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第12話 グラディオとルシエル

 会談が終わるころには、皿の上の肉も、グラスの中の水も、すっかり少なくなっていた。


 シルヴィスは最後まで、納得しきった顔ではなかった。


 それでも、今日の二十四時をもって戦争を終結させること。


 Daybreak側が終戦宣言を出すこと。


 今後、ひまり個人を目的にした襲撃を行わないこと。


 その三つには、最終的に頷いた。


 ナハトは立ち上がり際、グラディオに向かって頭を下げた。


「今回は、すまなかった」


「終わらせろ」


 グラディオは短く返した。


「それが、お前の仕事だ」


「わかってる」


 ナハトは、少しだけ苦く笑う。


 シルヴィスは何か言いたげに唇を動かしたが、結局何も言わなかった。


 二人が先に個室を出ていく。


 襖が閉まると、室内に一瞬だけ静けさが戻った。


 グラディオは店員から領収書を受け取ると、無造作に財布へ入れた。


 それを見て、ルシエルが小さく言う。


「本当に経費で落とすんですか」


「打ち合わせだ」


「焼き肉屋でギルド戦争の終戦交渉をしただけですよ」


「打ち合わせだろ」


「そういうところ、昔から変わりませんね」


 ルシエルは呆れたように笑った。


 店を出ると、恵比寿の夜はもう遅かった。


 大通りの光はまだ明るい。


 けれど、人の流れは少しずつ細くなっている。


 ルシエルは腕時計を見た。


 終電には、まだ間に合う。


 間に合うが、今日の疲れを抱えて駅へ向かう気には、あまりなれなかった。


 グラディオは、駅とは違う方角へ歩き出しかけて、ふと足を止めた。


「泊まっていくか」


「……そうですね」


 ルシエルは、少しだけ間を置いて頷いた。


「今日は、そうします」


 その返事に、グラディオは特に何も言わなかった。


 二人はそのまま、恵比寿から代官山寄りの静かな道へ入っていく。


 グラディオの自宅兼会社は、低層マンションの一室にあった。


 昔から、生活と仕事とゲームの境目があいまいな場所だ。


 ルシエルにとっても、そこは見知らぬ場所ではない。


 大学時代、グラディオの会社でバイトをしていたころ、納期前には何度も泊まり込んだ。


 当時使っていた布団も、予備の着替えも、まだ残っているはずだった。


 しばらく、二人は黙って歩いた。


 大通りの音が遠ざかる。


 夜風が、焼き肉屋の炭の匂いを少しずつ薄めていく。


「ナハトさん、痩せてましたね」


 ぽつりと、ルシエルが言った。


「苦労してそうです」


「自分で選んだことだ」


 グラディオは、前を向いたまま答える。


「それは、そうですけど」


「同情するな」


「してません」


 少しだけ間を置いて、ルシエルは続けた。


「ただ、昔のナハトさんを知ってるので」


 グラディオは答えなかった。


 答えないことが、返事のようだった。


「俺がBEWに入った頃、ナハトさん、まだ副長でしたよね」


「ああ」


「怖かったです」


「お前が?」


「怖かったですよ。俺、最初はただのシステム屋あがりのナイトでしたし」


「今もシステム屋だろ」


「今は大手メーカーの手配師です」


「SEだろ」


「建前は」


 グラディオが、ほんの少しだけ口元を動かした。


 笑った、というほどではない。


 けれど、ルシエルにはそれで十分だった。


「グラさんの会社でバイトしてた頃も、似たようなことしてましたね」


「コードを書いてただろ」


「書いてましたけど、途中から現場の人の話を聞く係になってました」


「向いてた」


「それで、うちで働くかって言われたんですよね」


「まだ有効だ」


「だから、昼も夜もグラさんと一緒はシビアなんですって」


「俺は気にしない」


「俺が気にするんです」


 ルシエルは、軽く肩をすくめた。


 恋愛ではない。


 家族でもない。


 けれど、仕事とゲームと夜更けのバグ修正と、何度も同じ画面を見続けた時間が、二人の間には残っている。


 だから、こうして黙って歩いても、気まずくならない。


 しばらく歩いたあと、ルシエルがもう一度口を開いた。


「ナハトさんも、どこかで引き返せたんでしょうか」


「引き返す気があればな」


「……今は?」


「今は、Daybreakの副長だ」


 グラディオは短く言った。


「だから、次にシルヴィスを止められなかったら、ナハトごと叩く」


「でしょうね」


 ルシエルは苦笑した。


「そういうところ、昔から変わらないですね」


「変える理由がない」


 グラディオの答えは、いつも通り短かった。


 けれど、その横顔は少しだけ疲れて見えた。


 ルシエルは、それ以上は何も言わなかった。


 夜道の先に、低層マンションの灯りが見えてくる。


 古い布団と、置きっぱなしの着替えと、昔のバイト時代の名残が残る部屋。


 今日の話は、まだ終わっていない。


 ただ、場所を変えるだけだった。


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