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20.関心と歓心

 あれからセフィラのことを考えていた。

(私の正体について指摘した意図はなんなのだろう。)


それはそれとしてあれからクッキーを丸々一袋貰ってしまったのでそのお礼をしたいと思っている。

 

 確かに私はセフィラのことをキャラクターとして知っていて、好みも大抵分かってしまう。


 でもそんなずるい手を使いたくないと思ってしまうと渡せる範囲が狭まってしまうのだ。しかもここは現代ではなくて貴族の存在する物語の世界だ。全てのものが存在するわけではない。


「令嬢が渡すのにそぐう、令嬢らしいものが良いわよね……」 

そう呟いて改めて考え直す。


 ふとディエラにミサンガを渡したことを思い出した。先日彼が特別な指輪を贈ってくれたことはそれのお礼も含まれていたようだが、いくらなんでも彼は私に何もかもを与え過ぎているような気がする。私が渡せるものの中で彼が喜ぶものなんてそう多くないと言うのに。


(と言うか毎日顔を見合わせるだけで幸せだったはずなのに。)

首元をそっと触ると金属のチェーンの冷たさが指に伝わる。


 彼は婚約指輪に対してもっと後で良いからと言っていたものの、婚約式は私にとってもうすぐやってくることのように思えた。うじうじ悩んでいる暇などないのだ。


 そんな脱線した話を元に戻そうとして部屋に視線を向ける。


 目に入ってきたのは――

「あれなら良いんじゃないかしら?」

 

 突然思い浮かんだアイデアを形にするために私は屋敷中を動いた。

結局完成したのはその日の夕食後だ。協力してもらったメイドたちは

「お嬢様にお友達なんてっ!」

と笑っていたが、手伝わせているようで申し訳なく思ってしまう。


 こんな時、記憶が薄れていると言うのに自分の現代人らしい独立心に苦笑いしてしまう。逆にもし私が現代に戻るなんてことがあったらかえって生き辛く思うだろうか?そんな想像をして少しゾッとする。ここでの人生はやっと軌道に乗ってきたところなのでできるだけ長く過ごしたい。

 

 どうかセフィラとごく普通の友人になれますようにと願いながらその日は眠りに落ちたのだ。


 次の日――。

花壇の方に向かおうとする途中で彼女を見かける。

「セフィラさん。」

話しかけると彼女は以前ディエラに見せていたような姿で手を振りながら小走りでやって来る。


「メルユール様、ごきげんよう。」

彼女に近づくと恥ずかしながら、お腹が空いてきてしまう。このアーモンドの匂いは焼き菓子の匂いに似ているのだ。


「どうなさいましたか?」

問いかけに対して

「先日のクッキーのお礼をさせていただきたいの。」

と言って取り出して彼女に渡す。

 

「サシェ、ですか?」

それは令嬢らしさを身につけてはいるものの、友人が極端に少なかった現代人の考えうる最大級に気品のある気張り過ぎない贈り物だ。  


「そうです。屋敷に飾るお花を屋敷で栽培してるんですけど飾るのに満たない品質のものもあって……でもすごく綺麗だし良い匂いだしどうにか使えないかなって思って以前考えたものなんです。」

既成の袋に以前趣味が高じて作ることになったレースの飾りを添えて可愛くしてみた。中々に自信作だ。でも問題は香りの好みだろう。 


「ローズゼラニウムをメインにしてみたんですがどうですか?」

彼女は鼻を動かして確認している。次第にふわっと顔が綻んだ。

 

「良い香りですね。」

社交辞令ではなさそうでほっとする。


「でもそんな……ただ仲良くなりたくて作ってきただけですのに、こんな……ありがとうございます。」

そう言いながら彼女は大切そうにそれを仕舞う。

 

「私もですよ、もっとお話ししたくて持ってきました。」

少し意味深になってしまったかと思ったが、彼女はあまり深く受け止めず

「嬉しいものなんですね、こんな風に近づいて来てもらえるのって。」

と言って遠い目をしていた。


 転生してから長らく自分の孤独ばかりと向き合ってきたが、彼女の中にあるものもかなり深いものなのだろう。


 普通に友人らしく彼女のクラスについて話を聞こうとすると

「メルユール様!セフィラさん!」

と呼びながらキリアがやって来る。


「メルユール様ったらセフィラさんとばっかりお話ししてるじゃないですか。私のことも一緒に構ってくださいっ!」

なんて素直な子犬のようなのだろうか。再び前回と同じように三人でベンチに座る。

 

