第29話 如月
翌日、BEWの幹部チャンネルに、ひまりも呼ばれた。
いつもの四人だけではない。
グラディオ。
ルシエル。
ミスティア。
スカーレット。
そこに、ひまりの名前も並んでいる。
――Discord:BEW幹部チャンネル――
ひまり:あの、私も幹部会議に入っていいんですか?
グラディオ:いい。
グラディオ:今後は、配信してもらう内容も増える。事前共有が必要な場面も増えるだろう。
グラディオ:ひまりには、会議に参加してもらう機会が増えると思う。
ひまり:わかりました。
ひまりは、少しだけ背筋を伸ばした。
ゲームの中なのに、会議と言われると少し緊張する。
グラディオ:昨日ひまりは参加していなかった。まず説明する。
グラディオ:次の戦場を、ウォーフロントでやらないかと相手方から申し入れがあった。
ひまり:ウォーフロント、ですか?
ミスティア:公式の大規模PvPですね。三つ巴で戦うやつ。
グラディオ:相手は月下繚乱と山塞の山賊団。二勢力が実質同盟として動く。
グラディオ:つまり、こちらは三つ巴の中で、二倍の敵を相手にすることになる。
ひまり:それ、かなり不利ですよね……?
グラディオ:不利だ。
グラディオ:さらにウォーフロントでは、装備品、レベル、スキル、エンチャントが均一化される。
グラディオ:BEWの装備差は使えない。
ひまりは、画面を見つめた。
黒翼城ではない。
城壁もない。
高エンチャント装備も意味を持たない。
ひまりが加工した装備も、そこでは強さとして反映されない。
BEWが積み上げてきた強さの一部が、いったん消える。
グラディオ:普通なら、BEWが勝てる状況ではない。かなり不利な申し入れだ。
グラディオ:今日は、これを受けるかどうかを話し合う。
ひまり:わかりました。
グラディオ:もし受けるとしても、現場での指揮はルシエルにやってもらうことになると思う。
グラディオ:ルシエル、勝ち筋はあるか?
ルシエル:あります。
返事は早かった。
けれど、続く言葉は慎重だった。
ルシエル:ただし、配信となると、ひまりさんも連れていくことになりますね?
グラディオ:配信なしでは、受ける意味がない。
ルシエル:そうですね。
ルシエル:ひまりさん、戦闘職レベル三十以上はありますか?
ひまり:いちおう、一つだけあります。
ルシエル:それなら、マッチング条件は満たせます。
ルシエル:ついてきてもらうだけなので、条件がクリアできていれば十分です。
ひまり:ついていくだけ……。
ミスティア:ひまちゃんは配信係だからね。
スカーレット:護衛はいる。
グラディオ:当然つける。
それだけで、ひまりは少し安心した。
戦えと言われているわけではない。
けれど、戦場に行くことには変わりない。
グラディオ:ルシエル、今のままで勝てるか?
ルシエル:勝てると思います。
ルシエル:ただし、今のウォーフロント環境を見ていないまま動かすのは危ないです。
グラディオ:二年か。
ルシエル:はい。BEWに入ってからは、たまに行く程度です。
ルシエル:今の主流、マップごとの動き、相手指揮官の癖までは追えていません。
ひまり:相手指揮官の癖、ですか?
ルシエル:同じマップでも、指揮官によって動き方が違います。
ルシエル:どこでぶつかりたがるか、どこを早めに捨てるか、点差がついた時に無理をするか、引くか。
ルシエル:そのあたりは、実際に何度も戦場に出て見ないと読めません。
ひまりは、少し驚いた。
同じマップなら、同じように戦うものだと思っていた。
けれど、そうではないらしい。
ウォーフロントは、ただ敵を倒すだけの場所ではない。
点数を見る。
移動する。
取る場所を決める。
捨てる場所を決める。
どこでぶつかるかを選ぶ。
その判断が、毎回少しずつ変わる。
グラディオ:今のBEWに、その情報はない。
ルシエル:ありません。
ミスティア:俺もウォーフロントとスカーミッシュには行ってますけど、そこまで張りついて見てるわけじゃないです。
グラディオ:必要な情報は?
