第25話 負けたのに、株が上がった
【System】攻撃側《鉄血旅団》が撤退を宣言しました。
【System】攻城戦は防衛側《Black End Wing》の勝利です。
システムメッセージが流れたあとも、ひまりの配信コメントは止まらなかった。
黒翼城の城門前では、鉄血旅団が隊列を整えながら下がっていく。
先頭ではなく、最後尾にヴォルフラムがいた。
折れた《黒鉄鎌グリムリーパー》を持ったまま、撤退するメンバーを見ている。
黒潮と赤錆は、城門前に立ったままだった。
もう追わない。
BEW側も、追撃には出ていない。
攻城戦は終わった。
けれど、コメント欄の熱は、むしろここから上がっていた。
《コメント》
:鉄血、負けたのに株上がってて草
:BEWに負けたっていうかOBにしばかれてた
:三代目、普通にかっこよかった
:グリムリーパー折られてからの撤退判断早かったな
:あれで粘らないの偉い
:鉄血メンバー、初代に殺されて嬉しそうなの何なんだよ
:教育されに来ましたは草
:赤錆さんにジャガーノート見せてって言って即死したやつ好き
:見えた!じゃないんよ
:祭りだワッショイ!
ひまりは、流れていくコメントを見ながら、少し首をかしげた。
「負けたのに、こんなに褒められることってあるんですね」
《コメント》
:ある
:あるある
:あるんだよなあ
:負け方が綺麗だと株上がる
:戦争ギルドは勝ち方より負け方で見られる時ある
:鉄血は筋を通した
:正面から来たしな
:先代にしばかれて降りたのはむしろ綺麗
:Daybreakとは違う
:湿度が違う
湿度。
またその言葉が出た。
ひまりは、少しだけ笑った。
Daybreakの時は、ひまり自身が狙われた。
理由のわからない感情をぶつけられて、何が起きているのかわからないまま、戦争の中心に置かれていた。
でも、今回の鉄血旅団は違った。
黒翼城を攻める。
BEWと戦う。
古戦場協定の義を果たす。
そのために来て、先代二人に止められて、三代目が負けを認めて降りた。
負けた。
けれど、逃げたようには見えなかった。
「戦争って、勝つか負けるかだけじゃないんですね」
《コメント》
:ひまちゃんがBROを学んでいる
:そう
:勝敗は大事だけど、それだけじゃない
:筋
:名分
:引き際
:あと祭り感
:祭り感は大事
:戦争屋は負けてもかっこよければ次がある
:泥になると終わる
「泥になると終わる……」
《コメント》
:あそこでグリムリーパー折られても粘ってたら泥だった
:死体回収もできないくらい突っ込むとただの荒れ
:撤退指示早かったの偉い
:ヴォルフラム、三代目してた
:黒潮と赤錆もちゃんと引導渡した感じ
:そして営業した
:営業www
:新しい鎌の作成はぜひ小麦畑へご用命を
:戦場営業やめろw
:いや商機だから
「そこは私もびっくりしました」
ひまりは、思わず本音をこぼした。
「武器が折れて、すごく真面目な場面だったのに、急に小麦畑さんの営業が始まったので……」
《コメント》
:小麦畑だからな
:生産ギルドは商機を逃さない
:武器が折れた=需要発生
:導線完璧すぎる
:折る、売る、鍛える
:赤錆さんが一番正しいツッコミしてた
:見積もり始めんなw
画面の中で、黒潮が城門前からゆっくり下がっていく。
赤錆もそれに続いた。
BEW側のメンバーが、城門の前に集まり始める。
グラディオは動かない。
ただ、撤退していく鉄血旅団を見送っている。
ルシエルは門前のラインに残っている。
ミスティアが、何かを言うように軽く杖を振った。
スカーレットの姿は、いつの間にか城壁の上に戻っている。
戦争が終わっても、それぞれの立ち位置はまだ崩れていなかった。
《コメント》
:BEWも追わないのいいな
:追撃したら空気変わるもんな
:鉄血が降りたから終わり
:グラディオもわかってる
:黒翼城防衛成功
:鉄血は撤退
:これできれいに終わった
ひまりは、画面を少し引いた。
黒翼城の門。
その前に残った傷跡。
鉄血旅団が下がっていく街道。
さっきまで、そこには斧と鎌と魔法が飛び交っていた。
今は、もう何も飛んでいない。
ただ、コメント欄だけが、まだ祭りの後みたいにざわめいている。
「鉄血旅団さん、負けたんですよね」
《コメント》
:負けた
:負けたね
:城落とせなかったから負け
:グリムリーパー折れたしな
:でも株は上がった
:負けたのに株が上がった
:タイトル回収
:まだタイトルじゃないw
ひまりは、笑ってしまった。
「負けたのに、株が上がった……なんか、不思議ですね」
《コメント》
:BROではよくある
:いやそんなに頻繁にはない
:きれいに負けるの難しいからな
:Daybreakはできなかった
:鉄血はできた
:湿度が違う
:また湿度w
その頃、掲示板も同じ話題で埋まっていた。
――匿名掲示板:BRO総合スレ Part291――
