第34話 私たちは、最強である
ひまりの配信は、音声を切っていた。
今日は、戦闘の様子だけを流す。
VCの声も、作戦会話も、配信には乗せない。
視聴者に見えるのは、ひまりの画面だけだ。
ウォーフロントの待機エリア。
BEWの黒い制服。
助っ人として加わった古参たち。
ルシエルの白いナイト装備。
そして、その少し後ろに立つ如月。
《コメント》
:音なしなの緊張する
:今日VCなし?
:作戦乗せないためでしょ
:ひまちゃん視点だけか
:BEW側、静かすぎない?
:ルシエルいる
:如月って誰?
:月下に帰蝶いるんだよな
:これウォーフロント同窓会では?
コメント欄は流れている。
けれど、ひまりは返事をしない。
返事をしないように、と言われている。
今日は、配信者ではなく、戦場の視点になる日だった。
開戦三十秒前。
如月の声が、VCに通った。
如月『聞け、総員』
その一言で、待機エリアの空気が変わった。
誰も茶化さなかった。
古参も、ランカーも、PKフィールド帰りの戦争屋も、その声を聞いていた。
如月『君たちは、それぞれが歴戦である。幾多の戦場を駆け抜け、生き残った、最高の戦士である』
ひまりは、画面の向こうで身じろぎもせずに立つプレイヤーたちを見た。
みんな、強い人たちだ。
ひまりでも、それはわかる。
戦場に入る前の立ち方が違う。
待機中の動きが違う。
誰も落ち着きなく跳ねたりしない。
開戦を待っている。
ただ、それだけなのに、画面の中の空気が張りつめていた。
如月『だからこそ、個々の最良の判断があるだろう。敵の癖を読み、地形を読み、味方の穴を埋める。そうやって勝ってきた者ばかりだ』
一拍。
如月『だが、今日のこの戦いだけは、すべてを指揮官に預けろ』
空気が、締まった。
如月『目の前の勝ち筋を見るな。自分の一キルを見るな。戦場全体の勝利だけを見ろ』
ルシエルは、何も言わなかった。
ただ、静かに剣を握っている。
如月『今日は、ルシエルの声だけを聞け。疑うな。遅れるな。迷うな』
開戦カウントが進む。
十。
九。
八。
如月『我々こそが、BRO最強であると知らしめるために、指揮官にすべてを預けよ』
七。
六。
五。
如月『そして、戦場のすべてを燃やし尽くせ』
四。
三。
二。
一。
【System】ウォーフロントが開始されました。
視界が切り替わる。
広い雪原。
斜面。
遠くに見える中央エリア。
自陣側に湧いたクリスタル。
そして、中央に出現した大きなクリスタル。
開戦と同時に、ルシエルの声が入った。
ルシエル『中央へ。黒魔、召喚、通常火力。LBはまだありません。割り切らないでください』
ミスティア『黒魔、召喚、射程維持。前に出すぎない』
グラディオ『前衛、道を開ける』
スカーレット『ひまり、遅れないで』
ひまり『はい』
ひまりは、必死でルシエルの背中を追った。
騎乗したまま、味方の流れについていく。
中央へ向かうBEWの動きは、驚くほど速かった。
けれど、ばらばらではない。
前に出る者。
少し横へ開く者。
後方で詠唱位置を取る魔導士たち。
それぞれが違う動きをしているのに、全体としてはひとつの黒い翼のように見えた。
《コメント》
:始まった
:中央行くのか
:BEW、遠隔多い?
