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第19話 古戦場協定

 古戦場協定の臨時チャンネルが立ったのは、終戦宣言から三日後だった。


 参加者は四人。


 《月下繚乱》ギルドマスター、紫苑。

 《月下繚乱》サブマスター、帰蝶。

 《鉄血旅団》ギルドマスター、ヴォルフラム。

 《山塞の山賊団》ギルドマスター、権蔵。


 《Black End Wing》は呼ばれていない。


 当然だった。


 今回の議題は、BEWそのものだからだ。


 《小麦畑》も呼ばれていない。


 あそこは生産ギルドの顔をしているが、今はBEWの同盟ギルドだ。レア素材の流れも、装備更新も、黒翼側と深く結びついている。


 少なくとも、この場では中立として扱えない。


 ――Discord:古戦場協定・臨時チャンネル――


 最初に文章を打ったのは、紫苑だった。


紫苑:お集まりいただき、ありがとうございます。今回の件、皆さんもご存知かと思いますが、改めて整理させてください。


 紫苑の文章は、いつも丁寧だった。


 句読点が正確で、段落が整っていて、読む側に負荷をかけない。


 ただ、それは読みやすいというだけではない。


 整いすぎた文章は、時々、刃物のようにも見える。


紫苑:《Black End Wing》が配信者ひまりを抱えたことで、Daybreakとの抗争は配信・SNS・掲示板を通じて大きく拡散されました。


紫苑:これにより、PKギルド同士の抗争が、ゲーム内の戦争結果だけでは処理できない形で外部観測される事例が生まれています。


紫苑:装備差、人脈、そして今回のような情報戦まで含めると、BEWの一強状態は、このまま放置できない段階に来ていると考えています。


紫苑:古戦場協定の趣旨に照らしても、今こそ動くべき時ではないでしょうか。


 しばらく、誰も打たなかった。


 紫苑の言葉は、きれいに整っていた。


 BEW一強。

 配信者ひまり。

 情報戦。

 PKギルド界隈全体の問題。


 どの言葉も、会議の議題としては間違っていない。


 間違ってはいないからこそ、そこに含まれていないものが目立った。


 次に打ったのは、帰蝶だった。


帰蝶:同意します。あのひまりという配信者、本人は何もしていないように見せていますが、BEWの看板として機能しているのは明らかです。


帰蝶:放置すれば、BEWの正当性がゲーム外でも固まっていく。


帰蝶:黒翼に守られた聖女、という絵面は、本人が望んでいなくても強いです。


 帰蝶の文章も丁寧だった。


 だが、紫苑ほど平らではなかった。


 ひまり。


 その名前を打つ時だけ、ほんの少し、温度が変わる。


帰蝶:生産配信者。非戦闘職。PKギルドに守られる少女。白いドレス。聖堂。ルシエルさんの《セラフィックウィング》。


帰蝶:あれは、ひとつの物語として成立しています。


帰蝶:本人が無自覚なら、なおさら強い。


 ヴォルフラムは、少し間を置いてから打った。


ヴォルフラム:主旨は理解した。ただ、今回の発端についてはもう少し整理が必要だと思う。


 《鉄血旅団》の現ギルドマスター、ヴォルフラム。


 黒い両手鎌を使う戦士で、古いPKギルドの三代目としては、ずいぶん細い印象を持たれがちな男だった。


 ただし、打つ文章は細くない。


 短く、条件が明確で、曖昧なものを嫌う。


 その直後だった。


権蔵:あれだろ


 《山塞の山賊団》のギルドマスター、権蔵。


 山賊RPを名乗り、ぼろぼろの装備で山を駆け、片手斧を振り回してPKする男。


 文章も、だいたい山賊だった。


権蔵:どうせ帰蝶が、DaybreakのシルヴィスにBEWへの愚痴聞かされて、泣きつかれただけだろ


 チャンネルが止まった。


 文字だけの場所なのに、空気が固まるのがわかった。


権蔵:姫同士仲いいもんな


帰蝶:言い方というものがあるでしょう。


権蔵:山賊に上品な言い方求めんな


 帰蝶の返事は早かった。


 早かった分だけ、刺さっているのがわかった。


 紫苑が割って入る。


紫苑:権蔵さん。発端がどうであれ、問題の本質はBEWの現状にあります。


権蔵:本質ね


 権蔵はそこで少し間を置いた。


権蔵:俺が聞きたいのはそこだよ


権蔵:シルヴィスの私怨を、誰がどうやってBEWへの戦争名分に変換するつもりなのか


 今度は、誰もすぐに返さなかった。


 紫苑も。

 帰蝶も。

 ヴォルフラムも。


権蔵:帰蝶が泣きつかれた


権蔵:紫苑がそれを大義名分に仕立てた


権蔵:ヴォルフラムが義理で引っ張り出された


権蔵:俺は今、その会議にいる


権蔵:合ってるか


 雑な文章だった。


 だが、雑なだけではなかった。


 権蔵は、古戦場協定の臨時チャンネルが立った時点で、だいたいの構図を読んでいた。


 Daybreakは負けた。

