30.君の隣で
「だから絶対、絶対に結婚式はしちゃダメですよ。」
そんな意味不明なことをお願いしてくるのはキリアだ。
私たちはあっという間に学園を卒業する日を迎えた。本日は卒業式だ。
「楽しい時間ってあっという間に過ぎちゃうものね。」
そんなことを周囲に話しながら、私はあまり未来について真剣に考えていなかったのだ。
他のみんなはどうなのだろうか?少し焦ってしまう気持ちが心をチクチクと刺してくる。
しかし——
「私、セフィラさんの巡礼に護衛として着いて行くことにしたんです。」
とキリアは決めてしまうではないか。
未来の王太子妃、王女が護衛になるなんて前代未聞だ。全くどうやってヴィクトル殿下を説得するのかと思っていたが
「彼とは長い間、話し合いを重ねてきたんですよ。」
と説明される。
どうやら自分の持っている前世の記憶について考えていたようだった。結果、このまま王太子妃としての教育を続けていくだけではなく、広い世界をもっと見たい。自分が治めていく国についてもっと知りたいと願ったのだった。
「ヴィクトルは思っていたよりもすぐに許してくれました。陛下への説得も手伝ってくれたし……」
殊勝なことだ。彼は更に政治手腕を発揮し続けており、一部では恐れられていると言うのに、愛する人には弱いようだ。
「なので、数ヶ月から一年ほどかかると思うんですが、絶対に結婚式を挙げるのは待ってください!参列できないなんて悲し過ぎますから。」
と彼女は続けてお願いしてくる。
私としても大切な友人がいない状態で挙げたいとも思えない。しかし、ディエラは着実に準備を進めようとしていた。
(お願いすればどうにかなるだろうけど、これは予想外だなぁ。)
「あ、セフィラさん!こっちこっち!」
たまたま通りがかった彼女をキリアは呼びかける。セフィラはと言うと両手にたくさんの花束を抱えていた。いくら何でも告白され過ぎだと思ってつい笑ってしまう。
「キリアさん、メルユールさんごきげんよう。」
そんな手持ちが多い大変な状況でも彼女は優雅だ。
「セフィラさん。今巡礼の話をしていたんです。」
彼女はキリアからその話を聞くと、詳しく説明してくれるようで、話を始めた。
「この国では神学について学ぶことが難しい人々もいます。」
あれから長い時間が経ったが、セフィラの威厳は増しつつある。もしかして神官長になるのだろうか。
「与太話と思う方々も多いでしょうが、私にとっては目の前で起きた現実のことです。その話を伝えていく務めが私にはあると思っています。そしてこの力はそのために与えられたのだ、と。」
具体的には分からない。どうして魔法のない世界で彼女はここまで大きな力を使うことができるのか。
「私ができることを信じてみたいのです。自分の持つ意思に対して恐れたくない。」
彼女は心を決めたようだった。きっと彼女を救ったこの世界も思っているのだろう。彼女に壮大なことをして欲しいと願っているのではなく、力を持ってして自分で未来を切り拓いて行って欲しいと。
「だから私がお助けしようと思って。私がいたら絶対心強いので。」
そうやって自分で言ってしまうキリアが可愛く思えてつい笑顔になってしまう。
「二人とも無事に帰ってきてね。」
その言葉に二人は大きな声で約束の返事をしたのだった。
「内心両親は心配しているとは思いますが。受け止めてくれてありがたいと思っています。」
キリアはヴィクトル殿下に呼ばれて行き、セフィラと二人になると彼女は話を続けた。
「他の誰かに恋する気持ちになれないんです。彼の隣にいることはもうできないけど、愛している気持ちは拭えません。」
名前は出さなかったが、その心があまりにも深いところまで伝わってくる。
(アランがセフィラの愛がもっと伝わる、通じる人物だったら良かったのに。)
いくら惜しんでももう元には戻せないのだ。彼はこの世界に来てはいけなかったし、存在してはならない。
「貴族令嬢として間違っているかもしれないですが、自分の愛を突き通そうと思います。できる限り。」
そう話す彼女はあまりにも高潔だった。
その後、読書サークルを通じて知り合った人々と会話した後、ディエラと合流する。今日はそのまま私の家で彼の家族と共に合同で食事会を行うのだ。
馬車に乗り込んですぐに
「はぁ。」
つい私はため息を吐いてしまう。
「どうしたんだ?」
と彼はすぐに尋ねてくれる。
こんな気を遣わせるようなことはしたくなかったが、少し意地悪なところがある彼の繊細な面に心がときめく。学生生活は本当に幸せだったとはっきり言いたい。
「もう皆さん未来について真剣に考えているんだなって、私はちっとも考えていなかったから。」
