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第28話 次の戦場

 鉄血旅団は降りた。


 黒翼城の門前で、初代と二代目に叩かれ、三代目のヴォルフラムは《黒鉄鎌グリムリーパー》を折られた。


 それでも、鉄血旅団の評判は落ちなかった。


 むしろ上がった。


 正面から攻めた。


 先代に挑んだ。


 負けを認めた。


 引き際を間違えなかった。


 古戦場協定の義は果たした。


 だから、鉄血旅団はもうこの件から降りられる。


 問題は、そのあとだった。


 月下繚乱はまだ動いていない。


 山塞の山賊団も、まだ様子を見ている。


 BEWは黒翼城を守った。


 ひまりの配信によって、その戦いは外から見えるものになった。


 鉄血の攻城戦は祭りになった。


 黒潮と赤錆は話題になった。


 ヴォルフラムは負けたのに株を上げた。


 小麦畑は、白ドレスと黒鎌でさらに忙しくなった。


 そうして、BROの中でいくつもの話題が回っている間も、古戦場協定の話はまだ終わっていなかった。


 夜。


 ミスティアは、小麦畑の工房裏で素材整理を眺めていた。


 ひまりが昼間にまとめていた依頼票が、作業台の横に積まれている。


 白ドレスの追加注文。


 黒鎌風の表示用武器。


 ヴォルフラムからの《黒鉄鎌グリムリーパー》再作成依頼。


 BEW側の装備修理と追加加工。


 戦場で生まれた熱は、ちゃんと小麦畑に流れ込んでいた。


 ミスティアは、それを面白いと思う。


 戦争は、殴り合って終わりではない。


 素材が動く。


 金が動く。


 装備が作られる。


 見た目が流行る。


 また次の戦場が生まれる。


 そういう場所まで含めて、BROだった。


 その時、Discordに通知が入った。


 相手は、権蔵。


 山塞の山賊団のギルドマスター。


 RPPKギルドなどという面倒な看板を掲げ、山賊の格好でPKをする、変な古参。


 ミスティアは、少しだけ目を細めた。


――Discord:個別メッセージ――

権蔵:いるか

ミスティア:いますよ

権蔵:鉄血は降りた

ミスティア:ですね

権蔵:月下はまだ腹決めてねえ

ミスティア:でしょうね

権蔵:通常の攻城戦を続けても、おもしろくねえな


 ミスティアは、そこで指を止めた。


 権蔵は、こういう言い方をする。


 勝てるかどうかではなく、面白いかどうか。


 山塞の山賊団らしいと言えば、らしい。


ミスティア:おもしろくない、ですか

権蔵:BEWは城持ち、防衛側、装備も強い

権蔵:このまま月下と山賊団が順番に城攻めしても、押し切れねえ可能性が高い

ミスティア:ずいぶん素直ですね

権蔵:負ける喧嘩が嫌なんじゃねえ

権蔵:つまらん負け方が嫌なんだよ


 ミスティアは、小さく笑った。


 鉄血は、負け方で株を上げた。


 権蔵は、それをちゃんと見ている。


 だから、自分たちがどう負けるか、あるいはどう勝つかを考えている。


 ただ騒ぎたいだけの山賊ではない。


ミスティア:それで?

権蔵:ウォーフロントでやらねえか


 ミスティアの指が止まった。


 ウォーフロント。


 公式の大規模インスタンスPvP。


 装備性能やエンチャントの差は均一化される。


 専用スキル、専用ルール、専用フィールド。


 PKフィールドや攻城戦とは違う。


 装備差で押し切る場所ではない。


 位置取り。


 指揮。


 バーストの合わせ。


 妨害。


 撤退判断。


 集団の動かし方。


 そういうものが、そのまま出る。


ミスティア:月下と山賊団で?

権蔵:実質同盟だ

ミスティア:ウォーフロントは三つ巴ですよ

権蔵:だからいい

権蔵:月下と山賊団は、別陣営扱いで入る

権蔵:ただし実質同盟

権蔵:BEWは二倍の敵を相手にする


 ミスティアは、しばらく画面を見た。


 無茶な提案だ。


 普通に考えれば、BEWに不利すぎる。


 ウォーフロントは三つ巴。


 本来なら、三陣営が互いに牽制し合う。


 だが、月下繚乱と山塞の山賊団が実質同盟として動くなら、BEWは二方向から狙われる。


 数の上では、明らかに不利。


 ただし。


 装備差は消える。


 城防衛の地の利も消える。


 BEWの黒翼城も、レア装備も、高OEも、完全には活きない。


 そこで勝てば、BEWの強さは疑いようがない。


 ミスティアは、権蔵がそこを見ていることに気づいた。


ミスティア:BEWに不利ですね

権蔵:だから外部助っ人を認める

ミスティア:助っ人?

