28.最後の願い
サンドルの起こした事件はあっという間に解決し、いつの間にか人々も忘れていってしまった。これもヴィクトルの手腕だろうか?原作以上に彼は賢く、偉大な王になるに違いない。
しかし私たちがあの日あったことを忘れないようにするかのように世界は変化を見せ始めた。
「神官たちが門の付近を調査していましたら、発見されたそうです。」
そう私にセフィラが教えてくれた。
どうやら事件が起きた場所で剣が発見されたようだ。そして石碑も一緒に見つかったようだった。
「私が知っている話とは完全に変わってしまったので困惑しているのです。」
彼女はそう話を続けた。
なんと私たちがこの世界の真実を知った時から神学の話が完全に書き換わってしまったのだ。それはそうだ。警告されていた危機は過ぎ去ったのだ。私たち以外の人々は知らない間に。
「石碑には何と書かれていたんですか?」
そう尋ねて彼女から話を聞いた。知れば知るほど不思議だった。整合性を取るかのように、あるべき形になっていく。
そのせいか、セフィラは神殿に呼び出されることが多くしなければいけないことに追われている。とても忙しそうで、話をするなりすぐに帰っていってしまった。もう少し友達として楽しいことをしたいと望んでいるが、その機会はまだまだ遠い。
彼女の話について考えていると
「メルユール様っ!」
目の前に飛び出してきたのはキリアだった。彼女も彼女で正式に王太子妃になるための準備に忙しい。
(せっかく面倒事も全部解決したのに二人以外友達ができないなんて。)
そんなことを考えてため息を吐くと
「どうかしましたか?」
と彼女が顔を覗き込んでくる。
「何でもないのよ。」
そう軽く笑うと
「もし、ディエラ様がメルユール様を困らせたら言ってくださいね。私二度とそんなことさせない自信がありますから。」
全く、笑い事ではない。
「いや、今は特に困り事はないのよ。ただ気になることがあって。」
私はそうやって彼女に説明をする。
「新しい神学の話について聞いた?」
と尋ねると
「聞きました。どうしましょう。これからのテストが自信ないです!」
そう彼女は深刻そうな顔をするのでつい笑ってしまう。そのことについて、私はもっと真剣に考えるべきかもしれない。
「そもそもこの世界の根源を変えてしまうような変化でしょ。」
石碑によるとこの世界は、二つの世界が三つの願いによって生まれた剣によって合体するように刺されたものであるそうだ。そして、剣によって傷付くことによって現れた危機を神の愛し子が弓矢で消滅させたことになっている。そのことによって既に世界は救われたのだ。
「ただ、三つの願いって何なの?って思っていたのよ。」
それを聞いたキリアは口角を上にぐっと上げて笑って
「メルユール様。今日の放課後お話ししませんか?」
と言うのだ。
放課後——私はいつものように鍛錬場の近くのベンチで待っていた。
陰からキリアが小走りでやってくるのに対して
「もう、王太子妃なんだから焦って行動するのをやめなさいよ。」
と嗜めると
「メルユール様のお小言、もうなんかすごく懐かしくて、逆に嬉しくなっちゃいます。」
そうエヘエヘと笑い出すので、何とも言えない気分になる。
(確かに私はもう全部知ってるし、みんなも全部知ってるのにキャラクターだって感じがしない。すごく生活してるって感じ。)
「で、キリアさんのお話って?」
笑い合った後にそう問いかけると、彼女はあまり見たことのない表情を浮かべた。私はてっきりヴィクトル殿下関連の話だと思っていたのだ。しかし、違ったようだ。
「何か伝えたいことがあるの?それとも尋ねたいことが?」
実のところ私は少し怖かった。心の準備をしていなかったのだ。
「メルユール様。私、お話しなきゃいけないことがあるんです。」
胃が少しキリキリしてしまう感覚を抑えている間に彼女は次の言葉を放った。
「私は皆さんと少し違う記憶を持っています。矢に打たれて思い出したんです。」
思ってもいなかったことだ。一体何だと言うのか。
「私は、前世と言えばいいのでしょうか。今とほとんど同じように暮らして、同じようにヴィクトル殿下と結ばれました。」
小説の中での話のことだ。
「でも、私たちの間にだんだん歪みが生まれていきました。誰も悪くなかったんです。ただ、私たちが道を歩んでいくには失うものが多過ぎました。」
