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第13話 終戦と、終わらない火種

 低層マンションの部屋に戻ると、グラディオはすぐに照明をつけた。


 広めのリビング。


 壁際には仕事用のデスクがあり、大きめのモニターが二枚並んでいる。隣には、ゲーム用のPCと、通話用の環境も整っていた。


 会社と自宅とギルドの指揮所が、ひとつの部屋に押し込まれている。


 ルシエルにとっては、懐かしい光景だった。


「変わりませんね」


「どこが」


「全部です」


 ルシエルは上着を椅子の背にかけ、昔と同じ場所に置かれている来客用の布団を見た。


 本当に、まだあった。


 グラディオは返事をせず、PCの電源を入れる。


 低い起動音。


 モニターにログイン画面が映る。


 時計は、二十三時四十一分を示していた。


「二十四時まで、あと少しですね」


「ああ」


 グラディオはDiscordを開き、BEWの幹部チャンネルを確認する。


 終戦宣言の文面は、すでに用意してある。


 ただし、出す場所はDiscordではない。


 Black End Wingのギルド専用Xアカウント。


 対外的な宣言を出すなら、そこだった。


 Daybreak側も、同時刻に公式Xアカウントから終戦宣言を出すことになっている。


 ゲーム内のギルド戦争は、今日の二十四時をもって終わる。


 少なくとも、対外的には。


「コーヒー飲むか」


「この時間にですか?」


「眠る気あるのか」


「まあ、ありませんね」


 ルシエルは苦笑して、デスク横の椅子に腰を下ろした。


 グラディオがキッチンへ向かおうとした、その時だった。


 Discordの通知音が鳴る。


 DMだった。


 送り主は、ひまり。


 グラディオの手が止まった。


「ひまりさんですか?」


「ああ」


 ルシエルの声が、少しだけ変わる。


 グラディオは椅子に戻り、DMを開いた。


――Discord:DM――


ひまり:夜分にすみません。

ひまり:さっき、ゲーム内でシルヴィスさんからWhisperが来ました。

ひまり:ミスティアさんに、返事せずスクショを撮ってグラディオさんに確認した方がいいと教えてもらっていたので、送ります。


 その下に、画像が添付されている。


 ゲーム画面の右下。


 チャット欄に、一行だけ文字が映っていた。


【Whisper】Sylvis:お願い、話をきいてほしいの


 ルシエルは、その文字を見て、黙った。


 グラディオも、すぐには何も言わなかった。


 短い一文だった。


 攻撃ではない。


 罵倒でもない。


 謝罪にも見える。


 相談にも見える。


 ただ、ひまりに直接伸ばされた手だった。


「……来ましたね」


 ルシエルが静かに言った。


「ああ」


「これは、攻撃ではない」


「そうだな」


 グラディオの声は低かった。


「だが、深い攻撃かもしれない」


 ルシエルは否定しなかった。


 ひまりは、シルヴィスとの因縁を知らない。


 グラディオとシルヴィスの過去も、ナハトのことも、Daybreak内部の事情も知らない。


 そんな相手に「お願い、話をきいてほしいの」と送る。


 それは、刃ではない。


 けれど、受け取った側に罪悪感を持たせるには、十分な言葉だった。


「ミスティアが教えておいてくれて助かりましたね」


「あとで礼を言う」


 グラディオは、すぐに返信を打った。


――Discord:DM――


グラディオ:確認した。報告ありがとう。

グラディオ:ひまりは返事しなくていい。これはひまりが対応する話じゃない。

グラディオ:今後も同じようにスクショを送ってくれ。

グラディオ:今日はもう休んでいい。


 少し間を置いて、ひまりから返事が来た。


ひまり:わかりました。

ひまり:おやすみなさい。


 グラディオは画面を見つめたまま、短く息を吐いた。


「素直ですね」


「だから危ない」


 グラディオは即答した。


 ルシエルは何も言わず、ただ頷く。


 この手の接触に、ひまりは慣れていない。


 悪意を悪意として受け取る前に、まず相手の困りごととして見てしまう。


 それは彼女の良さでもある。


 だが、今は危うさでもあった。


「BBS見ますか」


 ルシエルが言った。


「見る」


 グラディオはブラウザを開く。


 BRO総合スレ。


 DaybreakとBEWの戦争は、まだ話題の中心にあった。


――匿名掲示板:BRO総合スレ Part289――


812:名無しの冒険者

今日24時で終戦宣言出るってマジ?


