27.真実の告白
「メルユール様!」
そう呼びかける大きな声で目覚めた。キリアだ。
彼女はまだ泣いているようで目の周りを赤く腫らしている。隣ではヴィクトルが複雑そうな顔をして彼女の背を撫でていた。
「キリア……さん。」
小さく呟くと彼女はさらに大粒の涙を流して顔をぐしゃぐしゃにした。
(あぁ、せっかくの可愛い顔が勿体ないよ。)
意識が鮮明になるにつれ、まるで水の中にいたかのように呼吸が乱れて焦る。それを鎮めてくれたのはひんやりとした細い手だった。
「メルユール様、良かった。」
セフィラだ。彼女は先ほどよりもずっと顔色が良くなっていた。
「こちらこそ。」
そう言って起きあがろうとすると
「無理しなくていい。」
と声が聞こえる。
「ディエラさん。」
私が名前を呼びかけても彼は表情を変えない。
「帰ろう。」
ただそう一言だけ発して、私の腕を肩にかけようとした。自然に覆い被さるようになって背負われる。恥ずかしかったがとてもそれを主張できそうな空気ではなかった。
「重くないかしら。」
空白に耐えきれず坂を降りていく中でそう問いかけたが
「全く。」
そんなあまりにもすっきりとした言葉で答えられるとこれ以上何も言いようがなかった。
私はふと思い出して
「殿下。」
と呼びかけた。
ヴィクトルは驚いたように私の顔を見る。よっぽど不思議な存在に思えているようだ。決して目を逸らすことはないが、瞳の奥に困惑の色が見える。私自身、彼にはどう説明していいのか分からない。
それでも事は起きてしまった。私が最後まで責任をとる必要がある。
「サンドル殿下のことですが。この国の規則よりもこの世界の規則によって裁かれるべきだと考え、神前へと拘引しました。このことによる責任は私が——」
「いや、かえって面倒ごとが減ったからいいんだ。」
そんな言葉に拍子抜けする。彼は笑っていた。もうその瞳に戸惑いは見えない。
「正直ここで起きたことを説明しても、再現性がなさすぎて証明することが難しい。なら、重傷の末に行方不明という結果が相応しい。」
それはまさに原作通りの展開だ。
「どうせ裁かれたとしても新たな争いを生むだけだっただろうしね。」
想像に容易い。また違った派閥争いが始まるに違いない。
ヴィクトル殿下は貴族たちに今までのことを踏まえさせ、新しい世を一緒に作っていく必要がある。過去の派閥争いは過去のことにしなければいけないのだ。
「殿下の寛大なお心に感謝いたします。」
初対面の際から無礼な態度をとっていながら今更だが、そのように返すと
「こちらこそ。君には失礼なことをした。」
そう言って苦笑いを浮かべていたのだった。
馬車に到着すると、甲斐甲斐しくディエラは私を抱き上げて座席に座らせようとする。
「私の肩にもたれるといい。」
その言葉に甘え、彼が座るなり頭を寄せた。変な気持ちだ。
実は私には失いかけていた二つの原作の記憶が戻っていたのだ。もうたどり着くことのない終幕について考える。
(ディエラはどう思ってるのかな……)
私はやっと口を開いた。本当は一秒たりとも誤魔化すべきではなかったのだ。心の中に秘めていた真実について。
「ねぇ、ディエラさん。私ね——」
彼は私の話を真剣な顔で聞いていた。
彼はこんなことを信じるタイプだと思っていなかったが、全く疑うような素振りをしなかった。質問をされたらいくらでも答えようと意気込んでいたが、特にないようだった。
「大事なことなのにずっと隠して、嘘をついていてごめんなさい。」
と言った瞬間に彼はパッと表情を変えて笑った。
「君の価値観や考え方について不思議に、いや奇妙に思っていたが……まさかそんなことはもちろん考えていなかったし、想像もつかなかったさ。」
その反応にくすぐったくなる。私は指を動かして彼の場所まで辿った。手に触れるとそれはすぐに引き寄せられる。
「実は君が帰ってくる前に扉から強い光が差し込んできて、それを見た瞬間全員倒れこんでしまったんだ。」
もしかしてそれは——
「キリア嬢は起きていたようだ。ただ、とてつもない力の平手打ちで起こされた時の衝撃の方が忘れられない。」
彼はそう言って手を繋いでいない方の手で腕をさすっていた。意外なその姿に笑ってしまう。
「君、笑ったな?」
ディエラはそう言って私の肩に自らの肩をこつんとぶつけて反撃してくる。仲睦まじい恋人みたいな行動にくらくらしそうだ。
