19.未知から既知へ
「……セフィラさん?」
私は無謀なことをする前に自分できることからする必要があるだろうと考えたのだ。
そこで、恥ずかしながらもディエラに鋭利な言葉を投げつけてしまったことを思い出した。まず私が本人と知り合いになればいいのだ。
「メルユール様。」
話しかけられて、振り返り笑う姿が愛らしい。柔らかなアーモンドの香りが漂う。以前サンドルを跳ね返したのと同じ人物とは思えなかった。
「きっとここにいらっしゃると思っていたんです。」
そう彼女は微笑みながら手を動かしていた。ここは以前やってきた花壇だ。
整頓が終わると
「セフィラ・ニュレルと申します。よろしくお願いします。」
非常に丁寧に挨拶をされるので
「メルユール・セルヒーですわ。よろしくお願いします。」
私も同じように挨拶をする。
いくら彼女が伯爵令嬢とはいえ、ここまで形式張った貴族的な挨拶をされるとは思っていなかった。
学園の中なのだからもっと気楽に接して欲しいと思ってしまうのは現代の感覚が未だ抜けていない証拠なのだろうか。
そして彼女は
「ちゃんとお話ししたのが初めてですのに……お願いしてもよろしいですか?」
と突然依頼をしてくる。
態度は変わらずとても丁寧なままであったが距離感が近くて不思議に感じてしまう。それもまたキリアとは違った近さだ。
「ヴィクトル殿下がご手配してくださった苗を植えていこうと思うのですが……」
と言って目を輝かせた彼女は説明をしていく。
土を掘り上げて新しい土と肥料を混ぜてから植えていく必要があるようだった。普通の貴族令嬢にこのような知識はないはずだ。それでも私は何となく要領を掴めてしまう。
(かといってそこまでやったことあるわけじゃないけど……)
困惑しながら彼女の指示に従って作業を始めようとすると
「メルユール様はきっと一緒にやってくださるって知っていましたから。」
その言葉は何でもないように呟かれたが、かなり意味深に聞こえる。それでも作業中に問いかけてしまうのは野暮に思えた。黙ったまま作業を続ける。
「植えるのはこちらの苗です。」
そう彼女は軽々と苗の束を持ち上げて運んでくる。深緑が青々としていたが、これは――
「ビオラです。寒さにある程度強いですから。」
彼女は勘が良いのか私が疑問に思っていることをすぐに当ててしまう。その点ディエラと同じ世界の住人であると言うことを感じさせられる。
私が穴に苗を入れて土を被せていると
「ディエラさんとご婚約されたんですよね。おめでとうございます。」
まさか彼女の方から触れられると思っていなかった。
「ありがとうございます。」
と軽くお礼を言うと
「……昔はよく勘違いされたのですが、私と彼はおおよそ友人というだけですから。」
それは実際の言葉以上に少し刺々しく感じられる言い方だ。彼女の顔を見ると困っているような切なそうな表情が浮かべられている。
「学園に入ればそんなことはないだろうと思っていたのですが……難しいですね。」
これはヴィクトル殿下にまつわることについてだろう。
一見、自慢のように思えるが、貴族社会では相応しい相手同士が結婚するのを周囲が望むのは何らおかしくない。どれほどそれについて本人たちが迷惑に感じていても人々が知ったことではないのだ。
「お気持ちは分かりますよ。」
サンドルのことを思い浮かべて返事をすると
「そうですよね。」
彼女はさらに苦笑いをして答えた。私が謝っても仕方がないが、その節は本当に申し訳ない。
「それでも――嫉妬しました。セフィラさんが綺麗だから。」
そう、彼女に言うべきだったのだ。悪役令嬢になりたくないと必死にもがいて醜く嫉妬をぶつけてしまうよりも、ただ本当のメルユールのように。素直に。
「……キリアさんにも言われました。本当に何もないんです。私はただ。」
彼女に謝らせたかったわけではなかったが本人としても悪気はないようでこちらとしても難しく感じてしまう。
「なので女の子の友達をたくさん作りたいんですがやっぱり難しいみたいで。」
想像に容易い。
(多分、友達の好きな人が彼女のことを好きになって終了みたいなことを繰り返してきたんだろうな。)
誰も悪くない分、タチが悪い。原作である『あなたを救えたら』の作者を恨むしかないだろう。
「どうしてこんなことをしているか気になられますか?」
話題は突然変化する。彼女は思っていたよりも読めない。意図もそうだが、こんな人物であっただろうか、と思ってしまうほどだ。
彼女が萎れた苗に手をかざすと光が現れる。しゃんと背を伸ばした苗はもう元気そうだ。
(この世界に魔法は存在しないはずなのにどういうこと?)
