26.神の示す場所
「この世には、人には神によって定められた道筋がある。そうだろ?」
真実を知っても動揺することのないサンドルが恨めしい。私の手は震え続けているというのに。
「そのことを知っていたお前は自身が破滅する運命を退けるために周囲の人間を利用した。」
静けさに包まれたまま、誰も何も返すことはなかった。
「そしてお前、ディエラ・ソラネル。お前はこの世界に道筋を持っていなかった。だからあいつはお前に縋ったんだ。」
そう言葉を投げ捨ててサンドルは笑う。
「それに深い意味などない。お前は利用されたんだ!」
今すぐにディエラの耳を塞ぎたかった。それは決して事実ではないのだ。一体私の何を彼のような人間が分かると言うのだろうか。
私は土を踏み締めていた足元を見ていた。ぽとんと音がして、雨粒が溢れ落ちてきたのかと思った。しかし、それは雨粒ではなかった。涙だ。
(自業自得だ。今まで嘘をついてきたのは私だから。)
悔しくて空を見上げた。雲一つない青い晴れた空。世界の危機には決して似つかわしくない。手を強く握り締め、私は声を発する。
「随分と自分に都合が良いことばかり言うのね?」
その言葉を聞いて彼は眉の上を動かし、不快感を表した。
しかし
「俺が言ったことを事実と認めるんだな?」
と得意げな顔をする。
あまりにも恨めしかったが、彼のようになりたくなくて表情に表さなかった。それが気に入らなかったのかまた不機嫌になる。
「そうよ。だからどうか教えてくださる?私が破滅した後の世界はどうなるのか。」
サンドルは有無も言わず私の方へ飛び込んで来ようとした。
(甘い!キリアの速さに見慣れている私にはスローモションに見えるんだから。)
勢い良く放たれた矢は彼の眉間に的中した。
実は先ほどセフィラが新しく生成した矢を私の方へ転がして渡してくれていたのだ。
(魔法の存在しない世界でサンドルに気付かれないようにこんなことができるなんて本当に不思議だけど。)
「殿下、それとも代わりに全部私が話してあげましょうか?」
膝をついた彼に近づくいたが、顔を歪めたまま何も言わなかった。
「悪女め、お前は誰にも愛されない。」
やっと口を開いたかと思えば悪態をつくだけだった。
「そんな悪女に愛されないと自分の尻拭いもできなかったくせに。」
そう言い放った瞬間、私はあまりにもメルユールと同化し過ぎていることに気が付いた。
(こう言えることによって少しでも気が晴れると良いけど……)
本来の目的を思い出し、私は再びセフィラを呼んだ。
「神を呼ぶべきですよね。」
そう尋ねると彼女は
「そうですね。具体的に何が厄災なのか、神に尋ねてみないと分かりませんから。」
と答える。
やっと誰にも邪魔されることなく扉に向かって矢を放つことができた。
扉は開かれ、中からは燦然と輝く光が漏れ出している。楽しそうな声、芳しい香り、全てがそそられる場所に違いない。
「...お前が神の愛し子だと?」
サンドルが這いつくばって今にも息絶えそうであるのに問いかけてくる。
「笑わせるな!」
「うっ。」
彼が私の方へしがみつこうとした瞬間にディエラが引っ張って止めてくれたのだ。
「ど、どうして?」
驚いて私はそう言ってしまった。
彼は私にではなくサンドルに
「私が思惑に引っ掛かるような単純な人間だと判断しないでくれ。」
と伝える。
次の瞬間に勢い良く地面に落とされ、再びサンドルは呻き声をあげた。
(本当はみんなに任せるべきだって分かってるけど。これが正しくないって分かってるけど。)
「ディエラさん。大好き。本当にあなたに会えて良かった。」
そう告げてみたものの彼の顔を見ることができない。
(どんな表情だって見ていたかったはずなのに。)
私はサンドルの襟を掴んだ。できるだけ恐ろしい顔をして。弱りきった彼の表情を見て笑う。きっと私に復讐されると思っているのだろう。
顔を斜めに傾けて口付けようとする。彼が驚いた瞬間に扉へと引き摺り込んだ。
「ごめんなさい。彼のことはこの国の司法で裁けないはずだから。私が責任を負うわ。」
眩い光に包まれながらそう小さく呟いた。この手の中からいつの間にかサンドルは消えていた。
懐かしい声が聞こえる。はしゃいでいる女の子の声。優しくて温かで、どこかで聞いたはずなのにうまく思い出せない。
「私は誰だっけ?」
「誰だと思う?」
そう光の中から出てきたのは若い女性だった。いや、そんな言葉は相応しくはなかった。
「りっこ!」
叫びながら彼女に抱きつくと、彼女も嬉しそうに
「会いたかった。」
と言う。