813:名無しの冒険者

ナハトが裏でまとめたっぽい


814:名無しの冒険者

胃薬案件


815:名無しの冒険者

Day側、装備ごっそり剥がれて終戦は草


816:名無しの冒険者

でも不意打ち布告したのDayだしなあ


817:名無しの冒険者

ひまり配信が歴史資料になってるのほんと草


 そこまでは、いつもの流れだった。


 煽り。


 考察。


 古参の昔語り。


 終戦宣言を待つ祭りの空気。


 だが、少し下へスクロールしたところで、流れが変わっていた。


843:名無しの冒険者

聖女(笑)


844:名無しの冒険者

守られてるだけで聖女扱いとか楽でいいよね


845:名無しの冒険者

PKのことも戦争のことも何も知らないくせに


846:名無しの冒険者

ルシエルに庇われて、コメント欄に持ち上げられて、次は小麦畑の広告塔?


847:名無しの冒険者

何もしてない子が中心にいるの、さすがに気持ち悪い


 ルシエルの表情が消えた。


 グラディオは、無言で画面を見ている。


 書き込みの名前は名無し。


 IDも、ただの英数字だ。


 けれど、文体は隠せていなかった。


848:名無しの冒険者

本人降臨おつ


849:名無しの冒険者

文体隠す気なくて草


850:名無しの冒険者

終戦宣言出したばっかですよ


851:名無しの冒険者

まだ出てない。あと十分ある


852:名無しの冒険者

そういう問題じゃねえw


853:名無しの冒険者

ナハト胃薬案件


854:名無しの冒険者

シルヴィスさん、焼き肉屋で何を話してきたんですかねえ


855:名無しの冒険者

聖女(笑)って言い方がもう隠す気ない


856:名無しの冒険者

守られてるだけって、襲った側が言うの強すぎる


857:名無しの冒険者

ひまりは採掘してるだけでも襲われるからな


858:名無しの冒険者

もうそれ護衛いるじゃん


859:名無しの冒険者

だからBEWが護衛してるんだろ


860:名無しの冒険者

公式カップル疑惑より、シルヴィス粘着疑惑の方が濃くなってきた


 ルシエルが、ゆっくりと息を吐いた。


「……早いですね」


「終戦前にこれか」


「ナハトさん、見てますかね」


「見てるだろうな」


 グラディオは、時刻を確認した。


 二十三時五十六分。


 あと四分。


 Discordの幹部チャンネルにも、ミスティアから連絡が来ていた。


――Discord:BEW幹部チャンネル――


ミスティア:BBS見てる?

ミスティア:あれ、たぶん本人だよね

スカーレット:潰す?

