第3話 デイブレイク
ひまりが《黒き終焉の翼》――通称BEWに入団したことは、翌日には匿名掲示板にも流れていた。
――匿名掲示板:BRO総合スレ Part287――
431:名無しの冒険者
配信者ひまり、PKギルド入りってマジ?
432:名無しの冒険者
マジ。
昨日の配信でギルドタグ出てた。
433:名無しの冒険者
生産配信のひまりがBEWは草
434:名無しの冒険者
姫爆誕
435:名無しの冒険者
いや、あの子ならレア加工目当てだろ
436:名無しの冒険者
BEWの装備担当ならむしろ納得
437:名無しの冒険者
グラディオが拾ったってマジ?
438:名無しの冒険者
また団長が変なもの拾ってる
そんなスレッドが立ったものの、思ったほど荒れはしなかった。
そもそも《Blood Ring Online》は、もう新作ゲームではない。大型アップデートの直後でもなければ、話題は限られている。
古参プレイヤーたちは日課のようにログインし、決まった狩場へ行き、決まった相手と揉め、決まったように愚痴をこぼす。
そんな停滞気味の空気の中で、ひまりのBEW入りは、ちょうどいい祭りだった。
笑い半分、興味半分。
多くの反応は、そんな程度だった。
ただし、その話題を面白く思わない者もいた。
PKギルド《Daybreak》。
BEWと並ぶ古参ギルドのひとつであり、人数ではBEWを大きく上回る大手である。
そのギルドマスター、シルヴィスは、掲示板のスレッドを見ながら、しばらく無言だった。
画面に映るのは、男性キャラクター。
長い銀髪に、白い軍装。夜明けを思わせる淡い金色のマント。
中身が女性であることを知っている者は、古参の一部だけだ。
「……ふうん」
シルヴィス――滝裕子は、細く笑った。
グラディオが女を入れた。
その事実だけで、十分だった。
昔、自分がBEWに入りたいと言った時、彼はこう答えた。
『女は入れない』
それなのに。
今さら、どこの誰とも知れない小さな生産配信者を、あっさり姫として迎え入れた。
裕子は椅子の背にもたれ、ゆっくりと指先で机を叩く。
腹が立つ。
けれど、それ以上に。
「……面白くなりそうじゃない」
停滞していたゲームに、ようやく火種が落ちた。
なら、少しくらい煽ってもいいだろう。
シルヴィスはフレンドリストを開き、グラディオの名前を選ぶ。
【Whisper】Sylvis:少し話せる?
返事はすぐに来た。
【Whisper】Gladio:何だ
相変わらず、短い。
裕子は笑った。
【Whisper】Sylvis:噂の姫、今度紹介してよ
しばらく間が空いた。
【Whisper】Gladio:必要あるか?
【Whisper】Sylvis:あるよ。BEWに女の子が入るなんて珍しいもの
今度は、返事が少し遅れた。
【Whisper】Gladio:装備担当だ
裕子は、その文字列を見て、声を出さずに笑った。
そういうことじゃない。
たぶん、彼は本当にわかっていない。
そこが昔から腹立たしい。
【Whisper】Sylvis:昔、私が入れてって言った時は、女性は入れないって言ってたのに?
沈黙。
画面の向こうのグラディオが、眉を寄せているのが見えるようだった。
【Whisper】Gladio:装備作るのが面倒になった
「……ほんと、そういうところ」
裕子は小さく呟いた。
怒るべきなのか、笑うべきなのか、少し迷う。
それから、軽い調子で返した。
【Whisper】Sylvis:じゃあ今度、その子を見に行くね
【Whisper】Gladio:好きにしろ
許可は出た。
なら、行く。
シルヴィスは席を立ち、ギルドチャットに短く流した。
【Guild】Sylvis:今夜、BEWの姫を見に行く
Daybreakのチャットが、一瞬で騒がしくなった。
祭りは、もう始まっている。




