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第24話 黒鉄鎌グリムリーパー

 ヴォルフラムは、黒翼城の門前を見ていた。


 初代、黒潮。


 二代目、赤錆。


 その二人が、城門前に並んでいる。


 想定外だった。


 だが、不快ではなかった。


 むしろ、これ以上ないほど鉄血らしい。


 鉄血旅団が黒翼城を攻める。


 その前に、鉄血の初代と二代目が立つ。


 ならば、越えるしかない。


 越えられなければ、そこまでだ。


 ヴォルフラムは、背負っていた両手鎌を握った。


 黒い鉄で作られた、細く長い鎌。


 《黒鉄鎌グリムリーパー》。


 初代の黒潮は、片手斧を使う。


 二代目の赤錆も、斧を使う。


 どちらも、見るからに鉄血旅団らしい戦士だった。


 太く、重く、真正面から殴って崩す。


 敵の盾ごと砕き、道を作る。


 そこに理屈はいらない。


 前に出て、殴る。


 倒れなければ、もう一度殴る。


 鉄血旅団の古い姿は、そういうものだった。


 ヴォルフラムは違う。


 体格は細い。


 重い斧を振り回すほどの圧はない。


 だから、間合いを見る。


 射程を見る。


 味方の進路を見て、敵の詠唱を見て、城門前の密度を測る。


 自分の一撃で誰かを砕くのではなく、一撃で陣形をずらす。


 ずれた場所へ、鉄血旅団を流し込む。


 それが、三代目としてのヴォルフラムの戦い方だった。


【Say】黒潮:来たか、ヴォル坊

【Say】赤錆:遅えぞ、三代目


 ヴォルフラムは、黒い鎌を構えた。


【Say】ヴォルフラム:鉄血旅団、参ります。


 城門前の空気が、少し変わった。


 それまで騒いでいた鉄血のメンバーたちも、動きを締める。


 遊びは終わらない。


 祭りも終わらない。


 けれど、ここからは三代目の一手だ。


 ヴォルフラムは、踏み込んだ。


【Battle】ヴォルフラムの《黒鉄鎌グリムリーパー》。


 黒い刃が、黒潮の斧の外側をなぞるように走った。


 斬るためではない。


 受けさせるための一撃。


 黒潮が斧を合わせる。


 その瞬間、ヴォルフラムは手首を返し、鎌の柄で黒潮の斧を引っかけた。


 力では勝てない。


 なら、角度を変える。


 黒潮の斧が、ほんの少し外へ流れた。


【Say】黒潮:ほう


 その隙間へ、鉄血の槍職が二人、走り込んだ。


 城門前の圧が変わる。


 赤錆が一歩出る。


 ヴォルフラムは、そこへ入らなかった。


 赤錆の間合いには入らない。


 あの斧は、受けてはいけない。


 《鉄血斧ジャガーノート》。


 鉄血旅団の二代目マスター、赤錆の象徴。


 重い。


 速い。


 そして、装備破壊に特化した、古い時代の狂った斧。


 まともに受ければ、武器が折れる。


 ヴォルフラムは知っている。


 見たことがあるからではない。


 語り継がれてきたからだ。


 赤錆の斧は、盾を割る。


 武器を砕く。


 そして、笑いながら前へ出る。


【Say】赤錆:逃げんなよ、三代目

【Say】ヴォルフラム:逃げていません。間合いを取っています。

【Say】赤錆:屁理屈だけは上手くなったな


 赤錆が笑った。


 ヴォルフラムは返さない。


 黒潮が城門前の正面を塞ぎ、赤錆が突破口を潰す。


 単純に強い。


 二人だけで防衛線を作っているわけではない。


 後ろにはBEWがいる。


 ミスティアの魔法が、鉄血後衛の足を止める。


 ルシエルが、門前の防衛線を崩させない。


 スカーレットは見えない。


 見えないということは、どこかで鉄血の後衛を切っている。


 グラディオは、まだ中央から動いていない。


 黒翼城は、まだ本気の奥を見せていない。


 ならば、ここで無理に押すべきではない。


 ヴォルフラムは、即座に判断した。


ヴォルフラム『第一、右へ振れ。第二、城門正面に圧。後衛、赤錆さんの足元を見るな。黒潮さんの斧の後に合わせろ』


 VCに返事はない。


 だが、鉄血旅団は動いた。


