24.運命の末路
「丁度良いところにやってきたな。」
門の前にサンドルが立ちはだかっていた。
「何をするつもりなんだ。」
そうヴィクトルは問いかけた瞬間にサンドルに斬りかかろうとする。それを援護するようにキリアも動いたが、大剣に跳ね返されてしまう。
「それは――」
ヴィクトルはその剣を見て唖然としていた。
その反応に対してサンドルは
「話の腰を折るんじゃない。」
と嗜めた。
そして
「それよりもこの剣が気になるか?」
と大剣を見せびらかしてくる。
「代々王に伝わるものなのだから俺が持っているべきだと思わないか?」
つまりあれは国宝であり、彼によって持ち出されたということか。
呆れた声でヴィクトルは
「一体兄上はどうしたいんだよ。」
と呟いたが、本人は淡々としている。
「この世界が間違っているんだ。今が危機に違いないんだよ。俺を差し置いてお前がこの国の王になるなんておかしいだろう?」
サンドルは真剣そのものだった。
「そして、お前。」
そう言って突然私を指差した。
「最初からお前は俺に仕えるべき人間として生まれたはずだ。」
確かにそれは間違いではなかった。彼の派閥の中で最も貴い女性として生まれたのだから。
「どうして俺に従わない?どうして決められたことから抗うんだ?」
その理由はただ一つだった。
しかし、それを口に出すことは憚られた。この世界に生きる人間として。私はただ黙っているしかない。それがどれだけ悔しかったか。私は強く手を握り締めた。
「本当にそうでしょうか。」
次の瞬間に空気を切り裂いたのはセフィラだった。
「決められた運命なんて存在するとは思いません。ただ目の前のことはその時々の選択によって現れる結果に過ぎませんから。」
それは私に助け舟を出すという意味以上に彼女の信念が感じられた。
サンドルはその言葉に対して嫌な顔をしなかった。
「じゃあ間違っていることは選択によって正されるべきだよな。」
彼は一人で納得してしまう。
そして瞬く暇もなく大剣を門へと振りかざした。
「ダメ!」
セフィラの叫び声が聞こえた瞬間にキリアがサンドルに攻撃を仕掛けた。しかし、その間に彼の大剣は見事に門に突き刺さってしまう。
「神の愛し子の名の下に告ぐ。俺は世界を救いに来た。力をもたらせ!」
彼がそう述べると門が一気に開かれた。まさか彼が本当にそうだと言うのか。
扉の向こうから光が差し込むが、その色はだんだん赤黒く染まっていく。煙のようなものが現れ始めた。これから一体何が起きるというのだろうか。想像もつかず、不安だ。
「これは神の気配ではありません。」
セフィラはそう小さく呟いた。
そっと手が包まれる。ディエラだ。
「何か計画はあるのか?」
と尋ねられる。
(ちょっと待って。こんな時なのに全然集中できない。)
そう内心焦りながら
「計画、計画ね……」
と頭に浮かんだ言葉を返すしかなかった。
ちらりと横目で反応を確認すると
「君らしいな。」
そう彼は小さく笑う。
「ともかく、君が勇気を出したことを絶対に後悔させないようにするよ。」
と彼も剣を抜いた。
おどろおどろしい煙はサンドルの身を包んでいく。
「おお、力がみなぎってきた。」
そう発した彼の瞳の色が変わる。白目が黒く染まる。そして。
(どうしてあの色なんだろう。)
瞳孔の色も変化していく。
「俺に刃向かい邪魔するものを排除し、新しい世界を作り上げるのだ。」
彼のその言葉がバグのように声が変化する。
「うわっ、なんだ!」
得意げな顔をしていたサンドルだったが、突然大きな声を上げた。彼の身体を侵食するように黒い蔦が巻き付いていったが、それが進行する度に様子がおかしく見える。
「……身体が、う、動かない。うおっ……!」
そう呻き声を出している。彼の深海のような瞳は真紅と濃紫が混じったような色にすっかり変化しきっていた。
「はっ!」
キリアとヴィクトルは顔を見合わせ、二人同時に彼に切り掛かった。しかし――
「だから話の腰を折らないでくれって言ってるだろう?」
その場の空気が一気に変わってしまった。二人の剣は跳ね返されてしまう。
明らかに違うのだ、何もかもが。そして私は知っている。
「どうしてここへ来たの。」
セフィラが口を開いた。
「全部俺のものだったはずじゃないか。セフィラ。」
そう返事が返って来る。しかし目の前には真っ黒な霧がかかって目元以外確認できないままだった。
「いいえ、そんなことはないはずよ。アラン。」