残念ながら物語というのはそういうものだ。キリアとヴィクトルは国を守るために選択を続ける。そして幸せを掴んだ。
「あまりに辛かった時に思ったんです。メルユール様はこれからも生きていくはずだった人生を奪われたというのに、私はこんな風に悩んでいていいのだろうか、って。」
彼女は制服のポケットからがさがさと物を出そうとする。現れたのは私が彼女に贈ったハンカチだった。中には小さな鏃が現れた。剣士の彼女がどうしてこんなものを持っているのだろうか。
「この鏃は私が物心つく前から持っていた物なんです。これに触れると勇気が出る、そんなおまじないをずっと昔からしていました。でもやっと気付いたんです。」
彼女は私に穏やかに笑いかけた。しかし、いつもとは違う。これは私を見ていない顔だ。
「前世でメルユール様に頂いたものです。確かにたくさん意地悪はされましたが、ヴィクトル殿下に見初められてからはとてもお世話になりました。」
まさか彼女にそんな一面があったとは。
「きっとその時には分かっていらっしゃったんでしょうね。自分の行く末が。」
キリアは遠くを見た。彼女は皆が考えているよりもずっと大人だ。もちろん、私が考えていた以上に。
「でも、私は失敗してしまいました。女王になれないまま、死の淵で望みました。どうかサンドル殿下によって奪われた命が救われますように。願わくばメルユール様と本当に友人になれますように、と。」
小説の世界とは違う、彼女が本当に生きた人生について考えてしまう。
彼女の表情を再び見つめると
「叶ってよかったです。」
と花が綻ぶような笑顔を返してくる。申し訳なく思って
「私はメルユールだけど、そうじゃないわよ?」
そう返事をした。
それでも彼女は笑ったままだ。
「メルユール様は、疲れちゃったのかもしれないですね。でもこの世界に一欠片も存在しないなんて思いません。きっと私を見てくれています。」
私もそう思うのだ。あの神の作った世界だから。
「私は今目の前にいるメルユール様のことも大好きです!だって私と友達になってくれたから。命の危機があるのなら、私と距離を置いたって良かったのに。それでもずっと私と一緒にいてくれたじゃないですか。」
当たり前だ。この世界で初めてできた友人なのだから。
「確かに話してくれなかったことは全く悲しくないとは言えないですが。」
少しわざとらしく落ち込んだ顔を見せ、パッと表情を変える。
「きっと私がこの記憶を持っていたとしても誰にも言えなかったと思います。だから今は分かるんです。気持ちが。」
私はふと疑問に思った。彼女のこれからについて。
「じゃあヴィクトル殿下には話さないの?」
我ながら意地悪な質問だ。
それを聞いてキリアはカラッと笑って
「ごめんなさい。もう話してきたんです。」
と軽く言うのだ。私は良い意味で呆れてしまった。やっぱり彼女は強い。
「前世うまくいかなくても、本当に好きだから困ります。だから頑張ってみたいと思う。」
私としては嬉しいがメルユールとしては複雑だ。これではただの惚気話ではないか。
「もう。そんな自慢話をするために私を呼び出したの?」
そう問いかけると彼女はただ笑うだけだった。
広げられたままの鏃に目を向ける。石を削って作られた荒々しいもの。派手で魅惑的なメルユールとは正反対だ。彼女が作ったものに違いないが、そんな風には見えない。
「まあそうやって笑ってるなら信じてもらえたのね。良かったわ。」
と私が話を畳もうとすると
「そうなんです。ヴィクトルって私に優しくて。」
そう言って彼女は私にくっついてくる。
「じゃあ私はもう必要なくてよね?」
と離れようとすると
「ダメです。この世界は私たちが一緒にいるために作られた面もあるので絶対にダメです。」
そうしがみついてくるのだ。
(いや、キリアさん。自分の力の強さ忘れてない?)
そんなことを心の中で思いながら、当分の間動かずにじっとしていた。
涼しい風が吹き付ける。あっという間に季節は変わる。一年前はこんな日々が待っているとは思わなかったが、穏やかな日々はやってきた。
遠くにディエラが見えたので助けを呼ぶように
「ちょっと!ディエラさん!」
と呼びかけると、彼は私とキリアを見るなり表情を歪めた。
彼にしては珍しく大股で歩いてくると
「やぁ、婚約者殿。どうやら浮気が絶えないようだな。」
一言目がそれだったのだ。
私は肩をすくめ、冗談めいて返すのだ。
「だって世界に愛されているんだもの。」
と。