 正面のぶつかり合いから、少しだけ角度を変える。


 黒潮の斧を受けた瞬間に、横へ抜ける。


 赤錆の一撃を誘って、後続が別の線を作る。


 荒い。


 だが、通る。


 鉄血旅団は、まだ死んでいない。


【Say】黒潮:悪くない

【Say】赤錆:小賢しい

【Say】ヴォルフラム:三代目ですので。


 ヴォルフラムは、もう一度踏み込んだ。


 今度は赤錆へ。


 黒い鎌が、大きく弧を描く。


 斧より長い。


 剣より遠い。


 槍ほどまっすぐではない。


 鎌の強みは、相手の外側を刈れることだ。


 赤錆の肩口ではなく、斧を持つ腕の外側。


 そこを狙う。


【Battle】ヴォルフラムの《リーパーズエッジ》。


 黒い刃が、赤錆の装甲をかすめた。


【Battle】赤錆に 3,402 ダメージ。


 浅い。


 だが、それでいい。


 赤錆が斧を返す。


 ヴォルフラムは下がる。


 その瞬間、黒潮が横から入った。


【Battle】黒潮の《黒潮崩し》。


 避けきれない。


 ヴォルフラムは、鎌の柄で受けた。


 重い衝撃が、手元に来る。


 視界が揺れた。


 HPが削れる。


 だが、まだ立てる。


【Say】黒潮:受けたか

【Say】ヴォルフラム:受けました

【Say】黒潮:なら次だ


 黒潮が下がる。


 そこへ赤錆が来た。


 ヴォルフラムは、直感で理解した。


 これは、避けるべき一撃だ。


 受けてはいけない。


 足を動かす。


 だが、遅い。


 黒潮の一撃は、ダメージを取るためではなかった。


 ヴォルフラムの位置を、半歩だけ止めるためのものだった。


 その半歩で、赤錆の間合いが届く。


【Say】赤錆:教えといてやる、三代目


 赤錆の斧が、低く沈んだ。


【Say】赤錆:戦場で一番高い授業料は、武器だ

【Battle】赤錆の《ウェポンブレイク》。


 錆色の斧が、《黒鉄鎌グリムリーパー》の柄を叩いた。


 音がした。


 金属が折れる音。


 ひどく乾いた、取り返しのつかない音だった。


【Battle】赤錆の《鉄血斧ジャガーノート》。

【Battle】《黒鉄鎌グリムリーパー》の耐久値が限界を超えました。

【Battle】《黒鉄鎌グリムリーパー》は破壊されました。


 ヴォルフラムの手から、黒い鎌の先が落ちた。


 城門前の音が、一瞬だけ遠くなる。


 武器が折れた。


 メイン武器。


 三代目マスターとして持ってきた、自分の象徴。


 《黒鉄鎌グリムリーパー》。


 それが、赤錆の斧で砕かれた。


 鉄血旅団のVCが、ほんの一瞬、静かになった。


 ヴォルフラムは、折れた柄を見た。


 それから、黒潮を見た。


 赤錆を見た。


 黒翼城を見た。


 判断は、早かった。


 ここで粘れば、鉄血旅団はまだ戦える。


 武器を失っても、戦闘不能ではない。


 後衛は残っている。


 城門への圧も、完全には消えていない。


 だが、違う。


 今日の一戦は、ここまでだ。


 古戦場協定に従い、鉄血旅団はBEW城へ攻城戦を申し入れた。


 一戦した。


 先代二人が出た。


 三代目として前に出た。


 そして、象徴武器を折られた。


 これ以上、戦えば泥になる。


 引き際を間違えてはいけない。


 それもまた、鉄血だ。


【Say】ヴォルフラム:……敗北を認めます。


 城門前の動きが止まった。


 完全にではない。


 だが、鉄血旅団の前衛が、一斉に足を止めた。


【Say】赤錆:早いな

【Say】ヴォルフラム:遅ければ、鉄血の名に泥を塗ります。

【Say】黒潮:いい判断だ


 黒潮は、折れた《黒鉄鎌グリムリーパー》をちらりと見た。


 それから、ひどく自然な声で続けた。


【Say】黒潮:ヴォル坊

【Say】ヴォルフラム:はい。

【Say】黒潮:新しい鎌の作成は、ぜひ小麦畑へご用命を。


 城門前の空気が、変なところで止まった。


【Say】赤錆:営業すんな。

【Say】黒潮:商機だ。

【Say】赤錆:いま戦場だぞ。

