25.望む世界の形
「神の愛し子がどう神を呼ぶかご存知ですよね。」
腕の中で荒く呼吸し続けるセフィラがそう私に問いかける。
それは神学の授業で習う範囲のことであり、ディエラに勧めてもらった古典作品にも登場する話だった。
「もちろん。」
そう答えたもののこれからのことを考えると自信がなかった。彼女にこれ以上何かをさせることはできない。命の危険があるからだ。
「そこに。」
と言って彼女は指を差した。その先は門のすぐ近くだった。古代の格好をした人々の彫像が立っていたり座っていたりして会話をしているようだった。中央にいるのは――神の愛し子とされる人物だ。
「あれです。分かりますよね?」
彼女はそうただ笑うだけだった。よく分かる説明だ。しかし一つ問題があった。
それに気付いた瞬間に私は眉毛をへの字に曲げたが
「大丈夫ですから、取って来て下さい。」
と彼女は笑い続ける。
私は大声でキリアを呼び、セフィラを任せた。そして彼女が指差した方へ向かう。
その彫像が手にしていたのは弓だ。一見するとそれは石でできているように冷たく固そうに見えたが、木でできたものに塗装しているだけのようだった。カチッと音が鳴り外すことができてしまった。
セフィラの方に急いで戻って
「でも矢がありませんよね。」
と話す。策があるようだが、彼女は一体どうするつもりなのだろうか。
「……私が作るんです。」
そう彼女は身体を起こすと手で光を練り始めた。丸かった光は細長く伸ばされあっという間に形が出来上がる。
「あの門に向かって撃ち抜いて下さい。」
と彼女は光り輝くそれを私に手渡した。目がしっかりと合う。先ほどまで震えていた少女はどこにもいない。
(絶対に辛いはずなのに……)
これは失敗できないことだ。彼女のためにもできるだけ早くアランには退場してもらう必要がある。
試しに弓を握り込むと指のタコが痛んだ。神学を勉強してから調子に乗って弓矢の練習を始めたのだ。
初めて握り込んだ瞬間に手に馴染んだ感覚がして驚いたことを覚えている。メルユールは生来、狩人のような性格をしていたが、実際に弓矢に親しんでいたに違いなかった。それは誰にも秘匿され、原作にも描かれていないことだった。
それでも私は過去の人生で経験がなく、今を生きるメルユールの身体自体も初めてのことであったので、指はじくじくと腫れ、傷ついてしまった。その手についてディエラに気付かれた際にどう思われるか心配であったが、剣の練習と誤魔化せたことは助かった。しかし、彼は直接言わないだけで気付いていたのかもしれない。
「じゃあ行ってきます。」
私はキリアとヴィクトルがアランと対峙している方へ向かった。
「一体、君は何をするつもりなんだ?」
そう言って私の方へ向かってくる彼にキリアが攻撃を仕掛ける。彼女の方が技術力は優れているに違いなかったが、アランも負けていなかった。何らかの方法で己の身体を強化したようだ。
「はっきり言って君に興味はないんだ。この世界は俺のものになる予定だが。」
キリア越しにはっきりと私を見た。後方でヴィクトルが剣を構えている。
やっと門までの道筋がはっきりと見えた。
(正直こんな緊迫した状況で討ったことないから自信なんて全くないんだけど。)
迷っている暇はなかった。力強く弓を引っ張り上げるとセフィラの矢はキラキラと光って存在感を増していく。
「どうか気を付けて!」
そう言って私は周囲に注意を払った。
(お願い。命中して。)
放たれた矢は放物線を描いて飛んでいく、すぐに落ちてしまうといった失敗はしなかったのでホッとした。しかし――
「ちょっと待って!どうしてそうなるの?」
私は思わず声を上げた。矢はキリアに命中してしまったのだ。まるで彼女に向かって行くように。
「キリア!」
ヴィクトルは大声で叫んで倒れ込んでしまった彼女の元へ向かった。
「メルユール嬢、一体キリアに何をしたんだ?」
そう問いかけられる。彼がここまで感情を露わにしているのを初めて見た気がする。
「責め合ってる場合じゃないだろう!」
ディエラが前に飛び出し、アランの攻撃をせき止めた。
私の足は崩れ落ちた。制服はもう既に泥だらけだった。
「どうしましょう。キリア、キリアさんが。ねぇ、セフィラさん。」
落ち着いたのかセフィラがこちらにやってくる。縋りつこうとした手を握られた。同じように彼女の手も震えていたのだ。
「大丈夫なのよね。」
そう言ってセフィラの顔を覗き込んだ。