「これは神聖力です。神殿で勤務している高位神官のごく少数人は使用できるそうですが基本的に秘匿されています。」
まさかそんな力が存在しているなんて。
「6歳ごろに病気から回復した際、使用できるようになりました。そこからヴィクトル殿下との親交ができたんです。」
どうしてこんな重要なことを私に淡々と教えてくれるのだろうか。
「こんな風に理由をつけないと力を使用することは難しいですから。」
つまり自らの能力を確認するための隠れ蓑として園芸を行ってきたようだった。
「……メルユール様もこの世界の人ではないんですよね。」
彼女にそう指摘された瞬間、確実に私の時は止まってしまった。まさかそんなことがあり得ると思わなかったのだ。
ただでさえ彼女にまつわることが信じられないと言うのに。
私は思ってしまった。神の愛し子とは彼女、セフィラのことではないか、と。
彼女が私のことを知っているのは"真実を見る目"を持っているからであろう。そして世界を救うために彼女は神聖力を持つことになったのではないだろうか。
(じゃあ一体この世界に訪れる困難って何なのだろう!)
彼女に返事をしようとすると――
「あ!メルユール様!」
呼びかけてきたのはキリアだった。
「そんなに焦ってどうしたの?」
彼女は土が散乱している場所を気にせず踏み締めながら小走りでやってくるのでひやひやした。
もちろん私とセフィラはエプロンを着用しているのである程度の汚れは防ぐことができる。
「いえ、特に用事があった訳じゃなかったんですけど……」
彼女は私の後ろに隠れてそっとセフィラを見ている。
「こら、失礼でしょう。」
そう指摘すると子供のような顔をして
「セフィラさん、こんにちは。」
と挨拶をした。
彼女のそれは私が見ないうちに随分と洗練されてしまったようだった。確かに彼女は性格の割に最初から貴族らしかったが、ヴィクトル殿下に啖呵を切ってしまったこともあるのか、必死に優雅な令嬢らしさを身につけようと努力しているようだ。
「殿下のことは誤解だって分かってますけどメルユール様はあげませんからね。」
再び私の後ろに戻ったかと言うと威嚇する子犬のようなことを言い出すのだ。呆れてものも言えない。
「キリアさん……」
セフィラは一瞬切なそうな顔をしたが
「少し待っていてくださいね。」
と私と顔を見合わせる。どうやら作業は終了のようだ。
土や道具を片付けていく。彼女は本当に慣れているようで、てきぱきと全ての作業を進めて行った。
(というか一人で行動するのに慣れている感じなんだよね、親近感湧いちゃうな。)
終わった後に近くのベンチに三人で座ると
「これをお渡ししたかったんです。」
そうセフィラがキリアに渡したのは袋に入ったクッキーだった。
「お好きだと思って焼いてきたんです……どうか、私とも仲良くしてください。」
キリアの目は輝いていた。彼女は美味しいものに目がないのだから。しかもどう見ても美味しそうで良い香りが漂っている。
作戦は大成功に違いないだろう。絶対に彼女は人が本来分かるはずがないことを分かっているに違いなかった。
「いただきます。」
それを頬張った彼女は幸せそうな表情になる。
「こんなに美味しいものを焼けるなんて良い人に決まってますよね!」
なんて調子が良いんだろうか。
「メルユール様もどうぞ。」
開かれた袋から漂う香りに抗うことなんて到底できない。
「失礼するわ。」
そう一枚を摘み出して口の中に入れると濃厚なバターの匂いが広がる。そんな描写はなかったはずだが、もし原作のヒーローやディエラがこれを堪能していたなんて考えると逆に嫉妬してしまいそうだった。
(こんなの贅沢だよ、間違いなく贅沢。)
転生してから侯爵令嬢として確かに豪華な食生活を送ることになったが、彼女のクッキーは良い意味で庶民的だった。前世を思い出してしまうような、そんな。
「怪しい者じゃない、って伝えたかったんです。」
セフィラはそう微笑みかけたが、少し無理があると思った。
しかしそれも含めて彼女らしさ、主人公らしさなのだろうなと理解したのだ。
「じゃあこれから友人ってことですね。」
だからどうか私とキリア、みんなにとっての味方でいて欲しいと願いながら伝えたのだ。