 シルヴィスは止まっていない。

 Nachtは消えた。


 古参PK界隈にとって、Nachtの削除はただの個人事情ではない。


 元BEW副長。

 現Daybreak副長。

 シルヴィスの横で、Daybreakの暴走をぎりぎり形にしていた男。


 そのNachtが、自分のメインキャラを削除した。


 蓄積型MMOで、古参のメインキャラが消える。


 それは、引退とは違う。

 名前を変えたのとも違う。

 気分転換でもない。


 あったものを、なかったことにする行為だった。


 そして、それが終戦宣言直後に起きた。


 知らないふりをするには、少し目立ちすぎた。


 紫苑は、少し時間をかけてから打った。


紫苑:……合っていない部分もあります。ただ、合っている部分もあります。


 それは、紫苑にしては珍しい返し方だった。


 整った文章の中に、ほんの少しだけ本音が混ざる。


紫苑:正直に言います。シルヴィスの件が発端なのは否定しません。


紫苑:ただ、BEW一強状態への問題意識は、私自身が以前から持っていたものです。


紫苑:最近、まともな戦争がない。後続が育たない。装備差とエンチャ差だけで結果が決まる戦場が続いている。


紫苑:一度、誰かがBEWと正面からやり合う必要があると思っていました。


紫苑:今回は、その機会だと判断しました。


 ヴォルフラムが続けた。


ヴォルフラム:紫苑の言う問題意識は理解できる。


ヴォルフラム:ただ私は、シルヴィス個人の嫉妬に肩入れするつもりはない。


ヴォルフラム:鉄血旅団として古戦場協定の義理は果たす。


ヴォルフラム:一戦だけBEW城を攻める。勝てば続ける。負ければ降りる。


ヴォルフラム:それだけだ。


 条件は明確だった。


 シルヴィスのためではない。

 帰蝶のためでもない。

 紫苑の大義に全面的に乗るわけでもない。


 ただ、古戦場協定に名を連ねるギルドとして、一戦だけ出る。


 勝てば、その勝利に意味が生まれる。

 負ければ、それまでだ。


 権蔵が少し間を置いてから打った。


権蔵:ヴォルフラムは正直でいいな


権蔵:俺も似たようなもんだ


権蔵:山賊として面白いかどうかで動く


権蔵:シルヴィスの気持ちの整理に付き合う気はない


権蔵:ただ、戦争が起きるなら、山賊団として混ざる余地はある


 そこで、帰蝶が打った。


帰蝶:……権蔵さん。私がシルヴィスに肩入れしているように見えるのはわかっています。


権蔵:見えるんじゃなくて、してるだろ


帰蝶:否定はしません。


 今度は、帰蝶も逃げなかった。


帰蝶:ですが、ひまりという存在が、このまま「BEWに守られた聖女」として定着することへの懸念は、私個人のものでもあります。


帰蝶:あの構図は、強すぎる。


帰蝶:ひまりさん本人の意思とは別に、周囲が物語を作っていく。


帰蝶:それは、戦場の勝敗より厄介なことがあります。


 権蔵は、少し待ってから返した。


権蔵:それは帰蝶の話か、シルヴィスの話か


 帰蝶は、しばらく返さなかった。


 チャンネルの中で、その沈黙だけが答えだった。


 けれど、権蔵はそこで止めなかった。


権蔵:帰蝶


帰蝶:なんでしょう。


権蔵:お前も如月も、ルシエルのそういうところが嫌で離れたんじゃなかったか


 今度こそ、空気が止まった。


 紫苑も打たない。

 ヴォルフラムも打たない。


 帰蝶の名前の横に、入力中の表示が出た。


 消えた。


 また出た。


 また消えた。


 それから、ようやく短い一文が流れた。


帰蝶:過去の話です。


権蔵:過去の話なら、白いドレス一枚で会議なんか立てねえよ


帰蝶:これはBEWの話です。


権蔵:そういうことにしといてやる


 権蔵は、それ以上は刺さなかった。


 だが、もう十分だった。


 ルシエルは、いつも優しかった。


 戦場では前に立つ。

 味方を守る。

 危ない時には迷わず庇う。

 声を荒げず、誰かを責めず、最後まで騎士のように振る舞う。


 だからこそ、ひどい。


 如月も、帰蝶も、ルシエルに愛想を尽かした理由は同じだった。


 どちらかを傷つけたかったわけではない。

 どちらも大切に扱おうとした。

 どちらにも誠実であろうとした。


 その結果、どちらにも選ばれなかった。


 そんな男が、今度はひまりの前に立った。


 白いドレス。

 聖堂。

 配信。

 コメント欄。

 《セラフィックウィング》。


 外から見れば、美しい物語だった。


 帰蝶は、その美しさを否定できなかった。


 否定できないから、余計に腹が立つ。


 臨時チャンネルは、そのまましばらく静かになった。


 戦争の名分は、まだ整っていない。


 けれど、火種だけはもう、十分すぎるほど見えていた。

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