【Say】黒潮:武器が折れた。需要が発生した。なら営業する。

【Say】ヴォルフラム:……検討します。

【Say】黒潮:素材持ち込み歓迎。高OE相談可。納期は応相談だ。

【Say】赤錆:見積もり始めんな。


《コメント》

:営業www

:ここで小麦畑w

:武器折る→新武器営業

:導線が完璧すぎる

:生産ギルドの鑑

:ヴォルフラム検討すなw

:赤錆さんのツッコミが正しい


 ひまりは、画面の前で固まった。


「えっ、そこで営業するんですか……?」


《コメント》

:する

:小麦畑だからする

:商機だからな

:戦争は需要

:鎌、折れましたからね

:言い方w


 ヴォルフラムは、折れた鎌の柄を握ったまま、ほんの少しだけ沈黙した。


 その沈黙が、笑いをこらえているものなのか、折れた武器を悼むものなのかは、ひまりにはわからない。


 だが、次の声はもう三代目マスターのものだった。


ヴォルフラム『全員、撤退。城門前から下がれ。追撃には応じるな。死体回収を優先。これは敗走ではない。撤退だ』


 返事が飛ぶ。


鉄血旅団員『了解!』

鉄血旅団員『撤退します!』

鉄血旅団員『死体回収行きます!』

鉄血旅団員『グリムリーパー……』

ヴォルフラム『見るな。下がれ』

鉄血旅団員『はい!』


 鉄血旅団が、少しずつ城門前から下がり始めた。


 浮かれた空気は、まだ残っている。


 だが、誰も撤退命令に逆らわなかった。


 初代と二代目に挑んだ。


 負けた。


 なら、降りる。


 それでいい。


 それができるから、鉄血旅団はまだ鉄血旅団でいられる。


【Say】赤錆:泣かなかったな、ひよっこ

【Say】ヴォルフラム:泣くほど若くありません。

【Say】黒潮:若いだろ

【Say】ヴォルフラム:三代目です。

【Say】赤錆:そうかよ


 赤錆は、斧を肩に担いだ。


【Say】赤錆:じゃあ、三代目。次は折られねえ武器持ってこい


 ヴォルフラムは、折れた鎌を見た。


 それから、短く答えた。


【Say】ヴォルフラム:はい。

【Say】黒潮:だから、次は小麦畑へ。

【Say】赤錆:まだ言うか。

【Say】黒潮:大事なことだ。


 鉄血旅団のメンバーから、笑いが漏れた。


 敗北のあとに、笑える。


 それでよかった。


 黒潮が一歩下がる。


 赤錆も下がる。


 城門前が空く。


 けれど、鉄血旅団はもう進まない。


 攻城戦は、終わった。


【System】攻撃側《鉄血旅団》が撤退を宣言しました。

【System】攻城戦は防衛側《Black End Wing》の勝利です。


 システムメッセージが流れる。


 だが、ヴォルフラムにとって、それは少し違っていた。


 BEWに完全敗北したわけではない。


 黒翼城を落とせなかった。


 それは事実だ。


 けれど、鉄血旅団は、古戦場協定の義を果たした。


 一戦した。


 負けた。


 そして、先代二人に引導を渡された。


 ならば、面子は立つ。


 鉄血旅団は降りられる。


 湿った私怨に付き合う必要もない。


 負けを負けとして持ち帰ることができる。


 ヴォルフラムは、撤退する隊列の最後尾で振り返った。


 黒潮と赤錆が、城門前に立っていた。


 その後ろに、黒翼城。


 さらにその奥に、BEW。


 ヴォルフラムは、折れた《黒鉄鎌グリムリーパー》を軽く掲げた。


【Say】ヴォルフラム:鉄血旅団は、これをもって降ります。

【Say】黒潮:受け取った

【Say】赤錆:鍛え直してこい

【Say】ヴォルフラム:次は、折られません。

【Say】赤錆:折る側の台詞だ、それは

【Say】黒潮:素材はいいものを持ってこい。

【Say】ヴォルフラム:……検討します。


 鉄血旅団のメンバーから、また笑いが漏れた。


 ヴォルフラムは、踵を返した。


 黒鉄鎌は折れた。


 だが、鉄血旅団は折れていない。


 今日の一戦は、ここで終わりだった。


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