ミスティア:終戦前に再開戦しないで

スカーレット:まだ終戦してない

ミスティア:そういう問題じゃない


 グラディオは短く打ち返す。


グラディオ:見るだけにしろ

グラディオ:ひまりには触らせるな

ミスティア:了解

スカーレット:了解


 ルシエルは、そのやり取りを横から見ていた。


「スカーレット、かなり怒ってますね」


「いつもだ」


「今回はいつもよりでしょう」


「そうだな」


 グラディオは否定しなかった。


 その時、またDM通知が鳴った。


 今度はナハトだった。


――Discord:DM――


ナハト:BBSは見ている。

ナハト:こちらで止める。

ナハト:終戦宣言は予定通り出す。

ナハト:本当にすまない。


 グラディオは、短く返信した。


グラディオ:予定通り出せ。

グラディオ:止められないなら、次はナハトごと叩く。


 送信。


 ルシエルは、その文字を見て苦笑した。


「容赦ないですね」


「さっき言った通りだ」


「でしょうね」


 それでも、ルシエルは止めなかった。


 必要な線だった。


 ナハトがシルヴィスを止められないなら、Daybreakの副長として責任を負う。


 それが、グラディオの筋だった。


 二十三時五十九分。


 グラディオは、Black End Wingのギルド専用Xアカウントを開いた。


 文面は、すでに用意してある。


 短い文章。


 余計な感情は入っていない。


 だが、必要なことはすべて書いてある。


――X:Black End Wing公式――


Black End Wingは、本日24時をもってDaybreakとのギルド戦争を終結します。

以後、今回の戦争に紐づく報復行為、粘着行為を禁止します。

ただし、通常のPKフィールド上の交戦はこの限りではありません。

各員、勝手に火を足さないこと。


 投稿予約。


 秒針が進む。


 零時。


 グラディオは投稿した。


 ほぼ同時に、Daybreakのギルド専用Xアカウントにも終戦宣言が出る。


――X:Daybreak公式――


Daybreakは、本日24時をもってBlack End Wingとのギルド戦争を終結します。

今回の同盟解除および開戦について、同盟ギルドに対する事前調整を欠いた行為であったことを認めます。

以後、今回の戦争に紐づく報復行為、粘着行為を禁止します。

通常のPKフィールド上の交戦は、この限りではありません。


 文面は、会談で決めた通りだった。


 Daybreak公式アカウントから出ている。


 末尾には、ギルドマスター・Sylvisの名前が添えられていた。


 グラディオはそれを見て、無言で頷いた。


「終わりましたね」


 ルシエルが言った。


「対外的にはな」


 グラディオは、BBSへ視線を戻す。


――匿名掲示板:BRO総合スレ Part289――


901:名無しの冒険者

終戦宣言きた


902:名無しの冒険者

BEW公式も出た


903:名無しの冒険者

Day公式も来た


904:名無しの冒険者

Day側、事前調整を欠いた行為って書いてるな


905:名無しの冒険者

謝罪ではないけど非を認めた感じか


906:名無しの冒険者

ナハトが文面作ったろこれ


907:名無しの冒険者

署名Sylvisなの草


908:名無しの冒険者

直前まで聖女(笑)してた人とは思えない文面


909:名無しの冒険者

それ以上いけない


910:名無しの冒険者

終戦したけど火種残りすぎだろ


 グラディオは、そこでブラウザを閉じた。


 ルシエルは、まだ画面を見ている。


「ひまりさんには、しばらく伝えない方がいいですね」


「ああ」


「BBSも見ないように言っておきますか」


「明日、ミスから言わせる」


「ひまりさん、素直に聞きますかね」


「聞くだろ」


「でしょうね」


 それがまた、少し危うい。


 ルシエルは、そう思った。


 グラディオは椅子の背にもたれ、目元を指で押さえる。


 戦争は終わった。


 告知も出た。


 ギルドメンバーへの指示も出した。


 それでも、終わった気がしない。


 ルシエルが立ち上がり、キッチンへ向かった。


「コーヒー、俺が淹れます」


「眠る気は」


「なくなりました」


「そうか」


 グラディオは短く答えた。


 窓の外には、零時を過ぎた東京の灯りが並んでいる。


 ゲーム内では、戦争状態が終わった。


 Xには、両ギルドの終戦宣言が並んだ。


 掲示板では、まだ言葉が燃えている。


 そして、ひまりのもとには、すでにシルヴィスからの最初のWhisperが届いていた。


 戦争は終わった。


 だが、終わらせるべきものは、まだ残っていた。

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