確かにこの世界に来たと気付いた時と比べると意欲的に生きているし、何も頑張りたくないなんて思わなくなった。元の世界では何もできなかったが、この世界では何でもできるということに気付けていなかったのだ。
「まあ、君は誰よりも早く将来が決まったじゃないか。」
その言葉に頭の上に疑問符が浮かんでくる。
いけない、最近よく思うのだが気を抜いてこの世界の人々と喋っていると元の世界独特の表現をしてしまって困らせてしまうことがあるのだ。あの時、私はメルユール・セルヒーなのだからと決心したのは一体全体なんだったのか。
「ほら、私と婚約した時点で君の職業は決まっているのだから深く考える必要はないだろう?」
その言葉に赤すぐりのように顔が火照ってしまう。いい加減こんなことに慣れるべきだ。私たちは結婚するのだから。
(それにしてもセフィラに対してもちょっと理想化してて潔癖症っぽいと思ってたディエラの対応がこんなに甘いなんて……)
いや、慣れるわけないのだ。推しだからじゃなくて、大好きだから。
「あと、私は運命って言葉が嫌いだったんだけれど。」
私には様々な運命が付き纏っていた。メルユールとして破滅する運命、そして前世で命を落とす運命。
「でも本当にあるのかもしれないと思ったの。ヴィクトル殿下とキリアはお互いのことを考え続けて選択をして気持ちを深めているし。」
そしてセフィラも自分の愛を間違いだったとは決して曲げなかった。どんなに悲劇的だとしても受け止める。それは運命と言って良いのではないだろうか。
(ある種、私とディエラさんも運命なのかもしれないけど。)
実は自信がなかった。彼とセフィラさんの間にあるものに勝てる自信がなかったのだ。別に勝つ必要などないと言うのに。
「じゃあ、私たちは……」
そう言いかけて言葉を止める。あえて表現する必要はないのだ。
そして
「私はこう思うんだ。」
ディエラが口を開いた。
「私たちは本来出会うはずがなかったのかもしれない。確かにそれは否めないが、それでも出会ってこうやって二人でいることを選んだ。」
彼は私に微笑みかけて
「それは運命よりもより運命と言えるんじゃないだろうか。」
その言葉が何よりも嬉しかった。
「あーあ。」
私が困ったように彼を見つめて手を握る。
「私たちこれからこうやって一緒にいるって言うのに。どうやって結婚せずに過ごせばいいって言うのかしら。」
そうやって独り言のように呟くと
「私もキリア嬢に同じように懇々とお願いされたよ。抜け駆けは禁止だって。何が抜け駆けだって言ったら、お互いの子供も同級生になるようにしようとか言うんだ。」
衝撃の言葉に私は何も飲んでいないと言うのに吹き出しそうになる。
「……それは気が早いんじゃないかしら?」
(私がっていうか、王太子妃の妊娠出産なんて国の大事だしそう簡単に決められることじゃないでしょ!)
そう頭の中で叫びながらキリアに想いを馳せていた。とんでもない女王が未来に誕生するに違いない。
「だから私はこう答えておいたんだ。」
ディエラは悪役のように片方の口角を釣り上げて笑った。
(う、嫌な予感。)
「そう言うことは全部メルユールに任せているから全部メルユールに決めてもらうことにするさってね。」
そのあまりにも涼しい顔にクラクラしてしまう。
(どう受け止めたら良いんだろう。)
混乱しながら何も答えられないでいると
「まあ良いんだ。私は心を開かないせいで、頑ななせいで、孤独に過ごしていたかもしれない長い人生を君と過ごせるだけで。十分だ。」
その言葉に感動した次の瞬間に
「君は奇妙で面白いからな。」
と落とされる。
(まさかの珍獣扱い?)
「でもたまには私が困らせたくなる気持ちは分かってくれるだろう?」
繋いだ手をそっと引き寄せられると抗えない。震えていた気持ちはいつの間にか消え去っていた。彼がいたから、彼が寄り添ってくれたから全ての傷は過去になったのだ。
「しょうがないわ。いつも私がごめんなさいね?」
悪役らしく、そう言って目を閉じた。
初めてのキス。ルバーブの香りは変わらない。いつの間にかそれは私の拠り所になっていた。安心する香り、私の帰る場所。
「あなたが、ディエラ・ソラネルが大好きよ。」
「知ってる。」
こうやって笑い合える時間が末長く続きますように。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございました!
読んでくださることもそうですが、評価やブクマに救われました。無事に完結できて良かったです。
個人的にディエラは好きなキャラで気に入っていただけたら嬉しいです。
また別の作品でお会いできるように頑張ります!




