第22話 戦争配信、はじまります
開戦時刻は、すでに告知されていた。
【System】古戦場協定に基づく攻城戦が開始されます。
【System】攻撃側:《鉄血旅団》
【System】防衛側:《Black End Wing》
【System】戦場:黒翼城外郭
【System】開戦まで、あと十分です。
そのシステム告知は、BRO全域に流れた。
黒翼城の周辺には、すでに見物人が集まり始めている。
攻城戦の戦場は、完全なインスタンスではない。指定された戦闘区域の外からなら、遠巻きに眺めることはできる。
ただし、近づきすぎれば普通に巻き込まれる。
範囲攻撃。
突撃ルート。
流れ弾。
戦場の混乱に紛れたPK。
現地で見るには、それなりの覚悟がいる。
だから、怖くて現地に行けないプレイヤーたちは、ひまりの配信を待っていた。
「こんばんは。今日は、鉄血旅団さんとBEWの攻城戦を配信します」
ひまりは、BEW側に指定された場所に立っていた。
黒翼城の外郭を見下ろせる、高い石造りの観戦区画。
外の【Say】が拾える距離にあり、見晴らしもいい。城門前の広場、左右の外壁、街道から近づいてくる敵影まで、かなり広く見渡せる。
けれど、ここには攻撃が当たらない。
黒翼城の攻城戦用に設定された特殊構造で、戦闘区域とは判定が切り離されているらしい。矢も魔法も範囲攻撃も届かない。見えるし、声も拾えるが、戦闘には干渉できない。
観戦と配信用の場所。
そう説明されて、ひまりはそこに立っていた。
「ここは、攻撃が当たらない場所だそうです。戦場は見えるんですけど、判定は別みたいで……たぶん、観戦用の場所ですね」
《コメント》
:きたああああ
:鉄血来た
:BEW城攻めだ
:現地怖いから配信助かる
:ひまちゃん視点ありがたい
:黒翼城ちゃんと見るの初めて
:ここ見晴らしいいな
:安全地帯あるんだ
:現地行ったら普通に死にそう
:さっき外郭近くで巻き込まれてたやついたぞw
「え、もう巻き込まれた人いるんですか?」
《コメント》
:いる
:いた
:開戦前なのに死んでた
:近づきすぎなんよ
:戦争見物初心者あるある
:BROだからなあ
ひまりは、少しだけ笑った。
「見物に行く方は、気をつけてくださいね。私の画面からでも、けっこう見えると思うので」
そう言ってから、ひまりは視点を動かした。
黒翼城。
BEWの本拠地。
黒い石で組まれた外壁の上に、翼のような装飾が張り出している。城門の左右には、黒い旗が掲げられ、風に揺れていた。
いつものギルド拠点として見る黒翼城とは違う。
今日は、戦場として開いている。
外郭の内側には、BEWのメンバーが並んでいた。
数は多くない。
それでも、立ち位置に迷いがなかった。
門前に重装備の前衛。
その後ろに魔導士。
高所に弓と暗殺職。
城壁上に支援職。
そして、中央の一段高い場所に、グラディオがいた。
《コメント》
:グラディオいる
:黒槍だ
:団長きた
:BEW少なくない?
:少数精鋭だからな
:この人数で守るのか
:鉄血相手にどうなるか見たい
ひまりは、コメントを見ながらも、拾いすぎないようにしていた。
昨日、スカーレットに言われた。
変なのは拾うな。
ほんとに拾うな。
ほんとに。
最後の念押しが妙に強かったので、まだ耳に残っている。
「えっと、戦況の詳しい解説は、私にはたぶんできません。なので、見えたものを、そのままお伝えします」
《コメント》
:それでいい
:ひまちゃん視点が見たい
:解説は掲示板民が勝手にやる
:コメント欄軍師の出番だぞ
:やめろw
:ひまちゃんは生きててくれればいい
:ここ攻撃当たらないって言ってただろw
そのとき、戦場の向こう側が動いた。
黒翼城へ続く街道の先。
鉄の色をした一団が、ゆっくりと姿を現した。
鉄血旅団。
先頭に立つのは、黒い両手鎌を背負った細身の戦士。
ヴォルフラムだった。
その後ろに、斧、槍、盾、弓、魔導士が続く。
装備は派手ではない。
けれど、妙に目を引いた。
長く使い込まれた武器。
何度も修理されたような鎧。
色の落ちたマント。
それぞれが、自分の立つ場所を知っているような歩き方。
イベントに参加しに来た集団というより、いつもの戦場へ来た人たち、という感じがした。
《コメント》
:鉄血きた
:うわ本物だ
:ヴォルフラムいる
:グリムリーパー背負ってる
:鉄血の並び方いいな
:これ戦争屋の歩き方だ
:なんか空気違うな
ひまりは、思わず画面を少し寄せた。
怖い、というより、迫力がある。
Daybreakの時とは違った。
誰か一人に感情をぶつけるような、湿った感じではない。
城を落としに来た。
戦争をしに来た。
その目的が、まっすぐ見える。
鉄血旅団の一部が、ひまりのいる観戦区画に気づいた。
ひまりのキャラクター名。
配信用の立ち位置。
そして、こちらを向いた視線。
次の瞬間、鉄血の斧戦士のひとりが、こちらへ向かって大きく手を振った。
【Say】鉄血旅団員:ひまちゃん配信映ってるー?