ルシエル:月下と山賊団の中に、ウォーフロントで指揮を取る人がいるか。
ルシエル:いるなら、その人がどう動くか。
ルシエル:今のマップの主流。新しいマップがあるなら、その実戦上の癖。
ルシエル:そこを確認したいです。
グラディオ:取れるか。
少しだけ間があった。
先に答えたのは、ミスティアだった。
ミスティア:当たれる人はいます。
グラディオ:誰だ。
ミスティア:如月。
その名前が出た瞬間、ルシエルの返事が止まった。
ひまりは、知らない名前だった。
けれど、その名前が軽いものではないことだけは、すぐにわかった。
ルシエルだけではない。
名前を出したミスティアの声も、ほんの一瞬だけ、いつもの軽さを失っていた。
ひまり:如月さん……?
ミスティア:ウォーフロント勢です。今の環境を見るなら、話を聞く価値はあると思います。
ミスティア:ルシさんの昔の固定にいた人、ですよね?
ルシエル:はい。
短い返事だった。
それ以上は、ルシエルから説明しなかった。
ミスティアも、そこを掘らない。
ただ、ひまりには少しだけ不思議だった。
掘らない、というより。
そこに触れないことを、二人とも最初から決めているように見えた。
ミスティア:ただ、如月に話を聞くだけで終わらせるのは、たぶん危ないです。
グラディオ:理由は。
ミスティア:向こうに呼ばれる可能性があるからです。
チャット欄が、少しだけ静かになった。
ミスティア:あの人、呼ばれる側なので。
ミスティア:こっちが声をかけなかったら、月下か山賊団が呼ぶかもしれない。
ひまり:それって、そんなにまずいんですか?
ひまりは、思わず聞いた。
情報を知っている人なら、話を聞けばいいのではないかと思った。
けれど、すぐにルシエルが返した。
ルシエル:まずいです。
その返事は、いつもより少しだけ早かった。
ルシエル:如月さんは、私の昔の指揮を知っています。
ルシエル:それだけなら、まだいい。
ルシエル:ですが、今のウォーフロントも見ているなら、こちらの動き方をかなり読まれます。
ミスティア:しかも、相手側の戦場を整える方に回る。
ひまりは、そこで少しだけ理解した。
如月は、ただ情報を持っている人ではない。
その場に入れば、戦場そのものに影響を与える人なのだ。
グラディオ:敵に置くな、か。
ミスティア:はい。少なくとも、月下と山賊団側には渡したくないです。
ルシエルは否定しなかった。
ルシエル:同感です。
グラディオ:連絡は。
ミスティア:俺から当たります。
それは自然な返事だった。
ルシエルからではない。
ミスティアから。
ひまりは、少しだけルシエルの名前を見た。
なぜルシエルからではないのかは、わからない。
けれど、ルシエルもそれに異を唱えなかった。
グラディオ:取れるのか。
ミスティア:取れます。
ルシエル:今も?
その問いは、静かだった。
けれど、ひまりは少しだけ息を止めた。
ミスティアが、ほんのわずかに黙ったからだ。
長い沈黙ではない。
けれど、いつものミスティアなら、そこで軽口を挟むはずだった。
ミスティア:……まあ、取れますね。
ルシエル:そうですか。
それだけだった。
それだけなのに、ひまりには、何かが一瞬だけ冷えたように感じられた。
ミスティアはすぐに、いつもの声へ戻った。
ミスティア:ルシさんから如月に連絡取りますか?
確認するように、ミスティアが聞いた。
ほんの少しだけ間が空いた。
ルシエル:いえ。
ルシエル:私は以前の知り合いですから、ミスティアさんから言ってもらった方が通りがいいと思います。
ミスティア:了解です。
ミスティアは、それ以上聞かなかった。
ミスティア:今の環境、月下・山賊団側の指揮官候補、それと当日こちらに入れるかどうか。そこまで含めて当たります。
グラディオ:頼む。
ルシエル:お願いします。
ミスティア:はい。やってみます。
会議はそこで、一度落ち着いた。
受けるかどうかは、まだ決まっていない。
ウォーフロントで戦うなら、条件は厳しい。
二倍の敵。
装備差なし。
配信あり。
ひまりも戦場へ連れていく。
それでも、BEWは受けるかもしれない。
そのために、まず必要なのは、今の戦場を知ること。
そして、敵に渡してはいけない人を、こちら側へ呼ぶこと。
如月。
ルシエルの昔の固定にいた人。
ウォーフロントを知る人。
そして、ミスティアが今も連絡を取れる人。
ひまりは、チャット欄に残ったその名前を見つめた。
黒翼城の攻城戦は終わった。
鉄血旅団は降りた。
次の戦場は、城ではない。
ウォーフロント。
そこへ向かうために、BEWはひまりの知らない誰かへ手を伸ばそうとしていた。