「倒れている間に君について神が教えてくれたんだ。君がどこからやってきたか、メルユール・セルヒーという人物がどんな人生を歩む運命だったのか。」
いざ知られていると思うと喉の奥が冷たくなる。手の力が強まると握り返された。
「そして私、ディエラ・ソラネルがこの世界にとって、そして君にとってどんな人間かということも、全てだ。」
しかし、彼の表情を私は見ることができない。
「正直なところ嘘みたいだと思ってしまう。君には申し訳ないが。特に私がこの世界にやってきた理由がセフィラ嬢に命を賭けたからだということについて。」
胸が大きく高鳴った。
(私、はっきり言って自信がなかったんだよね。全ての記憶が彼に戻った時、彼女を選ばない理由がないって思っちゃう。)
「私にそんな一面があるんだな、と。」
彼がくすくすと笑う声が聞こえるので見上げると、とてもすっきりとした美しい顔をしていた。それはただの美貌ではなかった。生きている人の美しさだ。
「でも私はあなたが他の人を愛していた人だと知りながらあなたと婚約した。サンドル殿下の言っていたように利用してたのと変わらないわ。」
そう伝えても彼の表情は変わらない。
「でもこの世界は君が、メルユール・セルヒーではない君が私を愛していたから生まれたんだろう?」
得意げな顔をして頬に触れられる。その時始めて私は涙を流しているのだと気づいた。
「そんな世界を命懸けで守ろうとした君をどう責めることができるんだ?」
その言葉はあまりにも温かい響きに満ちていた。
「私からも君の言葉に返させてくれ。本当に大切に思っていると。」
涙が溢れて止まらなかった。
(前まではこんなに幸せでいいのかなって思ってたけど、私って幸せになっていいんだ。あの子がくれた贈り物だからちゃんと正面から受け取らなくちゃ。)
「ありがとう。私のことを信じてくれて。見守ってくれて。助けてくれて。」
ちゃんと彼の目を見て伝える。
腕の中に抱きしめられると今までの様々なことを思い出した。メルユールとしてこんなことさえも恐ろしい気がしていた日々も終わったのだ。私はちゃんとやり遂げた。自分を救うことも、みんなを救うことも。
「ただし。」
そう言って彼が身体を離すと
「私に他に何か言うことはないのか?」
と問いかけてくる。
ドキッとしたものの心当たりが見つからない。必死に思い出そうとするが浮かんでこない。一体私は何をやらかしたのだったか——
「あっ!」
大きな声を上げると彼は訝しげな表情を浮かべていた。
冷や汗をかきながら
「弓の練習のことも分かってたんでしょう?それも素直に言わずに嘘ついてごめんなさ——」
「そうじゃなくて。」
次の瞬間、視界がぐるっと回って彼の顔が目の前にやってくるのだ。一体何が起きているのか分からず混乱していると
「思い出せたか?」
そう尋ねられて元の距離感に戻る。やっと私は理解した。
「サンドル殿下のことね。」
正直あのことについては思い出したくもなかった。
(実際、不快だとかそんな感情よりも最後まで私にとっては恐ろしい存在に過ぎないから。)
「ただ、頭が回らなくて。彼が隙を見せるようなことを必死に考えた結果がただあれだったの。」
淡々と説明すると
「そうか。なら君が私に婚約者として周囲に誤解を招くような行動を慎めとセフィラ嬢について言ったこととこれは、君にとって違うんだな。」
その言い方はとても冷ややかだった。
しかし
「そうだな。あの時のことが理由よりも君の感情が主導によるものであるなら私は君を責めることはできないかもしれない。」
この会話の空気を私はよく知っている。いつものあの彼だ。
「私は君の告白にも動揺したが、あの出来事にもとても動揺したんだ。だから君も早く認めるんだ。その感情は嫉妬——」
「言ったのよ。」
彼が言い終わるまでに小さく呟いた。きっと彼は私を揶揄いたいだけに違いない。それならこっちはとことん素直になるしかない。
「何を?」
「セフィラさんに。あなたが綺麗だから嫉妬したって。」
顔が赤く染まっていくのを感じる。
無理したばかりなのにこれはまずい。そう思った瞬間に
「君って人は、本当に。全然予測できない。」
そう言って再び彼に抱きとめられる。その温もりに安心して私は深い眠りに落ちていった。
最後に聞こえたのは
「だからか、こんなにも愛おしく感じてしまうようだ。」
その一言だった。




