第35話 キャスリング
序盤の点数は、低いまま推移していた。
ひまりの配信画面だけを見ている視聴者には、BEWが圧勝しているようには見えなかった。
《コメント》
:点差まだそんなないな
:月下山賊も食らいついてる
:BEWうまいけど圧倒ってほどではない?
:いや動きは変
:中央残したのがどう効くかわからん
:ひまちゃん視点だと難しいな
:音なしだから余計わからん
ひまりにも、全部はわからない。
ただ、ルシエルの声はずっと落ち着いていた。
ルシエル『中央はまだ触りません。自陣側、小クリスタルだけ取ります』
ミスティア『黒魔、召喚、通常火力。LBは温存』
グラディオ『山賊、こちらを見てる』
如月『権蔵さんはまだ前に出ていません。山賊団だけ先に寄せています』
ルシエル『では、追わせます。スカーレットさん、ひまりさんの右』
スカーレット『いる』
ひまりは、ルシエルの背中を追った。
騎乗して、止まらず、離れず。
そう言われている。
わかっている。
けれど、ウォーフロントの戦場は広い。
味方の動きも速い。
道が斜めに曲がり、視界の端で敵のエフェクトが光った瞬間、ひまりの操作がほんの少し遅れた。
ルシエルの背中が、画面の中央からずれる。
ほんの少し。
けれど、その少しを、山賊団は拾った。
【Warning】山塞の山賊団員があなたを狙っています。
赤い警告が走る。
次の瞬間、ひまりのキャラクターが横へ引きずられた。
山賊団の引き寄せ魔法。
視界がぐらりと回る。
ルシエルの背中が遠ざかる。
ひまり『あっ』
声が漏れた。
配信には乗らない。
けれど、VCには乗った。
《コメント》
:ひまちゃんずれた
:あ
:引っ張られた!?
:山賊!
:やばいやばい
:護衛どこ
:これ落ちる
:スカーレット!
:ルシエル!
敵のエフェクトがひまりの足元に重なる。
赤いターゲットマーカー。
詠唱の光。
斧を持った山賊団員。
月下の遠隔火力まで、こちらを向いている。
終わる。
そう思った。
その瞬間、ひまりの画面が切り替わった。
【Battle】如月の《キャスリング》。
位置が入れ替わる。
ひまりがいた場所に、如月が立っていた。
如月がいた場所に、ひまりが戻されている。
一瞬だった。
誰かが叫ぶ暇もなかった。
山賊団と月下の攻撃が、如月へ集中する。
【Battle】如月は死亡しました。
画面の端に、戦闘ログが流れた。
如月のキャラクターが倒れる。
あっけないほど簡単に。
ひまりは、動けなかった。
自分が遅れた。
自分が引き抜かれた。
そのせいで、如月が死んだ。
ひまり『如月さん……』
グラディオ『ひまり、騎乗。ルシエルから離れるな』
グラディオの声が飛んだ。
慰めではなかった。
説明でもなかった。
今、やることだけ。
ひまりは、震える指で騎乗キーを押した。
ひまり『はい……!』
ルシエル『如月さん、スタート地点によって、拾います』
ルシエルの声は、まったく揺れていなかった。
まるで、予定通りの処理をひとつ足しただけのように。
ルシエル『全員、自陣側へ。追撃は見ないでください』
ミスティア『了解。ひまちゃん、前だけ見て』
スカーレット『右、つく』
グラディオ『後ろを見るな』
ひまりは、前を見た。
見なければならなかった。
如月の倒れた場所を、見てはいけない。
自分が止まれば、また誰かが止まる。
だから、前を見る。
ルシエルの背中だけを見る。
自陣へ向かって、BEW全体が移動する。
その間も、ルシエルの指示は止まらなかった。
ルシエル『点数確認。問題ありません。復帰位置を見て合流します』
如月『南スタート。自力で戻れます』
如月の声が戻った。
ひまりは、息を呑んだ。
死んだのに、声は変わらない。
ウォーフロントだから、復帰がある。
それはわかっている。
でも、ひまりの胸はまだ冷たかった。
ルシエル『了解。では拾いません。中央再出現を見ます』
如月『ええ』
ルシエルの声は変わらない。
けれど。
その時、ルシエルの中で、勝ち方だけが変わった。
最初は、ぎりぎりで勝つつもりだった。
月下も山賊団も、戦場として見せ場を残す。
二倍の敵に押されながら、それでも最後に点数で勝つ。
ひまりの配信にも、いい試合として残す。
そういう計算だった。
如月が落ちるまでは。
ルシエルは、画面上の点数を見た。
残り時間。
中央クリスタルの再出現。
山賊団の復帰位置。
月下の移動ライン。
BEW側のLBゲージ。
声は変えない。
感情も乗せない。
ただ、勝ち方だけを変える。
ルシエル『中央へ向かいます』
グラディオ『了解』
ルシエル『ただし、割りに行くのはまだです』
ミスティア『……はいはい』
ミスティアの声が、少しだけ低くなった。
たぶん、気づいた。
ルシエルが何かを変えたことに。
如月『ルシエル』
ルシエル『はい』
如月『点数、広げますか』
ルシエル『広げます』
短いやり取りだった。
それだけで、如月は黙った。
中央クリスタルが再出現する。
BEWは自陣側から、中央へ向かう進路を取った。
ひまりの配信画面にも、再び中央へ向かう黒い集団が映る。
《コメント》
:中央再湧き
:BEW行く
:今度は割る?
:如月戻ってる?
:さっきのキャスリングやばかった
:ひまちゃん助かった
:でも如月即死したぞ
:復帰あるとはいえ怖すぎ
:ルシエル全然乱れないな
:怖いくらい普通
中央へ向かう下り坂。
その途中で、ルシエルが言った。
ルシエル『止まります』
BEW全体が止まった。
ひまりも、慌てて止まる。
中央クリスタルは、まだ少し先に見えている。
なぜ止まるのか。
ひまりにはわからない。
コメント欄もざわついた。
《コメント》
:止まった?
:なんで?
:中央行かないの?
:敵来てる?
:上?
:上から山賊!
次の瞬間、斜面の上から山賊団が降りてきた。
BEWの進路に、時間差で飛び込んでくる。
さらに別方向から、月下繚乱が突っ込んでくる。
二つの敵軍。
実質同盟。
けれど、今この場所では、ただの二つの敵集団だった。
ルシエルは、その二つが重なる場所で止まっていた。
ルシエル『バースト準備』
声が入った。
静かだった。
だから、怖かった。