権蔵:ウォーフロント出身、昔の固定、野良指揮、誰でもいい

権蔵:BEW側が呼べるなら呼べ

権蔵:ただし数は決める

権蔵:月下と山賊団で組む分、そっちは助っ人込みで調整だ


 ミスティアは、そこで少しだけ黙った。


 外部助っ人。


 その言葉で、一人の名前が頭をかすめる。


 いや、正確には二人。


 帰蝶。


 如月。


 ルシエルのウォーフロント時代。


 ほとんど無敗とまで言われた固定。


 その崩壊。


 ミスティアは、詳しい事情を全部知っているわけではない。


 けれど、名前くらいは知っている。


 ウォーフロント界隈で、ルシエルの名がどれだけ強かったかも知っている。


 権蔵がそこまで考えているのか、それとも単に面白そうだから投げているのかはわからない。


 たぶん、両方だ。


ミスティア:それ、月下は了承してるんですか

権蔵:紫苑には投げた

権蔵:帰蝶は考えるだろうな

ミスティア:考えるでしょうね

権蔵:あいつは馬鹿じゃねえ

権蔵:私怨で動いたらDaybreakの二の舞になるのはわかってる

権蔵:だから、戦場を変える


 ミスティアは、画面を見つめた。


 戦場を変える。


 攻城戦ではない。


 黒翼城ではない。


 ひまりを直接狙う場所でもない。


 公式コンテンツとして用意された、合意制の大規模戦場。


 ウォーフロント。


 そこなら、ひまりを巻き込みすぎずに、BEWと古参側の力をぶつけることができる。


 同時に、BEWの装備差も、城の防衛力も消せる。


 月下繚乱が大義を保つには、たしかに悪くない。


 山賊団にとっても、祭りになる。


 そしてBEWにとっては。


 勝てば、強い。


 二倍の敵を、均一条件で倒した。


 その事実は、配信されれば間違いなく残る。


 ミスティアは、笑いそうになった。


 勝ち筋が見える。


 不利だ。


 無茶だ。


 でも、無理ではない。


 むしろ、これほどBEW向きの喧嘩もない。


ミスティア:月下と山賊団が組む。BEWは外部助っ人あり。装備エンチャ均一条件。フィールドはウォーフロント

権蔵:そうだ

ミスティア:配信は?

権蔵:そっち次第

ミスティア:そこ、こっち次第にします?

権蔵:ひまりが配信した方が盛り上がるだろ

ミスティア:山賊ですねえ

権蔵:山賊だからな


 ミスティアは、椅子の背に体を預けた。


 ひまりの配信。


 またそこに戻る。


 黒翼城防衛は、ひまりの配信によって祭りになった。


 鉄血の負けも、小麦畑の営業も、全部外へ見えた。


 今度のウォーフロントも配信されれば、BROの対人コンテンツとしては大きく盛り上がる。


 グラディオが求めていたもの。


 戦争を外に見せること。


 面白いと思うプレイヤーを増やすこと。


 MMOそのものが斜陽の中で、対人コンテンツを延命させること。


 それにもつながる。


 ただし、危険もある。


 ひまりがまた物語の中心に見える可能性がある。


 ルシエルがウォーフロントへ戻る。


 月下繚乱が動く。


 帰蝶がいる。


 如月の名前も、いずれ出てくるかもしれない。


 ミスティアは、軽口で流すには少し重いと判断した。


ミスティア:団で検討します

権蔵:逃げるか?