「この弓矢に人を傷つける能力はありません。ただ……こうなった理由は私にも分かりません。」
いくら話せるようになったとはいえ、彼女の顔は青白いままだった。
キリアの方へもっと近づこうとすると
「申し訳ないが今の君を信用することができない。」
とヴィクトルに刺々しい言葉を投げかけられる。正しかった。私は自分の身に起きていることについてまだ何も説明ができなかったのだ。
キリアは気分が良さそうに寝ているだけのように見えた。制服どころか腕に傷や痣ができており、ぼろぼろだった。
「待ってて。絶対に私がどうにかするから。」
そう彼女の向かって宣言した。
「セフィラさん。もう一度弓矢をお願いできますか。」
頼まれた彼女は静かに頷いた。再び手に力が込められていく。
私は弓を手に取って調整を始めた。
「滑稽だな。」
アランはディエラの相手をしながらも享楽的な表情で私たちを嘲笑っていた。
「セフィラ。もしかして君はこの世界のヒロインに嫉妬してこんなことをしでかしたのかい?」
こんなのは感情を逆撫でしているに過ぎない。本気で思っているわけではないのだ。
「いい加減黙りなさい。愛は世界を壊すものなんかじゃないの。世界を救うのよ。あなたはセフィラが救った世界も、そしてあなたさえもあなた自身の手で壊したんだから。」
矢をセフィラから受け取る。その言葉に彼女は静かに下を向いていた。
「悪女のお前に愛の何が分かるんだ。」
その言葉にハッとする。もしかしてアランは『あなたを救えたら』だけではなくこの世界、『冠姫の選択』についても知っているのではないだろうか。汗が頭から伝ってくる。これは冷や汗だ。
「もし本当に悪いことした人をした人が悪女なら、あなたも悪人に違いないわね。」
絶対に今回で成功させなければ彼は口を滑らせ続けるに違いなかった。
(それだけは避けなきゃ。全部終わってからみんなに打ち明けるんだ。みんなが大好きだからここに、この世界に来たって。)
「悪いこと?それなら君も悪い人だ。なぁ、罪滅しはまだ終わっていないんだ。セフィラ。」
アランはディエラの剣をすり抜け、こちらに向かってくる。
「裁きは第三者によって行われるべきってまさか王太子が知らないとはね。」
弓を引っ張る。私はいくら練習しても連続で討つことができるほど力も体力も足りなかった。剣の扱いも大変だが、だからと言ってこちらの方が楽だというわけではない。
「あなたを裁く者がいないなら私がやるわ。だって私、悪女だから何があっても怖くないもの。」
矢は放たれた。彼がすり抜けようとした瞬間に後ろからディエラが足に向かって攻撃を仕掛ける。思っていた以上にあっけないものだ。
アランの身体は光り輝いていた。宙に浮いたと思えば膝から落下し、崩れ落ちた。その姿はサンドルそのものだった。どうやらアランの存在は完全に消滅したようだ。
「そうか。」
ガッと瞳が開かれる。深海の瞳。間違いなく彼はサンドルだった。
「俺がこの世界の神だったのか。」
彼は本当に変になってしまったに違いない。
「ヴィクトル殿下。」
同じようにキリアも目覚め、そう彼を呼びかけた。
「キリア!」
私がそう叫んで彼女の方に向かおうとすると
「そう言うことだったのか。」
とサンドルが話し始める。
それを無視してキリアの手を握ろうとすると
「メルユール様……」
突然彼女は泣き出してしまうではないか。
「おやおや。すっかり絆されてしまって。都合良く事が進んで随分と満足していたのだろうな。」
その時までは私は彼の戯言になど耳を貸すものかと思っていたのだ。
「お前は随分と周囲の人間を騙して生きてきたんだな。そうやった結果に起きたのが今の状況だ。どんな気分だ?」
ディエラは剣を構えて睨みつけていた。
「メルユール様!どうか思い詰めないでください。どうか。」
泣き喚いていて正確に聞き取ることはできなかったが、キリアはそう言っていた気がする。彼女がここまで泣いているのも初めて見たのだ。
「何を言ってるかさっぱり分からないわ。」
面と向かってサンドルに言うと彼は大声で笑った。
「じゃあはっきりと言ってやろう。本来お前は本当は生きていてはならないはずだろう?メルユール・セルヒー。」
その言葉を聞いて背筋が凍る。口を塞ぐべきはアラン王太子ただ一人ではなかったのだ。
最新話更新にあたって今までの分の文章を整えました。特に内容の変化はありません。
次回もぜひよろしくお願いします!




