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21.実りある機会

「何を言っても君は行ってしまうんだな。」

ディエラ・ソラネルは絶望の中にいたとしてもいつでも私の味方でいてくれた。


 膨大な魔力を持ち、聖女として崇められたとしても心の中はいつも満たされなかった。

 

 自分という存在を見て欲しい。そう、ただのセフィラ・ニュレルのことを。


 伯爵令嬢として、神に選ばれた存在としていつも私は誰かにとっての栄光に過ぎなかった。

 

 それでもただ私の名を呼んで、いつだって普通の女の子として接してくれたあの人。

「アラン……あなたを愛してる。」


  その愛だけで全てを救えると信じているから。だからどうかあなたのことを振り返らない私のことを憎んで欲しい。


「ごめんなさい、ディエラ。私はあなたの思いには応えられないの。」

どうしても許せなかった。腐敗した社会の中で彼が、彼の家族が、病弱な妹という存在によって悪に染まってしまったことが。

 

 だから私は必死に戦った。彼の罪がそれで洗い流されるわけではない。現に彼は全ての家族を失ってしまった。


 もっと私が早く彼を救うことができていたら私に縋るようなことはなかったはずなのに。唇を強く噛み締めた。


「責めたいわけじゃないんだ。どうか、無事でいて欲しい。」

彼は優しく私の顎を包んで自傷行為をやめさせようとする。そのあまりにも真っ直ぐな優しさが心を痛ませる。


 もしただあなたが苦しむようなことのない世界に生まれたとしたら、大きな傷を受け取ることも与えることもなく、ただ幸せを享受して、周囲に分け与えて暮らしていたのではないかと。


 でも私にこんなことを話す権利などないのだ。


「大丈夫よ。私、無傷で帰ってくる自信あるから。」

彼はそのまま私の両手を自らの両手で包んだ。彼の魔法は悲しいくらいに暖かい。

 

「ああ、信じてる。君は自らの正義を貫いてくれると。」

その言葉を聞いて立ち上がった瞬間、私は決して振り返らなかった。


 あの日のことを繰り返し思い出した。浅ましくも今になって彼を選べば良かったと考えているわけではないのだ。


 しかしあまりにも聖女と祭り上げられていた自分が馬鹿馬鹿しく感じられる。私は全能感に浸っていただけであった。世の中はそこまで簡単ではないと言うのに。


「セフィラ、俺も君のことを愛しているよ。永遠に。」

その言葉は決して嘘じゃなかった。だからこそ私はぬるい毒を盛られ続けている気分になるのだ。


 私がディエラの裏に存在した組織の壊滅を図った結果、王太子であるアランが狙われることになった。命は助かったものの、解けない呪いにかかってしまったのだ。


 組織に包囲された王宮に私は一人で乗り込むことになった。ディエラは犯罪者として指名手配されていたので協力はできないと断られてしまった。


 しかし、最初から彼に頼むつもりはなかった。自分で始めたことは自分で始末をつけなければいけないのだ。


 私がアランを愛し、彼が未来に統治する国を愛した結果に引き起こしたことなのだから。

 

 荒廃したその場で私がとった手段は――聖女らしからぬ争いだった。結果勝利した。そして極め付けに与えられるのは王子への目覚めの口付けだ。


「セフィラ、君のことを信じていたよ。本当に愛してる。」

その瞬間のことを私は絶対に忘れられない。世界で一番幸せだったのだから。

 

 強く抱き寄せて彼の身体の温もりを確かめた。心臓も動いている。高鳴っている。私のために、そう、私だけのために…… 

   

・・・


「メルユール様は神学にご関心があるんですよね?」

そう以前話したことについてセフィラに尋ねられた。


「そうなんです。あまり実家で学んでこなかったせいか覚えられなかったんです。でもそのおかげで興味が湧いて。」

それを聞いた彼女は嬉しそうに微笑んで

「じゃあ今度私と一緒に神殿に行きませんか?学園の裏の。」

まさかそんな場所に誘われると思っていなかった。


 確かに行ってみたい気持ちはあったが一人では緊張してしまうし、きっと突然素行の怪しい高貴なご令嬢が行っても向こうを困らせるだけではないだろうかと考えていたのだ。


「もちろん!一緒に行ってくださいますか?」

私は即答した。


 彼女とちゃんとした友人になったものの、あれから怪しい言動はしなくなってしまった。そのせいかあの日のことは幻覚だったのだろうか、と思ってしまう。


 はっきり問いかけたいが、結局のところ恐れているのだ。自分の正体が完全に見破られてしまうことについて。           

         

 数日後――。

「メルユール様!お待たせしました!」

学校の裏庭の方で待ち合わせをしていると彼女は神殿の方からやって来た。

 