812:名無しの冒険者
鉄血、負けたのに株上がってて草
813:名無しの冒険者
BEWに負けたというか、OBにしばかれてた
814:名無しの冒険者
黒潮と赤錆が城門前に出てきた時点でイベント変わっただろ
815:名無しの冒険者
あれもう鉄血同窓会じゃん
816:名無しの冒険者
三代目がちゃんと三代目してたのが良かった
817:名無しの冒険者
グリムリーパー折られて即撤退判断したの偉い
あそこで粘ったら泥だった
818:名無しの冒険者
負けを認めて降りるのも戦争屋の仕事だからな
819:名無しの冒険者
赤錆のジャガーノートで武器折られた時点で、あれ以上は無理だろ
戦力的にじゃなくて、面子的に
820:名無しの冒険者
先代に武器折られた
三代目が負けを認めた
鉄血は降りる
流れがきれいすぎた
821:名無しの冒険者
これで鉄血は降りられるな
822:名無しの冒険者
むしろ一番きれいに抜けた
823:名無しの冒険者
古戦場協定の義理は果たした
BEW城攻めた
先代にしばかれた
三代目は撤退判断した
824:名無しの冒険者
完璧な負け方で草
825:名無しの冒険者
負け方に完璧とかあるんだよなあ
826:名無しの冒険者
問題は月下と山賊団がどうするか
827:名無しの冒険者
山賊団はたぶん面白ければ動く
828:名無しの冒険者
月下はどうだろうな
829:名無しの冒険者
帰蝶がどう動くかじゃね
830:名無しの冒険者
帰蝶、ひまりとルシエルの絵面にだいぶ反応してる感じある
831:名無しの冒険者
そこを戦争名分にするとDaybreakの二の舞では
832:名無しの冒険者
だから鉄血はうまく抜けたんだよ
私怨じゃなくて、古戦場協定の義理で一戦して降りた
833:名無しの冒険者
負けたのに一番得したまである
834:名無しの冒険者
グリムリーパー折れてるけどな
835:名無しの冒険者
新しい鎌の作成はぜひ小麦畑へご用命を
836:名無しの冒険者
営業やめろwww
837:名無しの冒険者
でも絶対頼むだろあれ
838:名無しの冒険者
黒潮にあそこで営業されたら断れん
839:名無しの冒険者
小麦畑、戦争でも商売でも勝ってるの草
840:名無しの冒険者
で、月下は?
掲示板の流れは、そこで少し変わった。
鉄血旅団は終わった。
では、次は誰が動くのか。
その問いが、静かに浮かび上がっていた。
同じ頃、古戦場協定の臨時チャンネルにも、ヴォルフラムの文章が流れた。
――Discord:古戦場協定・臨時チャンネル――
ヴォルフラム:鉄血旅団は、先ほどの一戦をもって降ります。
紫苑:承知しました。お疲れさまでした。
ヴォルフラム:古戦場協定の義は果たしたと判断しています。
権蔵:文句なしだろ
権蔵:正面から行った。先代にしばかれた。三代目が負けを認めた。引き際も間違えなかった。
権蔵:あれで鉄血はきれいに降りられる。
帰蝶:……負けているのに、ずいぶん評価されていますね。
権蔵:負け方がよかったからな。
帰蝶は、すぐには返さなかった。
鉄血旅団は、一戦だけして、負けを認めて、降りた。
BEW一強への牽制。
古戦場協定の大義。
シルヴィスの私怨。
帰蝶自身の古傷。
そのどれにも深く踏み込まず、筋だけ通して抜けた。
紫苑:鉄血旅団の判断は尊重します。
紫苑:ですが、BEW一強への問題が解消されたわけではありません。
帰蝶:そうですね。
帰蝶:むしろ今回の配信で、黒翼城の防衛も、先代たちの登場も、ひとつの物語として外に出てしまいました。
帰蝶:あの子本人が望んでいなくても、周囲が勝手に意味を与えていく。
権蔵:帰蝶。
帰蝶:なんでしょう。
権蔵:鉄血は、戦争をしに行った。
権蔵:だから負けても株が上がった。
権蔵:月下は、何をしに行くんだ。
チャンネルが静かになった。
その問いは、BEW一強への牽制という大義だけを聞いているのではなかった。
月下繚乱として動くのか。
帰蝶個人として動くのか。
それを、権蔵は聞いていた。
帰蝶:私は、シルヴィスではありません。
権蔵:知ってる。
権蔵:だから、考えろ。
帰蝶の入力中表示が出た。
消えた。
また出た。
帰蝶:考えます。
権蔵:そうしろ。
ヴォルフラム:鉄血旅団は、以後この件には参加しません。
紫苑:承知しました。
権蔵:俺はまだ様子見だ。
権蔵:面白けりゃ動く。つまらなけりゃ動かねえ。
臨時チャンネルは、そこで静かになった。
鉄血旅団は降りた。
しかも、負けたことで株を上げて。
残ったのは、BEW一強への大義と、月下繚乱の判断。
そして、帰蝶の中に残っているもの。
白いドレス。
聖堂。
ルシエルの《セラフィックウィング》。
ひまりの配信。
鉄血は笑って殴り合い、笑って負けて、きれいに降りた。
では、月下繚乱はどうするのか。
その答えは、まだ出ていなかった。