《コメント》
:草
:手振ってるw
:敵www
:戦争前だぞw
:余裕ありすぎだろ
:鉄血かわいいな
:いや相手BEWだぞw
ひまりは、完全に困惑した。
「え、あの、映ってます……」
【Say】鉄血旅団員:やったぜ
別の鉄血メンバーが、武器を掲げた。
【Say】鉄血旅団員:黒翼城攻め、記念に映っとこ
【Say】鉄血旅団員:あとで見返すわ
【Say】鉄血旅団員:ヴォルフラムさん、映ってますよ
ヴォルフラムは振り返らなかった。
ただ、鎌を持つ手を少しだけ上げた。
それだけで、鉄血側の数人が笑うように跳ねた。
《コメント》
:ヴォルフラム手上げた?
:上げたw
:ファンサあるの草
:古参PKギルドのファンサ
:敵なのに楽しそう
:こういうノリ好き
:ちゃんと戦争前の空気だな
ひまりは、どう反応していいかわからなかった。
敵だ。
このあと、BEW城を攻めてくる相手だ。
ひまりが所属しているギルドの城を落としに来た人たちだ。
なのに、戦闘前の鉄血旅団は、妙に楽しそうだった。
ふざけているわけではない。
軽く見ているわけでもない。
むしろ、本気なのは見ればわかる。
装備の整え方。
隊列の詰め方。
前衛と後衛の距離。
誰も無駄に動いていないこと。
その上で、楽しんでいる。
強い相手と戦えることを。
黒翼城を攻めることを。
今日の一戦が、ちゃんと戦争になることを。
「……なんか、楽しそうですね」
《コメント》
:楽しそう
:戦争屋だからな
:強い相手とやれるの楽しいんだろ
:これが古参PKギルドか
:Daybreakの時と空気違うな
:湿度が違う
:わかる
:今回はちゃんと戦争って感じする
ひまりは、そのコメントを見て、小さく頷いた。
「ちゃんと戦争……」
その言い方が正しいのかは、わからない。
でも、少しだけわかる気がした。
シルヴィスの時は、ひまり自身が狙われた。
自分でも理由のわからない感情を、ぶつけられた。
だから、怖かった。
今回も緊張はする。
でも、Daybreakの時とはまったく違う。
鉄血旅団は、ひまりを見ているようで、見ていない。
配信には手を振る。
コメント欄には乗る。
けれど、彼らが本当に見ているのは、黒翼城だった。
そして、その城を守るBEWだった。
【System】開戦まで、あと一分です。
コメント欄の流れが、一気に速くなった。
《コメント》
:くるぞ
:一分
:うわ緊張してきた
:現地組下がれ
:ひまちゃん視点固定助かる
:鉄血がんばれ
:BEW守れ
:どっちも見たい
:いい戦争になれ
ひまりは、画面の中央に黒翼城の門を入れた。
左にBEW。
右に鉄血旅団。
その間に、まだ何もない戦場が広がっている。
何もないのに、もう始まっているように見えた。
「まもなく、始まります」
自分の声が、少しだけ上ずっているのがわかった。
けれど、配信は切らなかった。
ここから先を、たくさんの人が見ている。
黒翼城の攻城戦。
鉄血旅団の一戦。
BEWの戦争。
そして、ひまりの配信。
【System】攻城戦を開始します。
その文字が流れた瞬間。
鉄血旅団の前衛が、一斉に動いた。




