を消す指揮。
帰蝶は、それを聞いたことがある。
そして、如月も知っていたはずだ。
自分が落ちると、ルシエルの指揮が変わることを。
だからこそ、帰蝶は画面から目を離せなかった。
あの《キャスリング》は、本当に咄嗟だったのだろうか。
ひまりを助けるため。
それは間違いない。
けれど、それだけだったのだろうか。
如月は、ひまりを救いながら、同時にルシエルの勝ち方を切り替えたのではないか。
ぎりぎりで勝つ試合を、圧勝へ変えるために。
自分の死を、盤面に置いたのではないか。
帰蝶は、そんなことを考えてしまう自分に、少しだけ嫌気が差した。
如月を疑っている。
ひまりを助けた人を。
でも、疑えるくらいには、帰蝶は如月を知っている。
そして、ルシエルも知っている。
如月。
あなたは、あの人のスイッチを、まだ押せるのね。
帰蝶は、再生画面を閉じた。
外では、掲示板がまだ騒いでいる。
BEWは装備差なしでも強かった。
ルシエルの指揮がすごかった。
如月のキャスリングが神だった。
ひまりが助かってよかった。
ひま×ルシ、悪くなくない。
どれも間違いではない。
けれど、帰蝶が見ていたものは、そのどれとも少し違う。
如月が落ちた。
ルシエルが変わった。
それを、如月は知っていたかもしれない。
その事実だけが、胸の奥の棘に触れていた。
帰蝶は、月下繚乱のチャンネルへ戻る前に、もう一度だけ目を閉じた。
戦場は終わった。
けれど、終わっていないものがある。
勝敗では片づかないもの。
点数にも、ログにも、配信にも残らないもの。
それを知っている人間だけが、別の傷を負う。
帰蝶は、小さく息を吐いた。
如月が戻ったことで、ルシエルの戦場も戻った。
そして自分は、その敵側にいる。
そのことが、勝敗よりもずっと深く、帰蝶の胸に刺さっていた。