ミスティア:検討するって言ったんです

権蔵:団長に投げるってことか

ミスティア:そうですね。あと、ルシエルさんにも


 権蔵の返事が少し遅れた。


権蔵:ルシエルか

ミスティア:ウォーフロントなら、あの人を外して話せないでしょう

権蔵:だな

権蔵:あいつの戦場だ


 あいつの戦場。


 ミスティアは、その言葉をしばらく見ていた。


 今のルシエルはBEWの副長だ。


 黒翼城でひまりを庇った白騎士。


 《ガーディアン・エンジェル》と《セラフィックウィング》の持ち主。


 けれど、もともとはウォーフロントの人間だった。


 大規模戦の中で味方を守り、前に出て、ラインを支えるナイト。


 そのルシエルを、もう一度ウォーフロントに立たせる。


 それは、ただ次の戦場を選ぶだけではない。


 ルシエルの過去を、もう一度引っ張り出すことでもある。


ミスティア:返事はすぐにはしませんよ

権蔵:急がねえ

権蔵:月下も考える時間がいる

ミスティア:帰蝶さんですか

権蔵:あいつも、自分が何しに行くのか考えねえとな


 ミスティアは返事を打たずに、少しだけ画面を見た。


 権蔵の言い方は雑だ。


 けれど、そこにあるものはわかる。


 月下繚乱が私情で動けば、Daybreakの二の舞になる。


 だが、ウォーフロントなら違う。


 そこは、公式の戦場だ。


 戦う意思のある者が、ルールの中で戦う場所。


 ならば、帰蝶も立ちやすい。


 ルシエルも、立たざるを得ない。


 ミスティアは、ようやく返した。


ミスティア:団で検討します

権蔵:待ってる

権蔵:面白くしろよ

ミスティア:それ、こっちに言います?

権蔵:BEWだろ


 そこで個別メッセージは止まった。


 ミスティアは、しばらく画面を見ていた。


 ウォーフロント。


 月下繚乱。


 山塞の山賊団。


 BEW。


 外部助っ人。


 ひまりの配信。


 そして、ルシエル。


 次の戦場は、黒翼城ではない。


 PKフィールドでもない。


 装備差も、城壁も、ルート品も、全部いったん脇に置かれる。


 残るのは、指揮と、判断と、集団の動かし方。


 勝てば強い。


 負ければ言い訳は効かない。


 ミスティアは、口元に手を当てた。


 面白い。


 そう思ってしまった。


 たぶん、グラディオもそう思う。


 ルシエルは、どう思うだろう。


 スカーレットは、たぶん嫌な顔をする。


 ひまりは、またよくわからないまま巻き込まれる。


 けれど、この話を黙っておくわけにはいかない。


 ミスティアは、BEW幹部チャンネルを開いた。


――Discord:BEW幹部チャンネル――

ミスティア:団長、います?


 返事はすぐに来た。


グラディオ:いる

ミスティア:権蔵から非公式に探りが入りました

ルシエル:山塞の山賊団の?

ミスティア:はい

スカーレット:何

ミスティア:次、ウォーフロントでやらないかって話です


 チャンネルが、一瞬だけ止まった。


 文字だけなのに、空気が変わったのがわかった。


ルシエル:ウォーフロント、ですか


 その返事は、いつも通り丁寧だった。


 けれど、ミスティアには、ほんの少しだけ間があったように見えた。


ミスティア:月下と山賊団は実質同盟。BEWは二倍の敵を相手にする。その代わり、外部助っ人は認める。装備とエンチャは均一条件

スカーレット:不利

ミスティア:不利ですね

グラディオ:勝ち筋は

ミスティア:あります


 ミスティアは、そこだけは即答した。


ミスティア:二倍の敵を均一条件で倒せば、BEWの強さは疑いようがないです

ミスティア:黒翼城でも、高OEでも、装備差でもない

ミスティア:指揮と戦場判断で勝つことになる


 しばらく沈黙が落ちた。


 次に文字を打ったのは、グラディオだった。


グラディオ:検討する

ミスティア:そう返してあります

グラディオ:配信は

ミスティア:権蔵は、こっち次第と言ってました

スカーレット:ひまりを使う気か

ミスティア:使うというか、盛り上がるのは間違いないです

スカーレット:気に入らない

ミスティア:でしょうね


 ミスティアは、そこで少しだけ指を止めた。


 この場には、もう一つ共有しなければならないことがある。


 グラディオからまだ出ていない話。


 シルヴィスの待ち伏せ。


 それは、おそらくこのあと共有される。


 ゲームの中の次の戦場と、ゲームの外へ出てしまった問題。


 どちらも同じ夜に、BEW幹部チャンネルへ流れ込もうとしている。


 ミスティアは、画面の向こうでルシエルが何を考えているのか、少しだけ気になった。


 ウォーフロント。


 その言葉は、ルシエルの過去に触れる。


 そして、次のシーズンの戦場を開く。


 グラディオの文字が、もう一度流れた。


グラディオ:明日、全員で詰める

ミスティア:了解です

ルシエル:承知しました

スカーレット:了解


 ミスティアは、チャット欄を閉じなかった。


 まだ終わっていない。


 鉄血は降りた。


 だが、月下繚乱と山塞の山賊団は残っている。


 そして次の戦場は、黒翼城ではない。


 ウォーフロント。


 ルシエルがかつて、ほとんど無敗の固定を率いていた場所。


 その名前が、静かにBEW幹部チャンネルへ残っていた。


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