私の推測が当たることなど決して望んではいなかったのに。
サンドルが呼び出してしまったのは神などではなく、小説『あなたを救えたら』のヒーロー、アラン王太子だったのだ。
セフィラと私以外の全員は唖然としていた。
「サンドル殿下はどうなったんだ。」
そうディエラに問いかけられる。
「おそらく乗っ取られたのだと思います。彼に。」
それ以上何も言えなかった。サンドルが完全に消えたとも思えない。気配がまだある。
「こちらからも尋ねたい。セフィラ、どうして君は俺の手から離れたんだ。」
彼の声色から感情は読み取れない。彼女はただ黙って霧の中から現れる彼の姿を見ていた。
彼女が放ったのはたった一言だけだ。
「そんなに強いなら、もう私なんて必要ないでしょう?」
物語の全てを知っている私の心臓は大きく高鳴った。
(一体この二人の間に何があったって言うんだろう……)
「どうかそんなこと言わないでくれ、こんなに愛しているのに――」
「やめて!」
セフィラが叫んだ瞬間に彼女の手から光が放たれた。それはアランの身体に当たると焦げ付くように跡になる。
彼女の神聖力が彼を攻撃したのだ。それは彼がもう原作通りの人物ではないということを示しているに違いなかった。
「どうしてこんなことするんだ?」
彼が彼女に手を伸ばそうとするので再びキリアが飛び掛かった。しかし、同じように跳ね返されてしまう。
「部外者には黙ってもらおうか。」
と彼は周囲を睨みつけた。空気が一気に凍りつく。決して彼はこのような人物ではなかったはずだ。セフィラを心の底から愛していて……
(原作の終わり方ってどうだったっけ?)
上手く思い出せずにもどかしくなると同時に手が冷たくなる。私はとうとう前世からの記憶を失ってしまったのだ。
「寧ろ、あなたの愛がおかしいってどうしてわかってくれないの?」
セフィラは取り乱してアランに神聖力をぶつけ続ける。このままでは彼女が危ないと思い、駆けつけて抱きしめた。
「落ち着いてください。そんなに乱発したら倒れますよ!」
膝から崩れ落ちた彼女は震えていた。目はこちらを見ていたが虚だった。限界が近かったようだ。
私に向かってアランが攻撃を仕掛けようとするがヴィクトル殿下が止めてくれたようだ。皆が応戦してくれている。
「メルユール様。どうか私の話を聞いてくださいますか。」
そうやって彼女の物語は始まった。
小説『あなたを救えたら』の世界のセフィラ、彼女はもちろんアランの呪いを解いたのだ。しかし――
「聖女は争ってはいけないのです。決して。」
彼女は敵対組織とはいえ、あまりにも多くの命を奪ってしまった。その結果に待っていたのは外面上の婚約破棄であった。
「政治的な理由であれば受け入れることができたかもしれません。確かにそういった側面もありましたが……でも違ったのです。彼の心は。」
罪人扱いの彼女に与えられたのは一つの宮殿だった。
「彼らはあんなのは聖女じゃないと私に言いました。そうです。私はただの人間のはずでした。それでも彼の中ではより一層深まってしまったようです。」
その話を聞いた瞬間に頭に思い浮かんだ言葉は"執着"だった。彼女は言葉を選んで話していたが、どんなことがあったのかは想像に容易い。
「いつしか長い年月が経ち、心揺さぶられることもなくなった頃。どこから私の現状についての話を聞きつけたのか、ディエラが帰ってきました。」
突然現れたその名前に驚いてしまう。まさかあの彼が。
「そしてこう私に言うんです。"生きる世界を乗り換える禁術がある"と。」
結局、膨大な魔力を持つ二人はそれを行うことを決心し、結果的に成功したと言うことであった。
一つ気になることがある。
「では、なぜディエラには前世の記憶がないんでしょうか?」
私がそう尋ねると
「彼は禁術にほぼ全ての魔力を使い切ってしまいました。基本的に主導する術者には何も残らないはずです。彼には……申し訳ないことをしました。」
とセフィラは話した。
そう言えども彼にとっても人から逃げ隠れし続ける人生よりもよっぽど良かったはずだ。
「私の選択で世界が歪んでしまったことも自覚しています。本当にごめんなさい。」
私の腕に項垂れている彼女は目を堅く瞑って謝った。
どんなに辛かっただろうか。本気で愛したからこそした選択が間違いだったと言うこと、それが不可逆の出来事であったと言うこと。
そして私は今理解したのだ。これこそががこの世界の危機なのだ、と。