「あなただって他の子達に剣術を教えたり、ヴィクトル殿下とずっと一緒にいたんだから……新しいご友人ができるのは自然の流れじゃない?」

そう返すキリアは可愛らしく口を窄めてムッとした。


 しかも

「なんか良い香りがしません……?」

と鼻をひくひくさせるのだ。


 それに対してセフィラが

「これのことですか?」

私が贈ったサシェを出してしまう。


(あ、あちゃー……) 

嫌な予感は的中してしまう。


「先ほどメルユール様から頂いたんです。」

何というかセフィラは悪い子ではないのだが、人との距離感が微妙に近い気がする。


 自分から話すのもなんだが自慢に聞こえてしまうし、あまりにも恥ずかしくて黙っていると

「え!素敵……ちょっとメルユール様!私もお金払うので作っていただきたいです!」 

とキリアが言い出すのだ。

 

「ちょっとあなたにはハンカチあげたじゃない。」

呆れながらそう返したものの

「それとこれとは別ですよ〜いくらでも待つので!」

どうやら諦めないようだった。


 どうしてそこまで執着するのだろうか?

 

「あら、キリアさんが他の方とばかり仲良くされていたら私がメルユール様をとってしまうかも?」    

そう突然セフィラに手を握られてドキッとしてしまう。


(今の絶対にダメなやつ!どうしてこんなこと私がされてるの!?変だって!)

そんな風に混乱しながら私は心ここに在らずの状態で休み時間を過ごしたのだった。 


 教室に戻ると隣の席ではディエラが読書をしている。

どうやら私の勧めた本を気に入ったようで同じ作家の別の作品を読んでいるようだ。


「ディエラさん、面白く思っていただけたようでとても光栄だわ。」

そう笑顔で声をかけると

「君の趣味が非常に伝わってきて興味深いよ。」

彼は意地悪そうな顔をして返してくる。


 一体どういう意味なのだろうか。

少し恥ずかしくなって

「どのように思われてるか分からないけど私は別に――」

私の言葉に少し重なるように

「誤解しているのは君の方じゃないか?」

それは少し棘のある言葉だった。しかし嫌がらせと言うには少し甘い。


「人を驚かせたいという趣味があるんだなと思っただけなんだが?」

そう、彼はただ私がロマンスの皮を被ったサスペンスミステリーを読ませて驚かせたかったんだろう、という紛れもない事実を指摘したかっただけのようだった。

 

 しかし私は何となく納得がいかない。考え過ぎだろうか?


(正直この世界に存在している小説なんて全然過激じゃないし、こんなのは人に読ませられない!って戸惑うものなんてそうそう出会ったことないんだけどな。)

なんて考えていると

「でも君はこんな軟派な男が好きなのだろうか、と思っただけさ。」


  確かにこの小説では神話のように美しい女性が複数人の優しげな男性にアプローチされる。それはサービスのよう描写に思えて事件に直接的に関わってくるものなので深く考えたことはなかった。


 まさか逆ハーレムを持って甘やかされたい欲求を持っているように指摘されるなんて……


(前世ではディエラ単推しだった私が泣いてるよ。)

しかしどう説明してもおかしな気がする。そもそも私たちは婚約者であって将来を共にすると約束したわけではない。


 それでも、ディエラからすると得体の知れない誰かに懸想をし続けている無礼な婚約者に過ぎないのだ。せめてもっと誠実でありたい。真実を今すぐに伝えられなくても。


「ディエラさんったら、女心は複雑なものなのよ。」

こんな態度は虚勢に過ぎない。

「確かに様々な素敵な殿方に愛されたいという気持ちがないわけではないと思うの、それでも――」

彼の藍色の瞳を真っ直ぐ見つめる。


 吸い込まれてしまいそうだ、メルユールだけじゃなくて私までもが。

 

「最終的には私だけを見てくれる、ただ一人の人に愛されたいと望むものよ。まあ私はだけれど。」

気恥ずかしくて結局逸らしてしまう。


 どうしてこんな話になってしまったのだろう。

「だってほら、サンドル殿下のことを見ていたら、お分かりになるでしょう?」

結局少し砕けた方向に逃げてしまう。

 

「じゃあ君の思ってるって言う人は――」

そんな風に一瞬彼が話したように聞こえた気がしたが、学校中のどよめきに全ての注目が奪われる。


 キリアが全速力で走ってくると私たちの前に辿り着いた。 

「ちょっと待ってくださいね。」

普段は平気そうな彼女が息を切らしていた。


 一体何事かと思いながら彼女の背中を摩っていると、意を決したように私の目を見つめた。

「どうしましょう。」

その顔は少し不安そうに歪む。

 

「正式にヴィクトル殿下が王位を継承することが承認されました。」

私が平穏を願っている中でも原作の流れは停滞することなく続いていくことが証明されているのだ。

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