第10話 公式カップル疑惑
その夜、ゲームの外では、グラディオとルシエルが《Daybreak》側との会談に向かっていた。
シルヴィスとナハト。
BEWとDaybreak。
昨日から続いている戦争の落としどころを探るための、リアルでの話し合いだ。
けれど、ゲームの中には、いつも通りの時間が流れている。
ひまりは、採掘用のサブキャラクターでログインしていた。
いつもの癖で、倉庫を開く。
銀鉱石。
黒鉄鉱石。
月光石。
どれも、まだ少し足りない。
「うーん。せっかくだし、ちょっとだけ掘ってこようかな」
ひまりは何も考えず、採掘用のつるはしを持って、ギルドハウスを出た。
目的地は、近場の鉱山エリア。
PKフィールドではない。
普段なら、ソロの生産職が採掘していても、特に問題のない場所だった。
けれど、今日は違った。
ミニマップの端に、同じギルドの反応がふたつ映る。
赤黒い小さな点。
《Black End Wing》のギルドメンバーだ。
「……あれ?」
ひまりは足を止め、ギルドチャットを開いた。
【Guild】ひまり:採掘しに来ただけなんですけど、誰かついてきてますか?
少し間があって、返事が来る。
【Guild】ミスティア:うーん、気になったらごめんね
【Guild】ミスティア:戦争中だから、ひまちゃんがギルドハウスから出るときは、護衛しろって言われてるんだよ
「ひゃー」
ひまりは思わず声を上げた。
【Guild】ひまり:護衛ですか? ただの採掘ですよ?
【Guild】ミスティア:戦争中は、PvPフィールド以外でも攻撃できちゃうからね
【Guild】スカーレット:普通に危ないだろ
短い文字。
スカーレットらしい返事だった。
ひまりは画面の前で、申し訳なさそうに肩をすくめた。
【Guild】ひまり:うわあ、すいません、そうなんですか。じゃあ、ギルドハウスに戻りますね
【Guild】ミスティア:いや、いいよ
【Guild】ミスティア:護衛なんて滅多にしないから、結構楽しいしね
【Guild】ひまり:じゃあ、あとちょっとだけ掘らせてください
【Guild】ミスティア:うんうん
ひまりは、少しだけほっとして、鉱石の採掘ポイントに向かった。
採掘モーションが始まる。
かん、かん、と軽い音が響く。
画面の外側で、スカーレットが木陰に立っているのが見えた。
ほとんど動かない。
けれど、あれはたぶん、周囲を見ている。
ミスティアは少し離れた岩場に腰かけるようにして、杖を出したままチャットを返していた。
【Guild】ミスティア:こうしてる間も俺は山ほどwhisが飛んできて、対応しないといけないんで
【Guild】ミスティア:退屈はしてないから、気にしなくていいよ
【Guild】ひまり:え? なんですか? それ
【Guild】ミスティア:ひまちゃん、昨日、小麦畑のドレス配信したじゃん?
【Guild】ひまり:はい
【Guild】ミスティア:あのときのSSが、今日はめちゃくちゃバズってる
「えっ」
ひまりは採掘の手を止めた。
【Guild】ひまり:バズってるんですか?
【Guild】ミスティア:うん
【Guild】ミスティア:問い合わせ多数
【Guild】ミスティア:特に、ひまちゃんとルシさんが並んでるやつ
ひまりの頭に、昨日の光景がよみがえる。
小麦畑の聖堂風ホール。
白いドレス。
ステンドグラスの光。
そして、隣に立ったルシエル。
「……あれですか」
【Guild】ミスティア:あれです
【Guild】ミスティア:ルシさん、ウォーフロントっていうコンテンツで、めちゃくちゃ人気だったから
【Guild】ミスティア:ファンの女の子がいっぱいいるんだよ
ひまりは、少し青ざめた。
【Guild】ひまり:まさか、私、恨まれてます?
【Guild】ミスティア:いや、逆かな
【Guild】ひまり:逆?
【Guild】ミスティア:二人で並んでるスクリーンショットが尊いので、いいものをありがとうってさ
【Guild】ミスティア:なんかよかったらしい
ひまりは、画面を見つめたまま固まった。
「……いいもの」
何がどう、いいものだったのか。
ひまりには、よくわからない。
ただ、コメント欄がものすごく盛り上がっていたことだけは覚えている。
聖女と騎士。
昨日、何度もそんな言葉が流れていた。
【Guild】スカーレット:よくないだろ
唐突に、スカーレットの文字が流れた。
【Guild】ひまり:よくないですか?