「人避けをお願いして来たんです。落ち着いてご覧になれないでしょうから。」

こう見ると彼女は本当に神官のようだ。


 普通、俗世の人はここまで神殿の人物と関わったりしないようだと認識していたので驚く。


「ありがとうございます。」

お礼を言うと、彼女は早速説明を始めようとする。

「私が病気だった頃から神殿にはお世話になっていたんですが、力が覚醒してからはよくお世話になっています。」

どうやらかなり長い付き合いのようだ。


「この神殿もかなり規模が大きいですが、先の方にある聖地に近い所はもっと大きいんですよ。」

彼女はそう話したが、目の前の神殿は既に迫力満点だった。

 

「そちらの方でサンドル殿下は謹慎されていたと聞きました。まあ、神官たちは本当に大変でしたでしょうね。」

意外にも強烈に毒付くので笑ってしまう。


「あとあちらの方でしたら興味深い品々が所蔵されているんです。あと――この世界と他の世界を繋ぐ門とかが。」

それはあまりにも意図的な発言だった。


そのことについて問いかけようとしたが、他のことに目を取られてしまう。

「もしかしてお気付きになりましたか?」

彼女はまるで職業でガイドさんをやっている人のようだ。 


「どうして剣がないんですか?」

私は尋ねた。

「そうです。ここには剣は存在しません。」

神殿には様々な武器を持った人々が繊細に彫刻されていたが、そこに剣を持った人物は見つけられない。


「この国では剣術が最も尊ばれるのに。」

そのことによって剣術が得意ではないメルユールは、以前も今も困ってばかりであった。    

      

「確かにオルネロータ王室においては剣術が尊ばれていますが、この神殿では違います。」

初耳だ。これも神学の授業では習っていない。

 

「この彫刻されている人物は神の愛し子とされます。かの人物は全ての武器を器用に扱うとされていますが、それは人を傷つけるためではありません。」

彼女は目を合わせて

「狩りのためです。つまり実りを得るためだけに武器を取るのです。」

そう伝えてきた。


「では……現在の王族が神の愛し子ではないと?」

こんなことを言ったら本当に不敬罪になってしまう。しかし問いかけずにはいられない。


「と、私は考えています。」

彼女はまたいつものように何もなかったかのように可憐に微笑みかける。

「それでもこの世界のことはまだよく分かりません。」

その言葉に心臓が高鳴った。


その言い方は――

「あなたもそうでしょう?メルユール様。」

再び真っ直ぐに指摘によって貫かれてその場から動けなくなってしまう。


「……一体、セフィラさんにはどのように見えていると言うのですか?」

"はい"や"いいえ"と言った言葉で答えたくなかった。私も応じるなら彼女にも応じて欲しい。そう願って言葉を投げかけた。


「そうですね……私にはただ直感であなたの魂は別の世界からやってきて、その身に起こる運命を知っているということが分かるだけです。」

つまり私がどのような世界に生まれ、どこまで知っているのかということまでは把握できないようだ。

 

「では、セフィラさんは現状に違和感は感じておられませんか?」

二度目の問いかけに対して少し悩んだような顔をしたが、表情は崩れない。

「確かに不思議な感覚は未だありますが……私は"私"としてこの場所に生まれたのでメルユール様ほどではないと思います。」

確信した。


 つまり彼女は

「セフィラ・ニュレルとして違う世界からここに生まれ直したということを自覚していると言うことですか?」

私の言葉に対して一切迷わない。

「そうです。私は前世の、別のセフィラ・ニュレルとしての記憶を持って、この場所にいます。」 


(じゃあどうして彼女はディエラと違って原作の記憶を持ったままだって言うんだろう?)

何度答えてもらっても疑問は尽きない。しかもこれ以上根掘り葉掘り尋ねると失礼に当たる気がしてくる。


「私は何か特別な目的があったわけじゃないんです。ただ似たような境遇の人ともっと深く話をしてみたかったのですが……」

彼女は少し恥ずかしそうに笑って

「ただ、やっぱり人との距離の縮め方が分からなかったんです。これで良かったんでしょうか?」

そう告白するのだ。


 そんな彼女が確かにとても愛おしく見えてしまう。もちろん、彼女も私の好きな小説のキャラクターであり、私の――友人だから。

 

「大切に仕舞っていたことを私に教えてくださってありがとうございます。」

彼女の誠実さにできるだけ応えられるように丁寧に返した。


 ただ私の中で新たな不安が巻き起こることを防ぐことはできない。

(と言っても彼女はディエラに愛されていた記憶を持っているんだ。)

その事実は澱となって積もってしまうに違いなかった。 

お久しぶりです!大変お待たせいたしました。

休養をいただいてから続きを書こうと思っていましたら突然のスランプ、体調不良が続いてしまいました。

どうにか完走しますので今後もよろしくお願いします!

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