「ていうかそれ、コスプレ?」
先ほどから気になっていたのだが、彼女は白い布のようなものを身に纏っていた。まるで神様のようだ。
「ははっ。確かにこういうキャラクターよくいるよね。なんか気が付いたら着てただけなんだけどさぁ。」
そう彼女が笑うので私もつられて一緒に笑っていると、突然額を指で押された。
記憶が森を揺らす風のようにやってくる。私は……
「るみは死んだはずなのに。」
そう口にすると
「そうだよ。」
彼女は寂しそうな顔をした。
「るみちゃんはさ、一生懸命頑張ってたじゃん。だから——」
声が涙で滲んでいた。
「でも、もっと色んなことしたかったな。一緒にイベントに参加したり、本出したり。それこそコスプレもしたかった!」
それでも彼女は溌剌とした様子を崩さない。
「それが二人でできなくても。せめてるみちゃんは幸せに、楽しく生きて欲しいって思ったんだよね。」
私の手が彼女の手に包まれた。何度も私を支えてくれた手だ。
「だから私が生まれたの。私はりっこの願い。ここはりっこの意思によって様々な人の願いを叶えるために生み出された世界なんだよ。」
疑問が解かれていくというのに不思議な気分だった。
「じゃあ、なんで私はメルユールに転生したの?」
その問いかけに彼女はくすっと小さく笑って
「それはね。」
と見慣れた笑顔で説明を始める。
「前にディエラとメルユールの二次創作の話をしてたでしょ?でも、るみちゃんがいなくなってから全く書けなくなっちゃった。何しても楽しくなくて。」
私はつい下を向いてしまう。
「だから逆にるみとディエラの話を書いてみようと思って。書いてって言ってたじゃん。」
もう懐かしく感じてしまう。
あの小説にのめり込んだばかりの頃、友達に夢小説をお願いするなんて気恥ずかしいことだったが、私は彼のことがそれくらい好きだった。
セフィラにはなりたくなかった。烏滸がましくても、彼を救う誰かになりたかった。
「もしるみがディエラと幸せになるなら『あなたを救えたら』じゃない世界が良いって思ったの。るみちゃんは絶対にそう願うと思ったから。」
さすが大親友だ。
「そう決めると筆が進んで。そしてある日、きっかけを貰ったんだ。ここの神様になる機会を。」
この世界でもたくさんの人に大切にされていると実感していた。でもこの世界さえもその一部だったなんて。
「りっこは元気にしてる?」
一番気になることを問いかけた。
「もちろん。元気にしてるよ。」
私は胸を撫で下ろした。
彼女は私をじっと見据えた。
「だからここは……厳密に言うと小説の世界じゃなくて世界観を借りた世界に過ぎない。」
微笑んでこう伝える。
「命が尽きるまで続く。エンディングが訪れたりはしないよ。」
りっこは手を離した。
「でも、サンドルを神の世界に連れてきてしまったから、もうこの世界の歪みを元通りにすることはできないんだよね。」
腕を組んで困った顔をしている。先ほど説明されたはずなのにりっこが神様なんて変な感じだ。そうしている姿は普通に人間のように見える。
「みんなが全ての真実を知ってなお、メルユール・セルヒーとして生きていく覚悟はある?」
決して私を試すような問いかけじゃない。彼女は私を心配してくれているのだ。
「私は良いよ。この世界を壊して、変わらない世界に生まれ変わっても。」
その言葉があまりにも眩しい。
「ただ、私だけの願いだったから。」
私はりっこの手を取って
「大丈夫。本当にこの世界に生まれくることができて嬉しいって思ってるんだ。だから。」
上の方から誰かの声が聞こえてくる。少し騒がしい気もするが——
「そう言ってくれて嬉しい。私に会いに来てくれてありがとう、るみちゃん。」
彼女は私の身体をくるっと回転させると背中を押した。身体は前身するのではなく、ふわっと宙に浮くのだ。
後ろを振り向いたが、妙な感覚に怖くなる。それでも彼女の顔を見ていた。絶対に忘れてしまわないように。
「ありがとう。りっこ!私も会えて良かったよ。」
彼女はただ微笑んだままそれ以上何も言わなかった。
しかし、先ほどと同じような懐かしい香りにルバーブの香りが混じってくると
「これからは絶対に大丈夫だよ。」
そんな声が聞こえて気が付くのだ。
(転生したって初めて気付いた時からずっと見守ってくれてたんだね。)
このような大きな気持ちへの感謝をこれから私はこの世界へとどう伝えていこうか。
大変お待たせいたしました!
無事完結しましてこれから金曜日まで毎日更新していく予定です。
是非お付き合いいただけると嬉しいです。よろしくお願いします。