【Guild】スカーレット:いや、そうじゃない
【Guild】ひまり:えっと……
ひまりは困った。
そうじゃない、の意味がわからない。
ミスティアの方は、画面の向こうで笑っている気配がした。
【Guild】ミスティア:スカちゃんは複雑なんだよ
【Guild】スカーレット:黙れ
【Guild】ミスティア:はいはい
かん、と採掘音が鳴る。
【System】月光石を入手しました。
「あ、出ました」
ひまりは少しだけ嬉しくなった。
【Guild】ひまり:月光石出ました!
【Guild】ミスティア:お、よかったじゃん
【Guild】スカーレット:戻るぞ
【Guild】ひまり:はい。これで戻ります
その時だった。
ミニマップの端に、別の反応が映った。
赤黒いBEWの点ではない。
黄色い点が三つ。
次の瞬間、その色が赤に変わる。
【Warning】Daybreak_Member01 is attacking you!!
「えっ!?」
ひまりの採掘用キャラクターのHPが、がくんと削れた。
採掘用の装備だ。
戦闘用の防具など、ほとんどつけていない。
ほんの一撃で、画面の端が赤く点滅する。
【Guild】ミスティア:ひまちゃん、動かないで
言うより早く、紫色の防御魔法がひまりを包んだ。
続いて、回復の光。
スカーレットの姿が、木陰から消える。
【Guild】スカーレット:あーもう
短い文字。
その次の瞬間、赤黒い影がDaybreakの一人へ飛び込んだ。
【Guild】スカーレット:潰す
【Battle】スカーレットの《シャドウステップ》。
【Battle】Daybreak_Member01は沈黙しました。
【Battle】ミスティアの《アイスバインド》。
【Battle】Daybreak_Member02は移動不能になりました。
「な、なんでここにDaybreakが!?」
【Guild】ミスティア:だから戦争中だって言ったでしょ
ミスティアの文字は、いつも通り軽かった。
けれど、画面の中の動きはまったく軽くない。
スカーレットが一人目の背後を取る。
ミスティアが二人目の足を止める。
三人目がひまりへ向かおうとした瞬間、スカーレットの短剣が進路を塞いだ。
【Battle】スカーレットの《バックスタブ》。
【Battle】Daybreak_Member01は死亡しました。
【Guild】スカーレット:採掘の邪魔するな
【Guild】ミスティア:そこ?
【Guild】スカーレット:そこだろ
ひまりは、半分泣きそうになりながら、つるはしを握ったまま立ち尽くしていた。
ただ月光石を掘りに来ただけだった。
それなのに、護衛がつき、公式カップル疑惑の話を聞かされ、最後にはDaybreakに襲われている。
【Guild】ひまり:あの、ほんとにすみません……
【Guild】ミスティア:ひまちゃんは悪くないよ
【Guild】ミスティア:悪いのは、採掘場まで来るDaybreak
【Guild】スカーレット:あとルシエル
【Guild】ひまり:ルシエルさんは関係ないのでは?
【Guild】スカーレット:ある
【Guild】ミスティア:あるらしい
ひまりは、やっぱり意味がわからなかった。
その間にも、戦闘ログは淡々と流れていく。
【Battle】ミスティアの《ライトニングジャベリン》。
【Battle】Daybreak_Member02は死亡しました。
【Battle】スカーレットの《サイレントエッジ》。
【Battle】Daybreak_Member03は沈黙しました。
【Battle】Daybreak_Member03は逃走しました。
数十秒後。
採掘場は、また静かになった。
かん、かん、と遠くのNPC作業音だけが響いている。
【Guild】ミスティア:うん、撤収しよっか
【Guild】ひまり:はい……
【Guild】スカーレット:次から採掘も申告しろ
【Guild】ひまり:はい。気をつけます
ひまりは、採掘用キャラクターをゆっくりとギルドハウスへ戻した。
その手元には、月光石がひとつ。
今日の収穫としては、たぶん悪くない。
けれど、失った平穏のほうが、少しだけ大きい気がした。




