第36話 FIRE
山賊団が上から降りてくる。
月下繚乱が横から突っ込んでくる。
二つの敵軍が、下り坂の途中で重なろうとしていた。
ひまりの画面には、赤い名前とエフェクトが一気に増える。
視聴者にも、何かが起きることだけはわかった。
《コメント》
:敵多い
:これ挟まれる
:BEW止まってる場合じゃなくない?
:いや待って
:これ止まったんじゃなくて待ってた?
:山賊と月下重なる
:まさか
ルシエル『黒魔、召喚、LB確認』
ミスティア『溜まってる』
如月『月下、前に出ます。山賊、止まりません』
グラディオ『行くか』
ルシエル『はい。団長、突入。集めてください』
グラディオ『了解』
グラディオが前に出た。
竜騎士ではない。
黒い鎧をまとった暗黒騎士。
黒い外套が、雪原の中で大きく翻る。
敵二軍の前へ、まっすぐ突っ込んでいく。
ひまりの画面では、グラディオが敵の真ん中へ消えたように見えた。
【Battle】グラディオの《アビスドロー》。
黒い渦が広がる。
山賊団の前衛が吸われる。
月下の前衛も巻き込まれる。
進路が歪む。
密集する。
だが、敵の火力もグラディオへ向いた。
赤い詠唱線が重なる。
斧が振り下ろされる。
魔法陣が足元に咲く。
グラディオ『防御陣』
【Battle】グラディオの《黒翼防壁》。
黒い防御陣が展開する。
グラディオを中心に、闇色の円が開いた。
敵が集まる。
集められる。
その中心で、グラディオは落ちない。
ルシエル『ミスティアさん』
ミスティア『止める』
【Battle】ミスティアの《グラビティロック》。
紫の魔法陣が、敵集団の足元を縫い止めた。
動きが止まる。
月下も、山賊も、同じ場所に固まる。
ひまりは息を忘れた。
その瞬間、ルシエルの声が落ちた。
ルシエル『バースト開始五秒前』
黒魔導士系が詠唱を始める。
召喚士系が、召喚獣の影を重ねる。
戦場の空が、暗くなる。
ルシエル『三』
敵集団が、CCから抜けようともがく。
ルシエル『二』
グラディオの防御陣が、まだ耐えている。
ルシエル『二』
ひまりは、その独特のカウントを聞いた。
昔からの戦場の声。
遅らせるための、合わせるための、二度目の二。
ルシエル『FIRE』
空から、光が落ちた。
【Battle】黒魔導士隊の《メテオ》。
【Battle】召喚士隊の《アストラルフォール》。
範囲LBが重なる。
ひとつではない。
二つでもない。
幾つもの隕石と召喚光が、密集した二軍の上に降り注ぐ。
雪原が白く弾けた。
画面が光で埋まる。
ひまりは、一瞬何も見えなくなった。
次に見えた時、敵の名前が一斉に消えていた。
【Battle】山塞の山賊団員が死亡しました。
【Battle】月下繚乱兵が死亡しました。
【Battle】山塞の山賊団員が死亡しました。
【Battle】月下繚乱兵が死亡しました。
【System】BEW陣営にキルポイントが加算されました。
《コメント》
:は?
:メテオきた
:まとめて焼いた!?
:今のなに
:山賊と月下まとめて消えた
:グラディオ突っ込んだ?
:ミスティア止めた?
:ルシエルのカウントだ
:これ配信音なしでよかったやつ
:音ありだったら叫んでた
:いや音なしでも叫んでる
:BEWやば
:二軍まとめて消えたぞ
ひまりは、画面を見つめたまま動けなかった。
さっきまでいた敵の集団が、いない。
山賊団も、月下も。
同じ場所に集められ、止められ、焼かれた。
それだけだ。
それだけなのに、戦場の点数が一気に跳ねた。
ルシエル『中央クリスタルへ』
余韻はなかった。
ルシエルは、すぐに次を言った。
ルシエル『黒魔、召喚、通常火力。残りLBは温存不要。割ります』
ミスティア『了解。中央、全火力』
グラディオ『前に出る。残党を見る』
スカーレット『ひまり、左』
ひまり『はい!』
BEWは、そのまま中央へ流れ込んだ。
敵二軍は、今のバーストで主力を失っている。
中央クリスタルを止めるだけの人数がない。
黒魔導士系と召喚士系が、再び詠唱を重ねる。
今度は、止めない。
削り切る。
【Battle】中央クリスタルが破壊されました。
【System】BEW陣営にポイントが加算されました。
点数が跳ねる。
キルポイント。
中央クリスタルのポイント。
それまで低空で進んでいたBEWの点数が、終盤で一気に伸びた。
《コメント》
:中央割った
:点数やば
:一気に開いた
:低空だったの、抑えてただけ?