:黒魔と召喚多いな
:音ないのに動ききれいなのわかる
:ひまちゃん遅れるなー
:中央クリスタルでか
中央クリスタルの前で、BEWは止まった。
止まったというより、広がった。
黒魔導士系と召喚士系の魔導士たちが、射程ぎりぎりの位置で詠唱を始める。
光が走る。
黒い魔法陣が重なる。
召喚された獣の影が、クリスタルへ牙を立てる。
だが、メテオは落ちない。
まだLBゲージは溜まっていない。
序盤の火力は、通常スキルだけ。
それでも、中央クリスタルの耐久は目に見えて削れていった。
【Battle】中央クリスタルの耐久値が低下しています。
ルシエル『削りすぎないでください。六割で止めます』
ミスティア『黒魔、詠唱更新そこまで。召喚、継続火力だけ残して』
グラディオ『山賊、北寄り』
如月『月下も見えました。来ます』
ルシエル『では、下がります。自陣には戻りません』
ひまりは、一瞬だけ戸惑った。
自陣には戻らない。
では、どこへ行くのだろう。
ルシエル『月下側へ抜けます。止まらないでください』
BEW全体が、中央からすっと離れた。
クリスタルはまだ壊れていない。
なのに、誰も惜しそうにしない。
黒い集団は、自陣側へ戻るように見せかけて、斜めに進路を変えた。
《コメント》
:あれ、割らない?
:中央残した
:下がった?
:追われてる
:自陣戻らないの?
:え、そっち月下側じゃない?
:なんで月下側行くの?
ひまりにも、コメント欄と同じことしかわからなかった。
中央を削った。
でも割らなかった。
敵が寄ってきた。
BEWは逃げた。
けれど、自陣には戻らない。
ルシエルの声だけが、淡々としていた。
ルシエル『前を詰めすぎない。ひまりさん、私の後ろ。スカーレットさん、右を見てください』
スカーレット『見てる』
ルシエル『月下側クリスタル部屋、入ります』
月下側のクリスタル部屋。
中央クリスタルの代わりに湧いた小型のクリスタルが、そこにあった。
BEWが雪崩れ込む。
黒魔導士系と召喚士系が、再び詠唱を始めた。
ミスティア『黒魔、召喚、月下クリスタル。通常火力、全開』
ルシエル『割ります』
今度は、止めない。
魔法が重なり、クリスタルが一気に削れる。
【Battle】月下側クリスタルが破壊されました。
【System】BEW陣営にポイントが加算されました。
ルシエル『全員リターン。即時』
グラディオ『戻れ』
ミスティア『はい撤収』
スカーレット『ひまり、押して』
ひまり『は、はい!』
ひまりは慌ててリターンを押した。
画面が白く切り替わる。
次の瞬間、自陣側のスタート地点へ戻っていた。
《コメント》
:月下クリスタル割った!?
:中央じゃなくてそっち!?
:即リターンw
:なに今の
:点数取って帰った
:山賊と月下、BEW自陣側に来てない?
:あ、殴り合ってる
:同盟とは
:いや別陣営だから殴らないとまずい
:完全に殴らないのは不正扱いされるやつ
:BEWだけ帰ってて草
:ルシエル指揮やばくない?
ひまりは、自陣から戦場を見下ろした。
遠く、BEWの自陣クリスタル部屋の近くで、月下繚乱と山塞の山賊団がぶつかっている。
実質同盟。
そう聞いていた。
けれど、ゲーム上は別陣営だ。
勝ち負けは別々に発生する。
完全に殴らなければ、不自然になる。
だから、殴らざるを得ない。
BEWを追ってきたはずの二軍が、BEWのいない場所で小競り合いを始めている。
ルシエル『点数確認。まだ低く見えますが、問題ありません』
如月『相手は追えていると思っています。しばらく低空でいい』
グラディオ『次は』
ルシエル『自陣側を処理してから、中央を見ます。まだ急ぎません』
ひまりは、ルシエルの後ろで息を整えた。
画面の中の点数は、まだ大きく開いていない。
BEWが圧倒しているようには見えない。
むしろ、いい勝負に見える。
でも、ひまりにはもうわからなくなっていた。
点数が低いことと、負けていることは同じではない。
今のBEWは、たぶん。
低く飛んでいる。
いつでも上へ跳ねられるように。




