第2話 0時の異変
夜は、静かに始まる。
そして、静かに壊れていく。
「……やだ」
足が止まる。
304号室へ向かう先輩たちの背中が遠くなる。
行かなきゃいけない。
分かってるのに、体が動かない。
スマホの画面が、暗い廊下で不気味に光る。
『残り時間:4分』
「……何これ」
震える声が漏れる。
意味がわからない。
こんなの、ただの悪質なイタズラのはずだ。
そう思いたいのに――
心臓が、嫌な音を立てている。
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「美咲ちゃん!早く!」
304号室から田中さんの声。
はっとして顔を上げる。
「は、はい!」
慌てて走り出す。
スマホをポケットに押し込み、部屋へ飛び込んだ。
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患者さんの顔色が、明らかに悪い。
モニターの数値は乱れ、警告音が鳴り続けている。
「SpO2下がってる!」
「酸素上げて!」
「はい!」
手が震える。
でも、必死に動く。
言われた通りに。
今できることを、ただやる。
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そのとき。
ポケットの中で、スマホが震えた。
――ピロン
嫌な予感しかしない。
一瞬だけ、視線を落とす。
『残り時間:3分』
「……っ」
呼吸が浅くなる。
なんで、このタイミングで。
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「美咲ちゃん、バイタル!」
「はい!」
慌てて測定する。
でも、頭の中はスマホのことでいっぱいだ。
“全員が対象になる”
あの言葉が、離れない。
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「……大丈夫やから、落ち着いて」
田中さんが、静かに声をかける。
その一言で、少しだけ意識が戻る。
「……はい」
深呼吸。
目の前の患者さんに集中する。
今は、それだけ。
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でも。
また、スマホが震える。
――ピロン
『選択を行ってください』
一瞬、目を疑う。
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処置の合間、ポケットからそっと取り出す。
画面には、さっきと同じリスト。
患者さんの名前と、部屋番号。
そして――
304号室の名前だけが、赤く光っている。
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「……嘘でしょ」
手が止まる。
これって――
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「美咲ちゃん!」
ハッとする。
田中さんの視線が、自分に向いている。
「今は目の前に集中!」
「……はい!」
慌ててスマホをしまう。
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でも、分かってしまった。
これは偶然じゃない。
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モニターの音が、激しくなる。
ピッ――ピッ――ピッ――
患者さんの呼吸が浅くなる。
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『残り時間:1分』
頭の中で、カウントダウンが始まる。
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“選ばないといけない”
その考えが、離れない。
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「……っ」
思わず、ポケットに手を伸ばす。
でも――
その瞬間。
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ピ――――――――――――――
モニターの音が、変わった。
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「……え?」
一瞬、時間が止まる。
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「心停止!」
田中さんの声が響く。
「CPR入る!」
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現場が一気に動き出す。
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その中で。
美咲のスマホだけが、静かに光っていた。
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『選択は保留されました』
それは偶然なのか。
それとも――選ばれた結果なのか。
次回「選択の理由」