:いい試合に見せてただけでは
:ルシエル怖い
:如月落ちてから空気変わった?
:さっきまで接戦だったのに
:圧勝コース入った
:これもう無理じゃね?
月下繚乱も、山塞の山賊団も、復帰はする。
けれど、もう遅い。
中央で主力を焼かれ、クリスタルを取られた。
点差は開いた。
残り時間で追い上げるには、BEW側が大きく崩れる必要がある。
だが、ルシエルは崩さない。
ルシエル『以降、無理に当たりません。点数を守ります』
如月『月下は前に出ます。山賊団も来ます』
ルシエル『来させます。ぶつかる場所は選びます』
グラディオ『了解』
ミスティア『はいはい、逃げるよー。勝ってる時は逃げるのも仕事』
スカーレット『ひまり、離れない』
ひまり『はい』
ひまりは、ルシエルの背中を見た。
さっき、如月が死んだ。
自分のせいで、死なせたと思った。
そのあと、ルシエルは少しも乱れなかった。
けれど、本当は違ったのかもしれない。
表に出さなかっただけで、勝ち方は変わっていた。
ぎりぎりの勝利ではなく。
相手にも見せ場を残す勝ち方ではなく。
圧勝。
そういう勝ち方へ。
ひまりは、それを言葉にできなかった。
ただ、画面の中のルシエルの背中だけを追った。
【System】ウォーフロントが終了しました。
【System】BEW陣営の勝利です。
勝利表示が出た。
点差は大きかった。
序盤の低空飛行が嘘のような、はっきりとした勝利。
《コメント》
:BEW勝利
:圧勝じゃん
:途中まで接戦だったのに
:メテオで全部変わった
:いやその前から誘導されてた
:山賊と月下が重なった場所、完全に読まれてた
:ルシエル指揮えぐい
:如月って何者?
:グラディオ暗黒騎士なの効きすぎ
:ミスティアCCえぐ
:ひまちゃん生きててよかった
:キャスリングなかったら落ちてた
:如月さん助けたのやばい
:音なし配信なのに神回
ひまりは、勝利表示を見ていた。
勝った。
BEWは勝った。
それはわかる。
でも、胸の奥はまだ落ち着かなかった。
如月が入れ替わった瞬間。
自分のかわりに倒れた瞬間。
グラディオの短い指示。
ルシエルの揺れない声。
全部が、まだ残っている。
VCに、如月の声が入った。
如月『お疲れさまでした』
何事もなかったような声だった。
それが、ひまりには少しだけ痛かった。
ひまり『如月さん、あの……』
言いかけた瞬間、如月が先に言った。
如月『ひまりさん』
ひまり『はい』
如月『戦場では、助かった人が止まらないことが一番大事です』
ひまりは、言葉を失った。
如月『あなたは止まらなかった。だから、それでいいです』
それでいい。
本当にそうなのかは、まだわからない。
けれど、今はその言葉に頷くしかなかった。
ひまり『……はい』
グラディオ『全員、戦後処理に入る』
ミスティア『はーい。いやあ、派手に焼けたねえ』
スカーレット『ひまり、生きてる?』
ひまり『生きてます』
スカーレット『ならいい』
ルシエル『お疲れさまでした。各自、ログ確認をお願いします』
ルシエルの声は、最後まで変わらなかった。
勝っても、揺れない。
如月が落ちても、揺れない。
圧勝しても、揺れない。
でも、ひまりはもう知っている。
声が変わらないことと、何も感じていないことは、同じではない。
戦場だけが知っていることがある。
そして今日、ひまりはその一部を、画面越しに見てしまった。
音のない配信の向こうで、コメント欄はまだ流れている。
《コメント》
:おつ
:神回
:音なしでこれだけ面白いのすごい
:ひまちゃん無事でよかった
:如月さん何者なんだよ
:ルシエルやばい
:BEW最強だった
:これはBRO最強名乗っていい
:戦争って勝ち方でこんなに違うんだな
ひまりは、勝利表示の消えた画面を見つめた。
最強。
誰かがコメントでそう言った。
開戦前、如月も同じことを言っていた。
私たちは、最強である。
あの声は、配信には乗っていない。
視聴者は知らない。
でも、その言葉の通りに、BEWは戦場を燃やし尽くした。




